第六十話 『 バツシマス 』
反撃に出た夏男
ゲーム開始6日目の午後6時55分。場面はモレクの裁きより、3件の殺人事件を解決すべく議論を行う12人のプレイヤー。
米山恵斗殺人事件に続いて堂島快跳殺人事件の議論を終了させ、いよいよ犯人候補を処刑する事を目的とした投票タイムに突入。
しかし、ダレカが死んでしまうこの状況の裏を返し、この投票タイムを利用して取引をしたいと黒幕に申し出る夏男。取引内容は以下の通り。
〝ミッションに失敗した米山を処刑しない。米山の処刑を取り止めないのであれば、こちらで投票を揃えて特定の黒幕候補から順に処刑する〟
直接この場で交渉したい夏男は〝チュリぞう〟か〝釈快晴〟のどちらかこの場に姿を現すよう要求。更には制限時間を設けて〝5分以内〟にどちらも姿を現さなければ取引失敗と判断し、最初にチュリぞうに投票を合わせて処刑を行うというもの。
夏男のこの強引な交渉方法に不安が引っ掛かるプレイヤー達ではあるが、他に手段がない今どうしようもない状況。
しかしどうした事か。
既に〝4分〟が過ぎているが、どちらも表に出て来る気配がない。連中は自身の処刑も覚悟の上でゲームを進行しているという訳か?
夏男にとってここで黒幕らに開き直られては非常に困る事になる。2人共出て来ないパターンなんて全く想定していない故、他に手がない。
「4分経過。何故だ、何故姿を現さない」
55、56、57、58、59……
5分が経過してしまう。タイムオーバーだ。
「どういう事だ。まさか俺の声が聞こえてないのか。おいチュリぞう?」
5分が過ぎている事を伝えようと何度もチュリぞうの名を呼ぶ夏男。しかし何度呼ぼうが黒幕サイドに動きはない。このままではチュリぞうが処刑されてしまう流れになる訳だが、本人はそれでも良いという意思表示をしていると解釈して良いのか?
それとも夏男の気付かないところで次なる罠でも仕掛けようとしているのか。表に出れない理由があるのか。何故出て来ない。いつまで経っても姿を見せない〝奴〟が何処かから静かに口を開く。
『聞こえているよん』
天井に取り付けてある幾つかのスピーカーからチュリぞうの声が流れる。
「聞こえているか。だが姿は見せないようだな。どういうつもりか知らないが相当な余裕っぷりを見せてくれるな」
チュリぞうが微笑み出す。その不気味な笑い声は次第に大きく響いて、それがエスカレートした騒音に思わず耳を押さえるプレイヤー達。
「何がおかしい。お前は処刑されても問題ないって事か?」
『処刑? チュリを処刑するの?』
「そういう話でアンタらに取引をしてるんじゃないか。ふざけてるのか」
『ふざけているのはそっちじゃん。きっと〝答えは目の中〟に隠されているんだよ』
「また訳の分からない事を。さっさと出て来たらどうだ」
『ワラワラワラ~。しょうがないから焦らしタイムは終わりにしてやるよ』
「ん、どういう事だ?」
『こういう事だよ』
建物中から緊急アナウンスが流れる。報告される内容は最悪な結末。
〝プレイヤーミッション失敗確定を報告。被験者ナンバー26爾来也伊吹1名が本日午後6時50分に殺人枠ミッションに失敗確定しました。これに伴いナンバー26をバツシマスの対象と決定し、公開処刑を行います。処刑対象者は速やかにコロサレテ下さい〟
〝繰り返します。プレイヤーミッション失敗確定を報告。被験者ナンバー26爾来也伊吹1名が本日午後6時50分に殺人枠ミッションに失敗確定しました。これに伴いナンバー26をバツシマスの対象と決定し、公開処刑を行います。処刑対象者は速やかにコロサレテ下さい〟
プレイヤー達が驚きの表情を見せる。何だこの放送は。殺人枠?
「おい、ミッション失敗って……まさか爾来也さん!」
夏男が慌てて爾来也の方へ振り返る。
「まさか爾来也さん」
爾来也自身も何が起きたのか理解に追いつけない様子。まさか爾来也伊吹は殺人枠なのか?
