世界速度と向日葵の涙
世界のスピードが速すぎて
とうとう私はそれに追い付けなくなってしまった。
なにかを成し遂げようにも
なにかを変えようにも
必死に躍起になっているうちに
どんどん人も街も空も先へ行く。
まだそんなところにいるの、と
嘲笑うものたちが横を通り抜けていく。
亀裂は歪になり確執を生んで行く。
神様、どうして私をこんなにも間違いだらけに作ったのですか。
有り余る才ばかりが人目について
輝かしい功績は人徳を生むというのに
私個人にはなにもない。
私の手ずから形成されたものだけが
賞賛され喝采を浴びる日々。
自分の能力にすら置いて行かれる。
誰かの背中を見るのは辛かった、苦しかった。
ああ、また忘れ去られゆくのかと
悲しみだけが餞別となる。
どうしてこの背には翼がついていないのだろう。
どうしてこの足はこんなにももたついてばかりなのだろう。
上手く泳げない、上手く走れない、上手く飛べない。
失敗を一度した者は
次なる成功を他人に認めてもらうまでに
通常の三倍もの労力を要する。
一度汚点を見つけられてしまった者も同じだ。
磨いても、磨いても
美しくなったとはなかなか言われない。
まだ汚れがあるのではないか、と粗を探される毎日だ。
世界は大きすぎて他人は遠すぎた。
私はここに、私として屹立しているのに
それはまるで棒のようで
何にもなりはしない。
生産性の無いものはすべからく淘汰されるこの星の中に置いて私は確実に必要のないものだ。
ならば消えてしまおう。
小さくなってしまおう。
見えなくなって、邪魔にすらならなくなれば
私はこの世界の一部となれるのだろう。
それなら本望だ。
「お姉ちゃん、ないてるの」
気づけば少女がそこにいた。
いざ眠りにつこうとする私を揺り起こす。
君は誰。
「手首から赤い涙が出てる」
これは涙ではない、血だ。
「じゃあお姉ちゃんの目から流れているのも血?」
その言葉にはっとした。
私の両目から溢れてこぼれ出るもの。
気づいた時には止まらなかった。
嗚咽とも叫びとも取れぬ砲口が空をきる。
壮大な海に広がっていく。
決壊した嘆きは塞き止められるのを拒むように次から次へと溢れ出る。
苦しい。
辛い。
悲しい。
怖い。
悔しい。
痛い。
幸せがほしい。
「はい、あげる」
日だまりのようににこやかに笑う少女の手にあったのは向日葵。
暖かい黄色が視界を埋め尽くす。
「貴方が進む先をきっと教えてくれる。
嘘かもしれないけれど太陽の方に向かって咲くの、向日葵は。
たくさん種ができるからまた花を咲かせるわ」
貴方はここから始まれば良い。
受け取った向日葵からは日向のにおいがした。
世界のスピードは速いのに、太陽と月は同じところに在り続けた。
少女は私の前に立ち続けた。
歩みを早めるんじゃない。
歩み方を知れば良い。
少女は私の手を握った。
ああ、明日も私は笑える。
左手にめいっぱいの向日葵の束を抱えて。