「ツンデレなんかじゃないんだからねっ!」
◆
「お前ってツンデレだよなぁ」
俺はしみじみと幼馴染である彼女――みっちゃんに向かってそう言った。
言われた彼女は特段驚くでもなく、反論めいたことを返すのだった。
「なによ、突然。私はツンデレなんかじゃないんだからね。馬鹿」
みっちゃんもなかなか面白いこと言うなぁ。罵倒付きで。
まぁ、「馬鹿」と言われるのは慣れているから別にいいけれど、さすがに自分の部屋に遊びに来た異性が自分に対してツンデレ属性かどうかの確認をしてくれば、そう言うのも然もありなんといったところか。
ツンデレの定義というのも現代においては今更であるが念のために言及しておく。
ツンデレというのは性格である。
普段は刺々しい態度をとっているくせに、とある瞬間にデレデレと甘えてくる人を言う。
全くの言葉通りだ。
意地を張ってあるいは見栄を張って自分の気持ちとは真逆のことを口に出してしまうというのもツンデレの一種だ。
『勘違いしないでよね!』
『アンタのためなんかじゃないんだからねっ』
というのがツンデレの常套句である。
上記のセリフ、もしくは近いことを言っている人がいればすぐに行動だ。
保護しなさい。
とまぁくだらないことを言っているが、俺が言いたいのはこういうこと。
俺の幼馴染はツンデレだと思う。
「アンタは私のどこを見てツンデレだなんて思うのよ」
俺がみっちゃんの部屋に遊びに行く時、彼女は必ず勉強机の椅子に座って足組みをする。
今も例に洩れずそのような姿勢で問う。
高校も今日で卒業。
それまでずっと同じクラスでずっと身近に居て、間近で見てきた俺だからみっちゃんのことは大体分かる。
あくまで大体。
これまでのみっちゃんはため息を吐きながら、やれやれと呆れた感じで俺を助けてくれる。
寝坊をしそうになると。
「馬鹿。夜遅くまで起きてたからよ」
と、俺の部屋にまで起こしに来てくれて。
俺が宿題を忘れれば。
「ばーか。前の日にちゃんと準備してなかったからよ」
と、ノートを見せてくれる。
これが俺とみっちゃんの日常のほんの一部。
俺はうっかり屋さんで、遠足も文化祭も体育祭も修学旅行も中間試験も期末試験も、その時々の学校行事でもなんらかのポカをやらかしている。
その度ごと、『馬鹿』と言いながらみっちゃんはいつも俺を助けてくれる。
『馬鹿』とはもはや彼女の口癖である。
情けない俺のせいでね。
ああ、そうだ。
癖と言えば仕草の癖がある。
みっちゃんはよく話しているとき、いつもではないけれど、右手で口を覆い隠すことがある。
癖という癖ではもしかしたらないかもしれない。
少なくとも俺と話をするときはよくしている仕草だ。
こればかりは俺のせいじゃないと信じたい。
「みっちゃんはなんだかんだ言いながらいつも俺のことを助けてくれるから、だからツンデレかなって」
結論これである。
助けられた数=『馬鹿』と言われた数である。
ツンデレの常套句である『勘違いしないでよね!』がみっちゃんの場合は『馬鹿』なのかなと思うのだ。
俺を貶すことで所謂照れ隠しをしているのでは?
「勘違いしないでよね」
あ、でた。
「別に私は………」
「別に私は?」
なんだろうか。
最後までツンデレのテンプレを聞かせてくれるのかとわくわくしたんだけど。
口を覆い隠すという例の癖が出てきたようだ。
こういうときは長年の経験で話を変えることが一番だということを知っている。
「そういえばなんで家から遠回りしてみっちゃんの家に遊びにきてるんだっけ? 今日で高校も卒業なのに」
「私と一緒じゃ不満だって言うの?」
「みっちゃんと一緒にいて不満があったら俺はとっくに人間としてどうかしてるよ」
助けてもらっておいて不満まで抱くようなら屑としか表現できない。
そういえばなんだっけ?