殺人枠(全7人)
2人以上のプレイヤーを殺害する事。殺害方法は問わない。息の根を止めれば問題なし。他のプレイヤーにバレないよう殺す事を条件とする。2人以上殺害してから他のプレイヤー死体発見後72時間経過するまでの間に犯人である事がバレなければミッションクリア。
夏男が爾来也の名を大声で呼ぶ。何かを悟ったのか首を縦に振る爾来也。それに対して夏男。
「待て。待て待て待て待ってくれ! ミッション失敗って何の事だチュリぞう」
『んー。その女は実は殺人枠でー、プレイヤーを1名しか殺してないにも関わらずさっきみんなにバレたからミッション失敗って事でー、この議論は今この瞬間に無効になっちゃったね』
「何だと!?」
『よって投票タイムもなし。この議論の結末は、その女が死ぬ事でめでたしめでたしっていうオチでした』
爾来也伊吹が殺人枠。こんな事ってあるか。だって爾来也はただ夏男らを守りたくて怪物と闘って……それが堂島だとは知らなくて結果的に殺してしまって……
「違うよな爾来也。違うと言ってくれ」
電田が続く。
「待ってくれ。殺人枠って何だ。おい寒男、何か知っているのか説明しろ。どうしてこのタイミングで伊吹ちゃんのミッション失敗が報告された?」
よりにもよって爾来也が殺人枠。となると怪物に化けたモルモット堂島を殺してしまった爾来也は当然ミッション失敗と見なされてしまう。ルールに基づくならチュリぞうの言う通り、この段階で爾来也はバツシマスによって処刑される事が確定となる。
殺意に満ちた夏男が小型カメラを睨み付けてチュリぞうに問う。
「それでお前ら俺の脅しに余裕ぶっこんでたって訳か」
『うん。だってオ前ラがこの事件を解決した時点で投票タイムはなくなっちゃったからね』
爾来也が涙を流して口を開ける。
「黙っていてすまない。しかし殺人枠だなんて皆にカミングアウトでもすれば信用を失うと思うて」
「爾来也さん……」
チュリぞうが今までにないパワフルな進行を始める。放送を見ている視聴者達や黒幕サイドに向けてバツシマスタイム突入の合図を送る。
爾来也が殺人枠である事を夏男が事前に知っていたなら他の方法だってあったのかもしれない。夏男の狙いはあくまで米山の処刑を止めるために黒幕サイドを脅すきっかけを作る計画で事件を解決し、投票タイムに持ち込んでいたに過ぎない。しかしその戦略が裏目に出てしまう。
どうしたら良いのか分からないでいるプレイヤー達。計画を逆に利用されてしまった夏男はパニック状態になっている。
『さーーーて、アメダマお待ちかねのバツシマス突入キタコレブンブン! まずは第16番辺りで罪人を滅ぼせレッツゴー!』
「我は死にたくない。か、神埼殿!」
「待ってくれ頼むチュリぞう。どうすれば良い。おいやめて……やめてくれェ!」
「死にたくない。我は皆を」
どこからか突然飛んできた鉄の首輪が爾来也の首目掛けて飛ばされる。爾来也の反射神経でも反応出来ない程のスピードで放たれた鉄は、彼女の首に巻き付いて強く絞めつける。
首を絞められている爾来也は身体の力が抜けて無防備になる。その数秒の間に爾来也を助けようと周りのプレイヤーが急いで駆け寄るが……
鉄の首輪が対象者の身体を強い力で引っ張り、悲鳴と共にレッドルーム裁判室の先にある〝デッドルーム〟に続く入り口が開いて室内へと引き擦り込まれてしまう爾来也伊吹。
※ここから先は強めの残酷描写が含まれていますのでご注意下さい。
―――――――――――――――――――――
バツシマスⅠ
爾来也伊吹&米山恵斗 2名
罪16『くさりびらかた(ふたチュの物質がひとチュになった)』編
デッドルームに強制移動させられた爾来也。彼女の首に巻きつけられた鉄がゆるんだ。慌てて室内から外に出ようと走り出すが、扉は直ぐに閉まってしまう。デッドルームから先程まで居た裁判室が透けて見える。
裁判室からデッドルーム内を見る事も出来るようだ。裁判室から扉を叩いて爾来也を助け出そうとしているプレイヤー達。彼らの視線は爾来也に向いている。
寒くて薄暗い部屋へと引き擦り込まれた爾来也は恐怖と寒気で身体を震わせている。しかし次の瞬間、天井から眩しい光が照らされて辺り一面が明るくなる。
ソハヤノツルギを鞘から抜き取り、戦闘態勢を構える爾来也。幾つもの照明を起動させた高い天井を見上げてみると、小さな何かが落ちてくる。
落下物は次第に大きく目に映って形がハッキリしていく。人が落ちてくる!?
人が落ちてきているのに気付いた爾来也は、それを身体で受け止めてみせる。しかしそれは余りにも大きくて受け止めた爾来也が頭から勢い良く床に倒れて後頭部を強打してしまう。
落下した人物が吐血し、受け止めた爾来也が頭部から多量出血して倒れている。受け止めたというよりは衝突したような勢い。2人共無事か?
