目撃
10月27日(日)曇り
台風のことをかつて野分と表したが、野を分けて風が通り過ぎてしまったというのに、いまだ青空は広がっていない。確実に季節は秋から冬へと移行しているようだが、街路樹や公園の木々の葉はもう色づき始めている。山法師は真紅のベルラインに朱色のイヤリング、花水木は茜色のロングトルソーに猩々緋のピアス、樺の木は黄色のマーメードラインに装いを変え、道路のいたるところは色とりどりの絨毯が敷き詰められ、空の色とは対照的に街の様子は艶やかさを増してきた。
これまで、日記という形で彼との出会いから順に書き綴ってきたが、思いがけないことが起こったので、そのことについて記したい。彼とは晩夏以来会っていない。というよりも私の前から突然に消え去ってしまい、会おうにも会えなくなってしまった。携帯電話もメールも全て不通であり、住んでいるところは分らない。避けられたのだと思い、諦めようと努力してきたが、堪らず日記を書くことによって、自分の気持ちを吐露してきた。しかし、私は目撃したのである。彼の変わり果てた姿を。
10月18日(金)夕刻、私は実家に帰省するためJRの駅舎にいた。祖父の命日が来るので戻るよう連絡を受けたのである。良く晴れた日で夕焼けが雲の隙間から差し込み、光の屈折で五色に彩雲となっていた。風は肌寒く脱いでいた上着をもう一度羽織る必要があった。そんな中、通勤客でごった返す駅前の通りで一種異様な風体の二人組の若い男性がチラシ配りをしていることに気が付いた。何気なく見たその一人の若い男性に私は目を見張った。彼である。髪の毛はボサボサ。髭は伸びている。どう考えても普通じゃない様子。ただ黙々と通勤客にチラシを配っている。私は茫然として彼の様子をただ見ていた。殆どの通行人はチラシを受け取っていない。受け取っても一瞥して通りに捨ててしまい、誰も真剣に見ようとはしない。私は、彼の姿にショックを受けてしまい、とても近寄ることはできなかったが、辛うじて捨てられたチラシだけは拾うことができた。
チラシの内容は異様なものであった。とても常識人が相手にするような代物ではない。彼は一体何をやっているのか。あの姿は一体なんなのだ。私が知っている医師としての将来の夢や希望を語る彼はもうどこにもいない。私はとてつもない焦燥感にかられ、ともかくもその場を離れ、逃げるようにして改札を抜け、実家へと向かう特急列車に乗り込んだ。