第六十七話 『 暴かれる31人目 』
迫り来る決着の時
モレクの裁き最終ラウンドの決着の時。今事件の解決に向けた黒幕サイドとプレイヤーサイドの運命を握る重要カードは全部で3つ。
1つは本名不明のダミープレイヤー〝偽六条冬姫〟1つはドン釈自らが選んだゲームマスター〝チュリップぞうさん〟そしてダミー六条が手にしている1発の銃弾がセットされた〝ハンドガン〟
六条がこの場でハンドガンの引き金を引いてしまえば、今の事態が益々悪化するのは目に見えている。何としてもここは更なる犠牲者を出さないよう六条を刺激してはならない。
ドン釈に逆らった反逆罪として処罰の対象者判定を受けた路瓶亮介と電田龍治は、同じく反逆者判定を受けた少女、チュリぞうを連れてレッドルーム先モレクの裁判室を抜け出し、反逆者捕獲を目的に追跡して来るだろうピエロ仮面を顔に付けたエキストラ枠達からの脱走を図る。
入り口にはハンドガンを強く握り締めて、いつ発砲してもおかしくない様子の六条が反逆者達の逃走を阻止している。六条の言い分としては「反逆者の捕獲はどうでも良い。貴方方が逃げるのは勝手だけど少女はこの部屋に置いていけ」と命令を加え、あくまでチュリぞうの処刑実行にこだわっている。
少女を救おうと立ち上がった電田の立場として、当然六条の一方的な要求を受け入れるに至らず、ハンドガンによる脅しには屈しない姿勢を見せる。亮介も電田同様でチュリぞうを処刑に追い込む結果は望んでいないと訴える。
しかしこのままこの部屋でモタモタしていれば、反逆者の3人全員がピエロ達に捕まってしまう。遠隔攻撃をしようにも、モレクの投票で裁きを行う事も出来ない。何故なら六条と名乗ってきた女の本名が分からないので、彼女に投票したくても人物が特定出来ないからだ。
この場で六条の身柄を何とか捕らえられれば、彼女が所持している電子手帳ペルを確認して正体を暴く事が出来る上にハンドガンも取り返す事が出来る。が、命を奪う奪われるのやり取りを行うこの場に立つ彼女にそんな隙を与えてはくれる筈もない。
「私がどうしても許せないのは、好き勝手やってるドン釈とそれに協力するアメダマとかいう組織の幹部達。あの連中に出会ったおかげで私の大事なものは全て奪われたわ。私だけが例外じゃない。私の故郷に今も暮らしている全ての国民が共通して抱く思いは、ドン釈を初めとした〝全てを奪った連中〟に対する怒りと憎しみしかない。このまま奪われ続けて黙っている訳にはいかない、そうでしょう」
「だからってお嬢ちゃんが意味もなく殺されて良い筈がない」
「そこの小娘は、この実験の真ん中に放り出された私達が恐怖している様を喜びとして表現し続けたあのチュリップぞうさんなのよ。龍さんあなたは自分が何をしようとしているのか分かってやっているのかしら」
「ついさっきようやくお譲ちゃんの素顔が分かったかと思えば、その目に涙を流して俺達に何かを訴えようとした。この手紙を見ろ。まだ内容は確認していないが、この子は処刑される寸前に残される俺達に向けた実験の〝重要なメッセージ〟を残そうとしていたんだ。今ならこの子の事情を聞いてやる位の話の余地があっても良いんじゃないか。何も知らないままこの子を見殺しにするなんて俺には耐えられない」
「だったらその紙をこちらに投げなさい。貴方が直感で選んだその子の純粋さに命を懸ける姿勢を変えないのであれば、命を懸けるだけの価値があるかどうかを私が読んで見定めて差し上げるわ」
今にもピエロ達が室内に攻め入る状況の中で、チュリぞうがジョーカーに渡そうとしていた手紙をこちらに渡すよう要求してきた六条。しかしながら反逆者3人はそんな悠長な取引をしている場合になく、一刻も早くこの部屋から逃げ出す必要がある。
強行突破を図るか。いや、そうなると真っ先にターゲットにされているチュリぞうが射殺されてしまう。焦りを隠せない電田は六条にそこをどけと怒鳴り散らすが、六条はハンドガンを反逆者達に向けたまま動こうとしない。
