第六十五話 『 少女の覚悟と悪魔の暴走 』 3/3
自己犠牲を惜しまない第2の切り札
実験支配者の意思に従う17人のピエロ仮面〝道化部隊〟がドン釈下の指示でレッドルーム裁判室に送り込まれる。その目的は、ドン釈との約束を破ったチュリップぞうさんへの処罰を実行する為。
躊躇なくチュリぞうに暴行を加えるピエロ達。その光景は9歳の子供を大人達が囲ってリンチしている状態。
そんな残酷な光景を見せ付けられたプレイヤー達であるが、怒りよりも恐怖が勝って身動きがとれないでいる様子。それに、チュリぞうの処刑を望んでいる六条と名乗ってきた女がこちらに拳銃を構えていつ射撃されてもおかしくない。下手に動けば彼女に射殺される可能性が高い。
このままどうする事も出来ないのか。いや、そもそも黒幕サイドの人間として動いてきたチュリぞうが、プレイヤーにハメられて処罰を下されるという結果は自業自得といえるか。
答えが見つからないまま子供が殴られる光景を見ているしかなかった。そこへ逆風を吹かせた1人の男。
例え子供でも、悪の根は絶やせるうちに絶やすべきだと考える夏男を無視して少女の安全を守る為に道化部隊に立ちはだかった男。赤髪コック電田龍治。
「覚悟は出来てるんだろうなピエロ勢」
「何だ貴様は。そこをどきなさい」
17人の道化部隊がチュリぞうと電田龍治の2人を囲んで拳銃を取り出し射撃の構えを取る。
囲まれる2人をよく見ると、チュリップぞうさんの右足には既に何処かに繋がる鎖が装着されている。あまりに無謀といえる電田の行動に、他のプレイヤーは心配ながらもその場で呆然と立ち尽くす。
1人のピエロが電田に近づいて来る。それに合わせて周りのピエロ達も拳銃を構えたまま近づいて来ている。ちらっと横目でチュリぞうを見た電田は、彼女の手に持っている手紙に気付いた。
「その紙はなんだい」
いつピエロ達に襲われてもおかしくない緊迫した空気が流れる。
『ドン釈についての重要な手掛かり。これをジョーカーに渡してほしい』
「ずっと気掛かりだったんだが、どうしてお嬢ちゃんはあの糞野郎の事をジョーカーと呼ぶんだい。そもそもジョーカーってどういう意味なんだ」
絶体絶命の状況にも関わらず冷静にチュリぞうの話を聞いて状況判断しようとする電田。しかしモタモタしてたらピエロ達に捕まって最悪の場合処罰の対象として処刑されてしまう。
『ジョーカーとはその名の通り〝切り札〟の意味合いを含めた枠の通り名を指すけど、そんな事はこのゲームが始まるずっと前から決まっていた』
「ん。決まっていた?」
『神崎夏男。あの人はこのゲームが始まるずっと前から、ゲーム支配者ドン釈の判断で既にゲームの進行を裏で操る〝白黒カード〟に選ばれていた。理由はチュリにもよく分からないけど初めて〝あいつの声〟を聞いた時にある程度の納得が出来た部分もある』
「9歳にしては、しっかりと言葉を選んで話してくれてるなぁと関心したいところなんだが、すまない。お嬢ちゃんの言っている事がよく分からない。白黒カードって何だ。ドン釈がダレなのかお嬢ちゃんは知ってるのかい」
とその時、1人のピエロ仮面が右手を挙げて天井に設置された監視カメラに何かの合図を送る。次の瞬間。チュリぞうの右足に引力が生じて違和感を覚えて自身の足元を見てみる。
『オ前がこんなに頼もしい人だとは思わなかったよ。こんな事になるのならいっそオ前らには……ううんありがとうね』
「お譲ちゃん!」
何処かに繋がる鎖が、チュリぞうの右足から引きずり込む。その先は爾来也と米山が処刑されたバツシマス執行場、レッドルーム裁判室の先にあるデッドルーム。その部屋へと強制送還する為に鎖の引っぱる力が徐々に増してチュリぞう自身で立ち上がる事が出来なくなり身体ごと横転してしまう。
数秒の間に自力でその場に止まる事も出来なくなり、勢い良くデッドルームへ引き摺り込まれてしまう。
人間これから死ぬと思うとダレでも平静ではいられない。覚悟を決めたチュリぞうではあるが、引き摺り込まれる瞬間に涙を見せ「嫌だ」と命の助けを訴え叫ぶ。
