第三十七話 『 冷凍人間 』 1/3
見知らぬ玄関にて
ゲーム開始前夜。時刻は午後8時を回る。切札枠に選ばれた主人公、神崎夏男。別名ジョーカーと呼ばれる被験者30人目。しかし、この男の動きを面白く思わないGMのチュリップぞうさんは、ジョーカーの動きを制限しようと勝手なルールを提示する。
『ゲーム開始前は、他プレイヤーとの接触を禁止する』
プレイヤー全員のミッション内容を知るただ一人の万能枠である神崎夏男は、このゲームの恐ろしさを伝え、このままでは起こってしまうであろう殺人を止めようと人集めをする矢先のルール改定。3分以内に個室の入り口の鍵を全てロックする、ゲーム開始まで自室で待機しておくようにといった内容。
赤西の個室に立つ夏男は、分厚い壁の入り口ドアと反応のない赤西に疑問を感じながら、カウントが終わるギリギリの所で自室へ入った……筈なのだが、なのだが!?
玄関には、見覚えのない女性の靴が丁寧に置かれていた。靴のデザインは白とピンクのカラースニーカー。慌てて部屋の外へ出ようとドアノブに手を掛けたところでカチャッという音が聞こえる。どうやら個室は全てロックされてしまい、室内からの解除は出来ないようだ。ドアノブを回しながら押したり引いたり色々試してみるが、びくともしない。
外に出る事は出来ないと気付いたところで、室内にいると思われる女が言葉を投げてくる。
「ダレなの?」
慌てて振り返って室内の方へ振り向く夏男は〝おかしな物〟を見つける。何故か〝別の女性〟の靴が廊下の真ん中で脱ぎっ放しで無残に置かれている。落ちている?
「…………」
この部屋には二人居るのか!?
応答しない夏男を視界に入れようと足音を立ててから玄関に立つ人物を確認する女。
「ちょっとダレ!?」
「え……」
室内から現れた彼女を確認した夏男の様子が一変する。思わず大きく見開く目。彼女とは初対面になるのだが、何処か懐かしくて、安心出来て……不思議な感情が超高速で横切るような感覚。つまり、ビビッとくる運命的なものを感じてしまう。いや、必然的な出会いかもしれない。そんな彼女の名は……
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
重要人物 六条 冬姫(15)
女性 身長162cm 体重50kg
将来の夢は世界を跨ぐカメラマンになる事
〝31人目〟の被験者についての詳細は不明
黒髪でプリント白Tシャツにデニムショートパンツ
31人目の被験者(初登場)
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
こちらを不思議そうに見つめる女は、爪先立ちで無防備に近づいてくる。
「そ~~……」
「お、おい?」
「うわっ何!?」
「…………」
何だこの女。ついさっきに殺人ゲームの詳細を聞かされて、強制的にミッションを与えられて、しかもただいま監禁中だっていうのにこの無謀ぶり。武器を持てとは言わないが、俺との距離は既に100cm以内。ち、近すぎる。
「此処、お前の部屋か?」
「部屋?――うーんっと……ひょっとして君が神埼?」
「え、ああ、そうだけど何で俺の名前を知ってる?」
「それはえっと……」
「悪いが此処がダレの部屋なのか確認をしたいんだけど、俺がこの部屋に入ったのと同時に鍵を閉められてさ……確認するに出来ないんだ。此処はあんたの部屋なのか?」
「ちょっと待って。篠原さんに聞いてみます!」
「え、篠原?」
そう言って部屋の奥へと走って行った女。
「分からないってさ!」
室内から声を上げて夏男に伝える絶望的な回答。完全におかしな状況になっているので靴を脱いで思わず部屋に上がり込む。
「おいちょっと上がるぞ。お前さっきの放送聞いてただろう。篠原ってこの部屋にはお前以外にもダレかいるのか!?――って……あん?」
室内に居たもう一人の女。その正体は……短い時間の中で、夏男が最も信頼を寄せているプレイヤー。辛そうな表情を浮かべ、額に氷袋を乗せてベッドに横たわっている篠原由香里。
