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23人目


 23人目、六条ロクジョウ冬姫フユキ


 これまで実験のゲームマスターとしてプレイヤーを指導、支配してきた女。その正体は、チュリップぞうさんと呼ばれるピンク色のぞうさんが薔薇を鼻で巻き付け掴んでいる人形を遠隔操作していた9歳の少女だった。


 これまでの六条の活動領域は、魔獣の巣エリア内特等席の隣に隠された一室、過去に公開されたエスケープルートの地図上で指すと〝雨雨〟と書かれた場所で〝晴〟と繋がる部屋に潜んでいた。

 ルーム名は雨雨と案内されていた反省室〝泣き虫の間〟と、晴と案内された優等室〝良い子の間〟と呼ばれる。


 基本的には泣き虫の間からモニター越しで全エリアを監視し、マイクでチュリップぞうさん人形に操作者の音声を送信、手足を専用コントローラー等を使って操っていた。


 行動パターンは、特等席とさほど遠くない距離から通信機にて釈快晴から指示を受け、その通りに行動し、分からない事があれば再度釈快晴に通信機を通じて本人に確認する流れ。


 チュリップぞうさん人形も、今となっては釈快晴の手により起爆装置が作動し、見るも無残な姿になって一切の操作が出来なくなっている。


 起爆に至る経緯は謎であるが、釈快晴が発言していた〝預言書〟で文通のやり取りをしていた赤西と何かしらの取引が事前に済ましていたのは確かだろう。従って、何日も前からチュリぞうを爆破させる流れが作られていたと推測。

 人形が爆破される際に人形の傍に居た夏男をかばる形になった赤西は、右腕と背中に重傷を負い、モレクの裁き中はずっと自室で眠っていた。


 問題なのは何故9歳の少女が、表向きとはいえ殺人ゲームの指揮官みたいな事をやらされていたのか。目的や経緯は何なのか。少女と黒幕との間にどのような交渉が進められ、その関係はどのように繋げられているのだろうか。


 2年前

――――――――――――――――――――――――――

 〝六条家〟雪溶け期の夜


 六条家、冬姫の7歳になる誕生日、その夜。本人を合わせた冬姫の実の父と母に祖母と姉の5人家族が集まり、次女の誕生日を祝して過ごしている。時刻は午後11時。


 パーティーの開始時間が1時間前の午後10時と遅めであった為、バースデーソングはそれぞれ小声で歌った。用意されていた玩具のクラッカーは押入れに隠された。


 テーブルの中央に置かれたホールケーキも綺麗に完食されている。すぐ近くにはロウソクと水の入ったバケツが置かれている。


 冬姫と冬姫の姉が使ったお皿には、ケーキのカスに紛れたチョコレートシロップで絵や文字を描いている。


 冬姫の2つ上になる〝六条ろくじょう聖姫まりあ〟のお皿には、馬やウサギといった動物の絵が描かれている。中心にゴリラか猿の絵が描かれ、そのゴリラのお腹には〝ダディ〟の3文字が書かれている。


 冬姫のお皿には7文字で〝パパママありと〟と書かれていた。


「あー、お姉ちゃんまたダディって呼んでるー。いけないんだー」


「うるさいバカ。ねぇねぇダデ、じゃなかったパパ様。マリアにはプレゼント無いの?」


「はっはっはっは。気持ちは分からんでもないけど、今日は冬姫のお誕生日なんだから冬姫にとって一番特別な日でなきゃいけないんだ。聖姫はもう2ヶ月後だね」


「じゃあ次のマリアのお誕生日にも〝ペペシェン〟買ってよね。ていうかフユキも私のお誕生日までちょっとは貸してよね」


「いやだ。フユキのだもん。フユキだけしか良い子良い子しちゃいけないの」


「ふーん。貸さないならフユキが寝ている間に落書きしてやる」


「いやだ。何でそんな事するの。お姉ちゃんも買って貰えば良いじゃん」


「だからまだ2ヶ月も先なんだもん。っていうかよく見たら不細工なぬいぐるみじゃん。なに見せびらかしてんの。全然羨ましくないし勘違いしないでね」


「ブチャイクじゃない!」


「こらこら2人共、やめなさい。今日はおめでたい日なんだから、2人共ほら仲良し仲良し」


「だってダディ聞いてよ。ねぇ、だってだってフユキが1回もペペシェン貸してくれないって言うんだよ。触るのも駄目って言ってるの。ねぇねぇダディ、おかしくない!?」


 次の瞬間。父親が信じられない行動を見せる。「何度言えば分かる」と呟いてから立ち上がってもう一度「何度言えば分かる」と聖姫に怒鳴って何かを問う父親。


「え、怖いよダディ?」

「これからはパパ様と呼びなさいと、何度言えば分かるんだ」


 1発手の平で聖姫の右頬をビンタ。その力は子供の聖姫にとって、全身が小さく吹き飛ぶ程に強烈なものだった。肩から床に倒れ込んだ聖姫に対して、背中に容赦ない蹴りを1発。