同時に電田を囲うピエロ達が、同士討ちにならないよう片側に走り集まってから電田目掛けて一斉射撃を始める。聞こえた銃声は計4発。
しかしどうした事か、ピエロ達が射撃した先に電田の姿は見当たらない。
突然姿を消した電田に慌てて辺りを見回すピエロ達。その頭上を華麗に飛び舞う電田の渾身の1発蹴りが炸裂しようとしている。「ユキマサ」と静かに口ずさんでから必殺技を繰り出す。
「ユキマサ……」
「上だ、奴は上にいるぞ!」
「何を」
「くそ、撃て!」
蹴りを繰り出す右足に込めた怒りの感情が薄っすら赤いオーラをまとい、ピエロ達目掛けて勢い良く振り下ろしてみせる。その威力は相手の身体を破壊する等の攻撃力こそないものの、17人のピエロ達を一斉に吹き飛ばす程の物体表面が受けるインパクト撃。
これを受けたものは強い風圧が、まるで強い波に飲み込まれたかのような身動きが一切取れなくなる感覚を覚え、軽々身体が吹き飛ぶとの事。
「ユキマサナセ・洸傑ッ!」
1人、また1人と電田の蹴り風によって吹き飛ばされていく。あっという間に周りを囲む17人のピエロ達は近くの壁まで吹き飛ばされていた。その間、2秒経過。直ぐに電田が着地。遠くでチュリぞうが電田に助けを求めて叫んでいる。
「くそ、此処からだと間に合わない」
急いで引き摺り込まれるチュリぞうの元へと駆け寄る電田であるが、2人の距離からしてとても間に合わない。あっという間に自動で口を開けたデッドルームの入り口付近まで吸い込まれていたチュリぞうに対し、間に合わなくても間に合わせる勢いで走り向かう電田。
そんな電田を他所にチュリぞうが引っ張られている場所付近横から落ち着かせた男の声が聞こえてきた。
「どいてろ」
電田の前から横を突っ切ってチュリぞうの右足に繋がる鎖を掴む電田とは別の人物。
「ダレだ」
「無茶はいけねぇ兄ちゃん。俺に任せろ」
突然電田の前に現れた男の右手から光物が出てきて、無茶はいけないと冷静な口調で発言してチュリぞうの右足に繋がる鎖を一瞬にして真っ二つに切り裂いてみせる。
鎖が切れた事によってデッドルームへと引っ張る力を失ったチュリぞうが、抵抗のまま身体ごとデッドルーム方向とは反対方向へと倒れ転がる。
「おい大丈夫かガキ」
『うん。だ、大丈夫。あれ、え、包帯の男』
「ん。今は話をしてる場合じゃない」
突然プレイヤー達の前に姿を現し、更にはチュリぞうがデッドルームへ送り込まれる処罰を阻止したこの男。顔全体に包帯を巻き付けたこの男は、舞園創や堂島和男らと共にムチカクとして、ディーラ釈快晴の待機場所、特等席に直接奇襲をしたメンバーの1人。
正体こそ不明とされていたが、舞園や堂島は彼の素顔を知っているのだろうか。
緊急ベルが室内中に響き渡る。事態は悪い方向へ深みを増す一方に思えるが、突然現れた包帯男はドン釈から直接処罰を下される手筈のチュリぞうを助けた後の事は考えているのだろうか。
チュリぞう自身も自分が死ぬ他に道はないと考え、助けを求めたのは最後の反射的抵抗であるのは間違いないが、まさか包帯男に助けられるだなんて思っておらず、驚きを隠しきれない様子。
『オ前は名前だけ貸してくれれば良かったんだよ……どうして静かに病院で寝ていなかったの。ねぇ、どうしてチュリを助けてくれたの』
状況が分からずその場であたふたしているプレイヤー達を他所に、恐らくドン釈直々で命令を下した内容、その緊急アナウンスが実験舞台全体に流れる。
モレクの間エリアレッドルーム裁判室より反逆者発見、反逆者発見。レッドルームに配置された担当エキストラ枠該当者は、ただちに指定された場所より以下の3名を処罰執行すべく取り掛かりなさい。繰り返します。モレクの間エリアレッドルーム裁判室より反逆者発見、反逆者発見。レッドルームに配置された担当エキストラ枠該当者は、ただちに指定された場所より以下の3名を処罰執行すべく取り掛かりなさい。