このままでは反逆者全員が逃走に失敗して黒幕サイドの手に渡ってしまう。その末は恐らくバツシマス公開処刑の餌食にされるだろう。
膠着状態が続く中で電田と六条の声がひたすら裁判室全体に響き渡っている。傍でどうする事も出来ないプレイヤー達もどちらが正しいのか自分の判断に迷い、解決策が見つからず焦っている。
この時夏男は、他のどのプレイヤーよりも自分に置かれた状況に焦っていた。何故なら本来であれば、ここは今まで敵対していたチュリぞうを処罰の対象者に選ぶという残虐な選択肢は、あくまで黒幕サイドの人間側を倒す、又は黒幕サイドからプレイヤー達を守るという意味でハンドガンを所持する六条に反抗するべきではないと考え、結果的に致し方ない選択だと考えていた。
しかし、電田の言い分を聞いているうちに自分の中で様々な疑問が浮かんでくる。
事態が悪化する一方を辿り、結果的に夏男の思うようにいかずに仲間が処刑され、今もこうして次の犠牲者を出そうと被害者同士が言い争っている状況を経て、パニックを通り越して客観的に物事を見ている夏男がそこには居た。
〝俺は何をやっているんだ。何だ此処は。おい。お前ら何で元凶であるドン釈を差し置いて被害者同士でダレを殺すだのダレが殺されるだの言い争っているんだ。何だ俺の目の前に広がる愚かな光景は。電田はどうして自分の危険を顧みずに少女を庇おうとする〟
物事を客観的かつ理論的冷静に見た時の夏男の推理力には恐れるものがある。
超人的なスピードで推理を組み立てる等の集中倍速能力の他、人の話を一言一句見逃さず頭に叩き入れる完璧な記憶力が備わり、一瞬のうちに幾つか推理が組み立てられていく。
まずは電田とチュリぞうは予め裏で繋がっている可能性があるかもしれないと考えてみる。
もしもこの裁きの結果を〝予め操作している人物〟がアメダマとの連携で糸を引いていたらどうだろうか。この場合は当然ダミー六条を処刑に追い込む罠が展開されていると考えるのが普通だろう。
その逆はどうだ。六条とチュリぞうが繋がっている場合はこの場をどう見る事が出来る。処刑に追い込まれた人物を電田と路瓶さんの息子と考えるとその意図は何だ。
六条が脅しに利用しているハンドガンには本当に弾が入っているのか。そもそもあの拳銃は元々エスケープルートのブラックルーム武器庫にあった拳銃だ。俺達エスケープルート参加者は、拳銃を所持するプレイヤーを亀谷と鎌倉さんに決定した。
亀谷の拳銃は、怪物を射殺した際に弾が無くなり、今も死体と一緒に現場に残ったままだ。つまり、六条の持つ拳銃は鎌倉雲人が所持していたハンドガンになる。
六条はどのタイミングで鎌倉さんから拳銃を奪っていたんだ。考えられるのはエスケープルート道中に仕掛けられたトラップルームに閉じ込められた5日の間だろう。
そもそも六条は、何故こんな遠回しに黒幕サイドの候補に挙がる人物を処刑しようと考えた。それも実験が始まる前から彼女自身が六条と名乗ってきた事実を考えると〝事前にチュリぞうを殺す計画〟を立てていた復習心が窺い知れる。
それとは別に、夏男がどうしても今回の事件と離して考える事が出来ない〝あの男との計画〟。
5日間トラップルームで閉じ込められた夏男らを救った男〝山本カルロス〟と計画したのは、エスケープルート脱出成功し次第に亀谷を殺した〝犯人〟を捕らえるという内容。
山本カルロスと夏男の2人が水面下で計画していた犯人捕獲計画。つまりダミー六条捕獲計画を行う手筈の矢先に、米山の死体発見がアナウンスされて急遽計画実行が延期を止むを得なくされる。
その際に山本と交わした言葉の中に〝春子姫〟というキーワードが幾つか挙がっていた。山本は母国の王姫である春子姫を守るべく「次の行動に出る」と言い残して夏男の前から姿を消している。