「篠原さんが何で此処にいるんだ、ん?」
「神崎君……」
夏男の苗字を呼んだところで何度も咳込んでしまう篠原。明らかに体調を崩している様子。思わず篠原の額に手を当てる夏男。
「熱がある。体調悪そうだな?」
「御免なさい……毎日飲んでる薬が無くて……飲まないと身体の自由が利かないんです……」
「薬って何か病気でも抱えてるのかい?」
「体質です」
「そういえばさっき大広間に集められた時に篠原さんの姿が見えなかったけど、枠ミッションのくじは引いた?」
「大広間に向かう途中で神崎君の部屋に寄ってみたのですが、突然目眩がして……その場で倒れた私を此処のベッドまで運んでくれたのが【六条さん】なのです」
「私が六条でーす★」
「おう。神崎夏男だ」
「夏男!?――私は【冬姫】」
「冬の姫か、と言う事は冬生まれになるのかい?――じゃなくて、つまり此処は俺の部屋で合ってるって事かい?」
「正確には分かりませんが、私は神崎君の部屋の前で倒れてしまい、意識を失ってしまいました。それから間もなくしてから六条さんが倒れた私を発見して、慌てて近くにある〝正面に部屋〟まで私を運んでくれたらしいのですが……それがダレの部屋だったのか、肝心なネームプレートを確認していなかったみたいで、ハッキリは分からない言ったところです」
「なるほどな。お前、本当にネームプレート確認してないのか?」
「う……」
悲しそうな瞳でこちらを見つめる。御免なさいと言ったところか、少々大げさにも捉えられるその表情から反省している様子。
「状況はよく分かった。今更あれこれ言ったって外に出れないんだろうし、確認の仕様がない。だけど、何とかしないとこのまま就寝時間を迎えてしまったら、二人共規則違反で大変な事になる。何とかして此処から出る方法を考えないと。って待てよ、外に出るタイミングならある。ある!――チュリぞうが枠ミッションを決める際に渡したくじの回収をしに、各自の部屋を訪れて回る。奴がこの部屋に訪れた時こそ外に出るチャンスだ」
何故なら……
※読者の選択肢(答えは一つ)
1 枠ミッション内容を知らせるため
2 ゲームのルールを説明するため
3 投函口等が各部屋入り口ドアに無いから
4 インターフォンが無いので呼べないから
「つまり、奴が俺のくじを回収するには、この部屋の入り口を開ける必要がある。その隙を狙って此処から抜け出すんだ。まだ就寝時間になっていないから外出は禁止されていない筈だ!」
「ちょっと恐そうな感じだけど、それしか方法がないですよね……」
不安そうな六条冬姫。
「神崎君、それは大きな誤算です」
声を震わせながら、ドアの仕組みを語る篠原由香里。
「個室のそれぞれにインターフォンがありますよね。そのインターフォンを押せば、押された部屋のポストの投函口が現れて開きます。それと同時に防音システムが一時停止する仕組みになっているんです」
プレイヤーの部屋を訪れて回っていた篠原由香里が、弱った表情を浮かべながら真実を伝える。
「インターフォン……」
そういえば、そうか。考えてみれば直ぐに分かる事だ。防音システムが一時停止でもしないと出来ない事を俺は体感している。此処で目が覚めた直後の話だ。
玄関先で俺は……
※読者の選択肢(答えは一つ)
1 自分で部屋の鍵を開けた
2 ドア越しに聞こえる篠原の声
3 スコープで篠原の姿を確認した
4 松田昇龍が小説を投稿した
「そうか。俺の部屋の外か確かに聞こえた事実と、俺が赤西堅也の部屋に訪れた際に彼の反応が無かった理由は、彼が留守だったからじゃない。俺が部屋のインターフォンを押さずにいた為、その部屋の防音システムが起動されたままだったからか」
「そういう事になりますね」
「って事はゲームマスターが部屋の外から俺を呼びつけて、投函口からくじを受け取る事も可能だという訳か」
「…………」
沈黙。
30分の時が経った頃に事態は急変する。体調の優れない篠原が、心臓を抑えながら咳込む。この短時間にも関わらず、目に見えるように悪化している。