卒業式が終わってクラスとの別れを惜しんだあと、クラスのみんなから「二人一緒にいなよ」って言われたからだっけ。
別に俺とみっちゃんは恋人でもないのに妙にみんな、「まったく世話焼かせるぜ」的ないい顔していたのが甚だ疑問に思ったのを覚えている。
別にみっちゃんと付き合ってなんかないんだからねっ。
こんなこと言ったら殺されるぜ。余裕で。
「なんというかあっと言う間だったなぁ、高校生活。これといって盛り上がりもせずトラブルもなく平穏な日常を送った気がする」
「トラブルはいくらでもあったわよ。最後の文化祭の劇で主役が当日に病気で休んだり」
「あの時はホントに困ったよね、ロミオとジュリエット。同じ主役の俺はマジでテンパりまくりでさ。まさかみっちゃんがセリフを覚えてただなんて思わなかったよ」
相手役がいなくて本気で慌てていた俺にいつもの口癖とともに「早く、早く打ち合わせするわよ」と言ってくれたみっちゃんは当時の俺には救いの女神様にしか見えなかった。
しかも、初めて立つ体育館のステージで熱演。
劇が終わってからしばらくの間はみっちゃんの話で学校は持ち切りだった。
やっぱり凄すぎる、みっちゃんって。
「別に。こんなこともあるかと思って用心していただけよ」
すぐにこれだ。
俺が少し褒めたりすると素直には受け取らず、またもや口を隠してそっぽを向くのだった。
「そういえば」
みっちゃんはしばらく窓の外を眺めていると思ったら唐突にそう切り出した。
「アンタ、具合はもう大丈夫なの?昨日まで寝込んでたけど」
「なあに。ただのインフルエンザだよ」
とは強がっているが、実際は一週間ほどたっぷり高熱やら咳やら鼻水やらに苦しんでいた。
最初のころなんか熱で頭がくらくらしてまともに立ってられないくらいだった。
鼻水だってこの期間でティッシュを二箱も消費した。
卒業式までには体調を整えたわけで、だからみっちゃんとこうして会うのは久しぶりだった。
たったの一週間ぽっちだけれど、いつでも一緒にいたこれまでを思うと感じずにはいられない。
「治ったとは言えまだ病みあがりなのね。少し顔が赤いわよ、アンタ。……待ってなさい、すぐに薬持ってくるから」
言うが早いかみっちゃんは立ち上がり薬があるであろうリビングかどこかへと階段を下りて行った。
年頃の男子を部屋に残すということがどういうことか思い知らせてやろうかと思ったが、後が怖いので、ものすごく怖いのでやめておいた。
二分もするとみっちゃんは水の入ったコップと一緒に一錠のカプセルを俺に手渡してくる。
それをヒョイゴクッと飲む。
自分ではパッチリ治っていると思っていたけど案外そうでもないのか。
今日はもうみっちゃんにうつす前に帰って休んだ方が良いかもしれない。
そう思い俺は身支度を済ませ帰ろうとすると手をみっちゃんに掴まれる。
「なにを帰ろうとしてるのよ」
「いや……みっちゃんに迷惑かけないようにと思って」
「今更なに言ってるの」
確かに今更だ。
「ちょっと付き合ってほしい場所があるの。付いてきて」
◇
「うっわ、懐かしいなぁここ」
俺達は制服から着替えもせずに鞄だけを持って三十分くらいかけてとある山の中に来ていた。
町から近い山とは言え変な噂があるせいで誰もここには近づこうとはしないような場所だった。
しかし、俺とみっちゃんは幼いころにこの山を探検しては遊んでいた。
そんなときに見つけた山小屋が俺達にとっての秘密基地となっていた。
その昔、猟師が使っていたかもしれない古くてボロい小屋。
あの頃は思わなかったが今となってはやや狭い感じだ。
もう来なくなって何年もする思い出の秘密基地だけど、今日学校を卒業するということでノスタルジアな気持ちでここにみっちゃんは誘ったのだろうか。
「アンタはあと何週間もすればこの町を去るのよね」
「え?ああ、うん。そうだけど?」
俺は未だにこの小屋に染みついた懐かしさを味わっていたがみっちゃんがいきなり進路の話を始める。
「初めてよね。私とアンタの道が別れるのって」
「いやー大学が早くに決まって良かったよ。みっちゃんは近くの専門学校だよね。お互い頑張ろうな」
「………そうね」
?
