104話 絶望戦線!勇者バッカス
「くそったれがあ!」
大勢の冒険者の指揮を執りながら、山賊と見まごうばかりの巨漢の男がバスターソードを振り上げて叫んでいた。
大量の魔物が次から次へと雪崩れ込むように襲ってきている戦場で、共に戦っている冒険者達はすでに慢心相違で総崩れ状態である。
「バッカス! もう無理だ。撤退しよう」
バトルアクスを持った赤髪の男が魔物の上半身を吹き飛ばしながらバッカスに提言する。
「うるせえ! ここを取られたら何百万、何千万の血が流れる事になるんだぞ? それがわかって言っているのかよ? レックス!」
「死んだら元も子もないだろう? うぐわぁ」
多勢に無勢でついにレックスは魔物の強烈な攻撃を食らってしまった。
「レックス! この糞魔物があぁああ。ちきしょう! 全軍港まで撤退しろ!」
レックスを吹き飛ばした魔物をバッカスが力ずくでなぎ倒すと、バッカスはレックスに肩を貸してひきずるように防衛ラインに向かって移動する。
戦っていた冒険者達が一斉に撤退を開始する。
「アルテミス! 殿を頼む」
「遅い! 撤退の指示が遅いんだよ!」
アルテミスと呼ばれた女性は、バッカスに大声で叫びながらドラゴンの装飾が施された長大な弓を携えていた。
そして、普通なら届きそうも無い距離から弓を射る。
放たれた矢は遠くにいた魔物の脳天に見事に突き刺さる。
脳天を射抜かれた魔物は、ただ刺さるだけでなく後方へ1回転して転がっていた。
冒険者達が次々と最終防衛ラインの港へと撤退していく。
しかし、その後ろからは魔物達が列を作って追撃してきていた。
「ミスト! 頼む!」
撤退してきたバッカスが港に入る間際に叫んだ。
港にはミストと呼ばれた黒いマントを羽織った魔導士の男が待機していた。
ミストはぶつぶつと呪文を唱え始める。
「サンダーストーム」
巨大な雷撃の嵐が巻き起こると、追撃してきた魔物達が灰燼と化し一掃された。
「助かった、よくやってくれたミスト」
「問題ない。だが、これで私のMPも空になった。次は無いぞ?」
「わかっている」
バッカスは苦虫を潰したような顔をする。
最終防衛ラインであるミューズの港。
その最後の切り札を使ってしまったのだ。
「ソニア! 何処だ? レックスにヒールをかけてやってくれ」
バッカスが港の倉庫まで来くると慌てたようにソニアを探していた。
白いローブを着た女性がバッカスに近づいてくる。
「おお、ソニア。レックスが大怪我をしたんだ。急いでヒールを頼む」
「あ、あの、バッカスごめんなさい」
ソニアと呼ばれた白いローブを羽織った女性は、申し訳なさそうにバッカスに頭を下げる。
「どうした? あと1回はヒールが使えるはずだろ?」
「血まみれの冒険者が運び込まれて……薬草、いえ、ソーンでは間に合わないから、その」
「馬鹿野郎! レックスを治せば、その10倍の冒険者が死ななくて済むんだ。それを……」
バッカスはソニアのローブを掴むと殴りかからんばかりに怒鳴る。
「止めるんだ! バッカス、僕なら大丈夫だから。ソーンで充分だから……」
視点が定まらないのか目をぱちぱちさせているレックスが答える。
だが、その怪我はあきらかに重症だった。
バッカスはソニアのローブをゆっくりと離す。
しかし、その表情は耐え難い苦痛を耐えるように歪んでいた。
「ソニア、すまなかった」
「私の方こそ、ごめんなさい」
バッカスがソニアに謝罪してソーンを持ってくる様に指示を出す。
そして、ソニアが急いで持ち込んだ物を見ると、バッカスは愕然したのか大きな声を張り上げた。
「なんだ!? これは?」
持ち込まれたのは、ただの薬草だった。
帝国による救援物資はずっと以前に打ち切られていた。
この港には、すでにソーンすら無かったのだ。
そして、商船もすでに何日も来ていない。
「いつからだ? いつから商船が来てないんだ?」
「ここ10日くらいだ」
バッカスの問いかけにミストが答える。
「なぜ俺に知らせなかった?」
「何度も言ったさ! お前が現実を認めて、聞こうとしなかっただけだ」
「ぐうぅうう」
ミストの厳しい口調にバッカスが苦悩したように唸り声を上げる。
そこに、殿を務めていたアルテミスが戻ってきた。
「バッカス! レックスが何度も撤退を提言していただろう? あんたはまったく聞かなかったけどね。そろそろ潮時さね」
アルテミスが責めるような口調で諭す。
バッカスが力が抜けたように地面にへたり込んだ。
「ははは、何が勇者だ。戦えば連戦連敗だ。逃げて逃げて逃げて、結局1回も勝てなかった」
バッカスのすべてをあきらめたかのような独白に、一同は言葉を失うかのように黙ってしまった。
絶望が支配した静寂の時間が過ぎる。
突如、静まり返った埠頭の方から歓声があがった。
バッカス達も何事かと船着場を見る。
そこには、1船の商船が入港していた。