該当する3名の反逆者をプレイヤー名簿順に上からナンバー4〝路瓶亮介〟ナンバー22〝電田龍治〟ナンバー23〝六条冬姫〟繰り返します。該当する3名の反逆者をプレイヤー名簿順に上からナンバー4〝路瓶亮介〟ナンバー22〝電田龍治〟ナンバー23〝六条冬姫〟
レッドルームに配置された担当エキストラ枠該当者は、ただちに指定された場所より以下の3名を処罰執行すべく取り掛かりなさい。
裁判室でモレクの裁きに参加している舞園創と路瓶孫が包帯男に向かって同時に「亮介」と名前を叫ぶ。傍観室でモレクの裁きの行方を見守っていた高橋未来も驚いた表情を見せる。
自分の名前を読み上げられた包帯男が静かに微笑んで顔に巻かれた包帯を取り外す。その男の素顔を確認した路瓶孫が涙を流してその男に歩み寄る。
「お前、お前、亮介。お前、生きていたのか。無事だったのか。なぁ亮介。お前……」
「訳あって頭に浮かぶ知人の間で、俺の生存が確認される訳にもいかない状況でね」
本編第九話にて、静かに語られた路瓶孫の実の息子が有馬駅連続殺人事件の被害に遭って死亡したという話。実はあの死んだと語られた路瓶孫の息子こそこの男、亮介なのだ。
そして、彼はお話の序盤に語られていた舞園創や石川奈津の幼馴染にして、神田病院で強制入院されたところを村上という男の手を借りて脱走してきた包帯男とも同一人物である。
神田病院から脱走した亮介は、付き合っていた彼女と親しかった幼馴染の舞園と交流し、その際に彼女の石川奈津が博打組に狙われている事や石川奈津自身がアメダマサイドと何らかの関係がある事を知る。その時、舞園と共に行動していた堂島和男が亮介も含めた2人をアメダマの対抗組織であるムチカクへと招待し、それに亮介が答える。
その後、ムチカクの計画の下、石川奈津救出を目的とした作戦を実行に移し博打組奇襲に成功する。しかしながら、救出した筈の石川奈津はディーラーの撒いた餌とされる〝ダミー〟である事が発覚し、ダミー石川自身がダミーでしたと言わんばかりの躊躇ない自殺をして散ってみせる。
石川奈津の新たな手がかりが見つからず、詰んでしまい時間だけが過ぎていたムチカクサイドは、最後の手段としてアメダマを中心に行われている実験の存在を知り、独自で詳細を調べ上げる。
最終的にはやむを得ず釈快晴に言われるまま、元々プレイヤーとして捕まる手筈だったこの場所に来て、正面から頭のディーラーにぶつかっていくが、敵の悪質な戦略にねじ伏せられ、石川奈津を人質に取られている上に一方的な契約を叩きつけられ、見事な返り討ちに遭ってしまった。
しかしどうだろうか。路瓶孫や舞園創、石川奈津と数々の証人がいる状況の中で、今まで路瓶亮介と名乗ってきたあの4人目のプレイヤー、ピエロメイクの女は一体ダレなんだという展開に成りえないが……しかし今はそれどころではないようだ。
「電田という男はお前の事か?」
「あ、ああ。あんたもこの実験のプレイヤーなのかい」
「〝元プレイヤー〟と言った方が正しいかもしれねぇ。おい電田、ガキ、とにかくさっさと此処からずらかるんだ」
「亮介うぅ。お前の身に何があったのかはお父さんには分からない。もう少し近くで顔を見せてくれ。その包帯はどうしたんだい。どこを怪我しているんだい。今まで何処にいたんだい」
「親父。おい創」
「…………」
「親父を頼む」
「お前、そんな身体でどうするつもりだ。何で奇襲に失敗した時にお前だけでも逃げなかったんだ。話が違うぞ」
モレクの間エリアレッドルーム裁判室より反逆者発見、反逆者発見。レッドルームに配置された担当エキストラ枠該当者は、ただちに指定された場所より以下の3名を処罰執行すべく取り掛かりなさい。繰り返します。
「愛する人を守る為なら俺は逃げも隠れもしない。自分が正しいと思った結果であれば、昨日の敵も明日には仲間になるかもしれねぇ。俺は、俺の置かれている現状を認識した上で、人に伝えるべき言い訳について心でもない頭で悩み考えたくないだけだ。親父を頼んだぞ」
処罰の追撃から逃走を図る反逆者3名!