なんだかみっちゃんの様子がおかしい気がする。
自惚れた推測をするなら離れることに寂しいと感じてくれているのだろうか。
だとしたら嬉しいな。
「アンタがこの町から出て行くって知った時は驚くことしかできなかったわ」
「え?」
「いつでも、いつまでも二人は一緒にいるってなんの根拠もなしに私は信じてた……。想像できなかったのよアンタが遠くに行ってしまうことがね」
みっちゃんは持ってきた鞄を床に置いて何やら探すように中身を弄る。
その姿を見て俺はらしくないと思った。
ちいさく佇んでいる姿がらしくないと思ったわけではない。
なんだか。
なんだか雰囲気そのものがみっちゃんらしからぬモノだった。
俺は背中に冷たいものでも入れらたかのようにゾクリと身を震わせた。
「アンタは寂しくない?私と離れ離れになって」
「さ、寂しいに決まってるさ。けど、いつまでも子供じゃいられないし、そうも言ってられない。俺は平気でいることに決めたよ」
「…………そう」
準備してきて良かった。
そうみっちゃんが小さく呟いたような気がした。
「私はアンタのことが大好きよ」
「俺だってみっちゃんのことは好き―――――」
「本当に?女として私のこと好き?私はねアンタのこと男として好きよ」
「な!?」
鞄に向かったまましゃがんだ状態での告白を俺はみっちゃんから受けた。
驚きで身じろぎ出来ないでいる俺とは対照的にみっちゃんは坦々と続ける。
「私はアンタと違ってアンタと離れると平気ではいられないの。だからお願いするわ。町から出て行かないで」
「平気ではいられないって……、わからないだろ?離れてみたら案外へっちゃらかもしれないぜ?」
「とてもそうは思えないわ。だってアンタが寝込んでたこの一週間、私は死ぬほど我慢したんだから」
「なにを?」
「アンタに会うのを」
驚きという言葉では言い表せない衝撃を俺は受けている。
ここまで自分の気持ちを真っ直ぐにみっちゃんから伝えられたことは十何年の中で一度もなかった。
故にツンデレであると。
素直ではないと。
そう思い込んでいた。
だから違和感を持っているのだろうか。
こんなのはいつものみっちゃんではないと。
「でもどうしようも、ない………だろ……」
なんだ?
急に頭が………。
脳みそが揺れるような、意識がはっきりしなくなってきた。
「どうしたの?なんだかすごく眠そうね」
「ねむ、い……?ああ、そうだ、なんだか急に眠く………」
「やっと薬が効いてきたのね、ふふっ」
嬉しそうに輝きだすみっちゃんを余所に俺はもう立っていられなくなり古ぼけた床に倒れこんだ。
そんな俺の顔を笑顔で覗き込むみっちゃん。
一体、どういうことなんだ?
「アンタが私の部屋で飲んだあの薬は自作でね。睡眠薬をカプセルに入れて効き目を遅らせたの。眠ったアンタをここまで運ぶのは骨が折れるからね」
準備してきて良かったというみっちゃんの呟きがここで恐ろしく響いてくる。
みっちゃんは今日俺をこの山小屋で眠らせるために用意をしていた。
「手を拘束して、足の腱を切断すればアンタはここから動けなくなる。ずっと私と一緒にいられる」
なぜだかいつもの癖を出しながら、右手で口を隠してなんとも悦に入った表情をする。
「ああ。もう隠さなくていいわよね。私ったらアンタがらみになると嬉しくて顔がゆるゆるになるから苦労したわ」
そう言って顔から右手を離し目が閉じかけようとしている俺を顔を撫でてくる。
抵抗もできない俺は俺で納得する。
だから俺に褒められた時は緩む口元を隠していたのか、と。
「こ、んな……の、みっ……ちゃんじゃ………ない……」
俺はせめてもと精いっぱいの抗いを見せる。
だが、当のみっちゃんは俺の頭を自分の膝の上へと移動させる。
まぁ、膝枕だ。
そして、顔をグイッと近づけて冒頭と同じようにこう言うのだった。
改めて言うけれど、私は―――――
「―――ツンデレなんかじゃないんだからねっ」
みっちゃんの笑った顔を最後に俺は眠りにつく。
次に目を覚ました時、みっちゃんが側にいることだろう。
それはいつもと変わらないただの日常のはずで。
俺はそんな日常に囚われたのだった。
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