落下した男の名は米山恵斗。彼の体格は身長178cm体重161kgの巨体。そんな巨体な男が小さく見える程の高さから落下してきて、それを受け止めた爾来也。
米山は倒れている爾来也に直ぐに気付いて身体を揺すってみる。女と何度も呼んで起こそうとするが爾来也は意識を取り戻さない。
息を切らしている米山の首には爾来也と同じく鉄のチェーンが巻き付けられている。よく見れば爾来也の首に巻かれた鉄のチェーンと、米山の首に巻かれた鉄のチェーンは繋がっているようだ。
つまり、この鉄を外そうと引っ張ると相手の首を絞める事になる。
部屋の中心床から鉄の棒が出てきた。次にこの部屋の入り口とは別の2つの扉が開く。開いた扉の先には1部屋に1つのボタンがある。米山側にあるボタンは青色。気絶している爾来也側にあるのは赤いボタン。
これから何が行われるのか分からない米山は恐怖で過呼吸気味になっている。
次に床が右に高速回転し始めた。処刑を止めようと裁判室から入り口の扉を叩いているプレイヤー達。
数十回転して止まる。もう何が何だか分からず腰を抜かして泣き出す米山。中心に出てきた鉄の棒に2人の首に巻かれた鉄のチェーン部分が巻き付いていた。
〝これから2人には裁き合いを行って貰う。この部屋から出るために互いに首を絞め合ってどちらか片方は力負けして窒息死するだろう。見事ボタンを押した方は『炎の世界』へと続くチャンスを物にする事が出来る。自分が生き残りたければ目の前の人間を殺す気で頑張れ〟
サイレンが鳴り響く。その音によって意識を取り戻した爾来也。彼女がゆっくり目を開けるのを確認した米山は、恐怖の余り慌てて青いボタンのある方へと走り出す。
「死じたくない!」
米山が走り出した事によって爾来也の首に巻かれた鉄が彼女の首を締め付けてしまう。一気に力に押されて中心にある鉄の棒まで引き擦り込まれる爾来也。
しかし、直ぐ傍に落ちていたソハヤノツルギを手に取った爾来也は、何が起きているのか分かってはいないがとりあえず首を絞める原因となる米山に繋がるチェーン穴にソハヤノツルギを刺す。
チェーンによって引っ張る米山の動きを止め、ソハヤノツルギを大きく振り翳した爾来也。
その力に身体ごと中心部まで持っていかれる米山。尻餅をついた米山は今度は爾来也の方を向いてドシドシと走り出した。
「貴殿ば何者だ。ごれば何だ?」
「うるせー人殺しが。こっちが聞きてぇわ!」
爾来也に接近してきた米山が何をするかと思えば彼女に突進して床に倒す。倒れた爾来也に1発の蹴りを入れてから顔面を思い切り殴る。そのまま爾来也の身体に乗っかり何度も顔面を殴り付ける。
「このメス豚が。豚、豚! 俺はこんなところで死ぬ訳にはいかねぇんだッ」
爾来也の前歯が折れる。ソハヤノツルギで米山を何とか止めようと試みるが、この体格差で上に乗っかられては身体が思うようには動かない。
床に倒れたままお腹に座る米山の殴り攻撃が続く。爾来也の意識が朦朧としている。トドメの頭突きを喰らって完全に爾来也の動きが止まる。
「俺は、俺は、俺は死にたくねぇんだ畜生!」
爾来也が動かなくなったのを確認してから青いボタンに向かって走り出す米山。しかし爾来也が残り少ない力を振り絞って立ち上がろうとする。
だが、米山が青いボタンのある寸前の距離まで進んだところで、爾来也の身体が中心部まで持っていかれて鉄の棒にアゴをぶつける。
米山が青いボタンに手を伸ばす。
爾来也の首から大量の血が流れる。
米山が青いボタンを押す。
爾来也が完全に意識を失う。
「っしゃあ、押したぞ!」
青いボタンを押した次の瞬間。上から大量の水が流れる音が聞こえた。いや水ではない。その音に気付いた米山が天井を見上げると……赤い水。いや、大量のマグマが降ってきた。
「え、え、ちょっと、うわああああああああ!!」
デッドルームに大量のマグマが溜まり、2人は数秒もがいた後に骨となる。裁判室から見ていたプレイヤー達は全員が全員涙を流して絶望する。忘れる事の出来ない残酷な光景を見せられたのだ。
赤い水に沈む溶けかけの2人の骨と、首に巻かれた1本のチェーン。絶望的に溶けかけた爾来也の目玉がしっかりと夏男を見つめていた……気がした。
そんな中で形を失わない爾来也の宝〝ソハヤノツルギ〟が、遠くで彼女を見守ってきたダレカの無念を語っているような光を放って沈んでいった。
※2名の重要人物の死体が発見されました
× 爾来也伊吹の死体が発見されました
× 米山恵斗の死体が発見されました
止められなかった悲劇