「篠原さん、篠原さんしっかりしてくれ!――くそ、おい、チュリップ。チュリップ聞こえてるのか!?――聞こえていたら返事をしろ!」
慌てて玄関へ駆け寄るが、入り口ドアはびくともしない。ドアを叩いてゲームマスターの名を何度も呼ぶが、応答がない。その間に手作りの氷枕を新しいのに取り替えて、篠原の額に当ててあげる六条。
「どうしよう、どうしようどうしようどうしよう」
軽いパニック状態の六条は、篠原と夏男を交互に見てあたふたしている。
「おいゲームマスター!――チュリップ!!――篠原がマジでヤバイんだ、早く此処を開けてくれ!――おい、聞こえてるんだろう!」
次の手に出ようと〝何か〟を探す夏男。
「カメラ……こんな狂った監禁ゲームだ。何処かに設置された監視カメラの一台や二台あるだろう……何処だ、何処だ!」
「私も探します!」
――――――――――――――――――――――――――――――
神崎夏男の部屋を映し出す一台のモニター。それを見ている冷酷人形、チュリップぞうさん。正確には、夏男の部屋に設置された隠しカメラから映るモニターを見つめるチュリぞうを操る者が、何処かの部屋に潜んで様子を見ている。
『しょうがないから行ってやるかの。ゲームはまだ始まってないんだしね』
――――――――――――――――――――――――――――――
体調が悪化する一方の篠原。発作による痙攣が起きてしまった彼女が最後の力を振り絞って伝える、自身の隠された真実と黒幕の目的。
「……わた……じは……6年……前に……始まっだ……人類……保管……計画……被験者……の……1人で……実験に……失敗して……おきなが……ら……今尚……命を繋いでいる……欠陥品……」
「篠原、おい何を言ってるんだ。しっかりしろ!」
「篠原さんしっかりして下さい!」
「今日より……黒幕である……ドン釈が……私達を此処に……閉じ込めているのには……ある実験を……同時進行して……いるからなのです……私も……6年前なら……そんな貴重な科学の力を……試した魅力的な実験と捉えて……喜んで参加……していたのでしょう……でも……私が間違っていました……」
「篠原さん!」
「篠原さん!?」
「私は……此処が何処だか分からないけれど……黒幕の目的なら……ある程度の予想が付きます……これから私が言う事を……よく聞いて下さい……」
その時だ。玄関の方から『カチャッ』と何かが解除される音が聞こえた。振り返ってみるとゲームマスターのチュリぞうと、人形の後ろに立つルーレットと呼ばれる監視者の2名が立っている。
『オ前、ベラベラと何を喋ってくれてるの?』
「神崎君……〝コレ〟を」
『ルーレット、そこのポンコツ女を【ブラックルーム】へ連れていきなちゃい!』
ルーレットに運ばれる際に渡された一枚のメモ用紙。紙を強く握り締めてチュリぞうに待ったをかけてみるが、監視者ルーレットに拳銃を向けられてしまい、抵抗するに出来ない。無理矢理ルーレットに担がれてしまった篠原は、ブラックルームと呼ばれる場所へ運ばれようとしている。隙を伺って行動を起こそうとしている夏男を見切ったチュリぞう。
『お前は大人しくしていなさい』
「ま、待ちやがれ!」
『あそーだ。せっかくだから、ダレかに公開してしまう前にオ前の持ってるくじを回収させて貰わないといけないんだった。どういう状況か訳分からないけど、六条と行動を共にしているみたいだし、他のプレイヤーに公開でもされたら困っちゃう★』
手をポンポン叩いてから早く差し出せとジェスチャーを送るチュリぞう。
「ふざけるな、コレが何よりも証拠になるんだ!――これが無きゃ信用出来るものも出来ないかもしれない。どうしても奪いに来るって言うのなら……こっちにだって考えがある」
『はぁ、考えぇ?』
「六条さん、下がってて」
『どうするつもり?』
「――篠原さんを返して貰う」
第三十七話〝2/3〟へ続く
第三十七話は〝3部〟に分けて投稿します。