 うつ伏せ状態に倒れて泣き出す聖姫の髪の毛を引っ張り頭を持ち上げる。次に聖姫の口に指を突っ込んで舌を摘み出し、指で強く握り潰す。


「良いか聖姫。六条家は色々と事情が変わったのだ。これからはパパをパパ様と、ママはママ様と呼べ」


 痛いと泣き叫ぶ聖姫に対して容赦なく続く父の暴力。泣いて済む問題ではないと言い切る父親。


「冬姫。お姉ちゃんに理由を説明しなさい」


「うん。えっとお姉ちゃん。パパ様とママ様は〝ドンシャク様〟のナカマになったからドンシャク様の掟にしがわたなきゃ(従わなきゃ)いけないんだよ。だから」


「フユキに言われなくても分かってるよ。ちょっと寂しくなっただけだもん。ごめんなさいパパ様」


「何が何でもこれだけは守って貰うよ。例え……」


 〝例えキミ達が嫌がっても傷付いても、いくらか抵抗しようにもこれだけは絶対に従って貰う。パパはどんな手を使ってもキミ達に実行して貰うよう力で強制する。分かったね?〟


 2人は脅えた表情を見せて大きい声で「はい」と返事をする。六条家の家庭事情は分からないが、子供をしつけるにはあまりにも残酷な光景だった。そして気になるのが冬姫が言っていたドン釈様の存在。


 やはり六条チュリップぞうさんは、2年前からドン釈と何か接点があるようだ。というより、六条の両親こそがドン釈と直接関係し、冬姫は巻き込まれた形に思える。黒幕サイドに加担していた今の冬姫があるのも、両親による影響が大きいだろう。


 その後も変化していく両親に戸惑いを隠せないでいた姉妹は、ドン釈様に対して悪い印象を膨らましていた。次第に、ママが帰って来ない日やパパが帰ってこない日が目立って増えていき、酷い日には両親共に1日中家に帰らない日もあった。


 代わりに黒のスーツを着たお兄さんが自宅へ姉妹2人の様子を見に行ったり、幼稚園の送り迎えをする日が増えていく。いつしかパパもママもドン釈の話しかしてくれなくなった。


 姉の聖姫は、今まで以上に冬姫に対し優しく接し、部外者から身の安全を守る姿勢をとっていた。毎日日替わりで訪れるスーツを着た男に対して警戒心が強まる。


「お姉ちゃん。えっとね、ペペシェンが優しいお姉ちゃんの事ダーイスキだってさ。ココ良い子良い子してあげてよー」


「あらー、お姉ちゃんには触らせないんじゃなかったのー。よしよし良い子ねペペシェン。見てあのお兄ちゃん、まだお部屋に居るみたいだから今日はお姉ちゃんと一緒に寝るのよフユキ。それとちゃんと歯磨いたの?」


「うん。見て、イーーー」


「ペペシェンも忘れないでね。見つかる前に行くわよ」


 来る日も来る日も、何者か分からないスーツの男達が「パパとママの仲間」と言って、家に入って姉妹の生活を監視している。7歳と9歳の姉妹にとって、パパとママの代わりになる人なんていやしないのに。

 それでも、パパとママが帰らない日が続いた時に、2人の生活に支障がでないよう訪れるスーツの男達。


「聖姫。冬姫。ごめんね。ママ、あなた達の事考えてあげられない」


「ううん良いのママ様。マリアはママ様とパパ様と一緒に居れればそれだけで良い。他に何もいらないもん」

「フユキも!」


「聖姫……ちょっと見ないうちに随分と頼れるお姉ちゃんに成長していたのね。ママ嬉しい」


 姉妹との久々の再会に嬉し涙を流す母親。しばらく家庭を後回しにドン釈の下で活動していたママのその容姿は、見るに耐えないものだった。一言で言えばガリガリに痩せた身体や、顔や手に薄っすら見えるアザ等。


 この数ヶ月、この女は一体どんな生活をしていたのだろうか。

 何が姉妹のママをここまで変えてしまったのか。姉妹は何も分からぬまま寂しくも、ママの傍にいたい一心で必死にこの数ヶ月の御利口な生活っぷりを猛アピールしている。


 それでも〝母親はまたアイツの元へ行ってしまった〟


 パパもママもおうちに帰らない。ドン釈ってダレなんだろう。


「お邪魔しまーす」


 今日も見知らぬ人の聞き覚えのない声が聞こえてきた。よく訪れるスーツの人達でもないようだ。


 今日もパパとママが帰らない日だと悟った姉妹は、寂しい気持ちに下向いて涙を流してしまう。この不安定な生活に限界を感じているのだろう。


「キミがお姉ちゃんの聖ちゃん、キミが冬ちゃんだね?」

「うん」


「どうしたの。あれ、泣いてるのかい」

「だって、だって……」

「ママ様にあいたい。パパ様にあいたい……」


「パパとママに会えなくて寂しいんだね?」

「うん」


「そうだよね。寂しいに決まってる。でもね聖ちゃん、冬ちゃん。パパとママは今〝大きなお城〟で仲良く暮らしているんだ。だから安心してほしいな」


 なんだろうか。不思議な事に今日訪れた人は、今までのスーツを着た男達とは何かが根本的に違って見えた。匂い、いや雰囲気? 2人にはよく分からなかった。


 〝この人はパパとママの事を詳しく知っている〟と姉妹に匂わせた事により、ここで警戒心が取り除かれた。ゆっくりと差し出してきた手には優しい温もりを感じ、その人物の笑顔には心を温かくさせてくれる明るいオーラを感じた。


 久々に人の温もりを感じた姉妹の目には、大粒の涙が流れ出し止まらずに溢れる。


「お願い。もうワガママ言わないからパパ様もママ様もおうちに帰って来て」


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