春子という名の王妃は黒幕サイドに〝母国の全てを奪った復習心〟に支配されている。もしも彼女の過ちに夏男が気付く事態が発生するようであれば、踏み潰すのではなくひたすら止めてほしいとお願いをされていた。
山本カルロスの母国はペル電子手帳のデータ通りであればレベル王国と呼ばれる国名とされ、同じく王妃の春子姫もレベル王国の王妃と考えた場合に山本の言葉を逆手に取ると〝今この目の前で暴走している悪魔の女〟の残虐な行い、その経緯と次の一手にある程度の予測が立てられる。
春子姫という王妃の人物特定が予め必須と考えた夏男が出した結論は単純明快。ダミー六条がチュリぞうの名前を使っていたという事は、即ちゲーム設備のマイルームを〝自身の部屋ではなくチュリぞうの部屋を利用する必要があった〟のだ。
しかしどうだろうか。プレイヤーの人数31人に対して用意されたプレイヤーのマイルームは全部で30部屋。ここでプレイヤーが1人多い、又はダレカ別人に成済ましたダミープレイヤーが実在するのが明らか。
六条が自分のマイルームに利用していた部屋は〝チュリップぞうさん〟と書かれたネームプレートの部屋ではなく〝六条冬姫〟と書かれたネームプレートを利用していたのも確認済み。つまりこの段階でチュリぞうの本名が六条冬姫である場合を踏まえて考えると、実在する〝マイルームネームプレートには同一人物名が最低2人〟は存在すると考えられる。
これを逆手に考えていくと、どう探してもネームプレートが見つからないプレイヤーの名前が1人挙がってしまう。つまり、今まで1つのデータも公開されていない存在しているようで存在しないプレイヤー。
モレクの裁きで裁判結果を投票する際に、投票を決定する為にプレイヤーの名前が偽名を含めた全員の名前が公開される。夏男が唯一確認のとれなかった女性プレイヤーの名前が今回判明した。
本編では全員の名前がチェックポイントで既に公開されているのに対して、主人公である夏男自身が手に入れた情報にはプレイヤーの名前に不明者が1名存在していた。この投票をきっかけに、夏男も偽名を含めた全員の名前を確認する事が出来た。
本編で公開されているプレイヤー全員の名は以下の通り(偽名を含む)。
1舞園創(15)
2石川奈津(15)
3高橋未来(15?)
4路瓶亮介(15)
5舞園桜雪(16)
6堂島快跳(15)
7椎名葵(15)
8松本蕎麦子(16)
9熊田威之助(16)
10篠原由香里(15?)
11篠原すみれ(16)
12亀谷妙子(16)
13米山恵斗(18)
14青葉博文(41)
15山本カルロス(42)
16路瓶孫(36)
17島村佳奈(??)
18釈快晴(34)
19花丸家康(15)
20菊池昭造(52)
21鎌倉雲人(??)
22電田龍治(16)
23チュリップぞうさん(??)→六条冬姫(9)
24堂島和雄(42)
25未来(17)
26爾来也伊吹(15)
27早乙女薫子(17)
28青田向日葵(15)
29赤西堅也(21)
30神崎夏男(15)
31六条冬姫(15)→不明
実験用に用意されたゲームプレイヤーマイルームの部屋数や、黒幕サイドが提示した情報を頼りに結論付けると31人目のプレイヤーは存在しない。今回チュリぞうが正体を明かした事により、31人目がダミーである可能性の疑いが確信に変わりつつある。
その場合、ダミー六条の正体を知る手掛かりとなった〝六条冬姫はダレのマイルームを使用していたのか〟又は〝ダレのネームプレート今まで30部屋のマイルームに貼られていなかったのか〟
チュリぞうの部屋と六条冬姫の2部屋が存在していたという事は、逆に言えばダレカ1人のネームプレートとマイルームが無くなって見つからないという訳だ。
「春子姫、いいや島村。俺は唯一お前の部屋を見つける事が出来なかった。彼女こそ山本カルロスが守ろうとしたレベル王国王妃、プレイヤー名で言えば17人目の〝島村佳奈〟だ」
夏男はダミー六条の正体を暴いていた!




