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初めのやりとり

9月23日(月)晴れ


 マンションの窓から見える旧家の瓦屋根が銀色に光っている。隣家の漆喰にその陰影が映し出され、影絵のように美しい。その輪郭をよく見ようと窓を開け放つと、朝もやの空気のにおいが涼しげな風と共に入ってきた。3連休3日目の朝。今日はとても良い天気である。天高く馬肥ゆる秋というヤツだ。馬が肥えようとどうしようと私の知ったことではないが、ともかくも澄み切った青空、爽やかな風、ああ、どこかへ出かけたいという気になってくる。いっそ外へ出てみようか、天高い空の下に。クローゼットからお気に入りの白いワンピースなんか出して、そして白色のつばの広い帽子をかぶり、目いっぱいおめかしして、水晶とムーンストーンの間にアベンチュリンとペリドットのグリーン系の天然石を散りばめたロングネックレスをかけ、紺のスニーカーで街ゆく人々になんとなくまだ夏を忘れてないよって話しかけるようにお出かけしてみようではないか。いや・・・。その前に洗濯をしなくてはならない。それから掃除も。確か明日課題を出さなくてはならなかったような。しなければならないことがたくさんある。


 私のメッセージに対する彼の答えは簡単だった。会いたいとか連絡先がどうとかそういった類のものではなく、ただ、彼自身が一日何をして過ごしていたか書かれてあった。だから、私自身もその日あったことを書いて送った。彼よりももう少し詳細に。するとすぐに返信があり、その後、何度かのやりとりで彼のことが少し分かった。彼は6年生。北の方の出身で現在アパートで一人暮らし。大学では、臨床実習と医師国家試験対策というのがあって、とにかく試験試験の毎日とのこと。それから、夜は家庭教師のアルバイトをしている。高校1年生の男の子に数学を教えている。その子はいわゆる進学校に通っているわけではないが、両親が大学へ進学させたいとのことで、数学の成績を受験レベルにまで上げてほしいというのが要望。その子の家庭教師を始めて2か月経ったが、最近やっと因数分解を理解してくれたそうだ。因数分解だけならば、中堅私大クラスに合格できる。英語は全くできないので、最初から勉強しない。数学と理科だけで受験できる東京の私立工業大学を目指している。家庭教師の話題に対してはとても詳しい内容であった。


 私も自分自身のことを書いて送った。高校時代のこと。家族のこと。友達のこと。あらいざらい本当のことを書いて送った。今まで数多くの人たちとメッセージの交換を行ってきたが、こんな気持ちになったことは初めてである。きっと知らぬうちに自然とこれまでと違う感情が沸き起こっていたのであろう。私が彼らに送ってきたメッセージの内容は、いつもどこかで一線を画した内容であった。たぶん、彼らとは会うことを前提としていないのだから、気持ちの上で一定の枠を拵えていたのだと思う。しかし、今度は会いたいという気持ちになっていた。会うことが前提であれば、基本的なところで嘘はつけない。活字上ではあるが、ある程度本当の自分を見てもらいたいと思うはずであり、そうした気持ちからか、自分の素性やその時抱いた感情を正直に書いた。


 いざ、自身のことを書いてみると、自分でも気づかない一面があることを発見した。こんな風に思っていたんだ。新発見である。いやむしろ、今までが余りにも自分を糊塗し過ぎてきたのである。言い繕って、取り繕って、綺麗な自分だけを形作ってきた。誰だってそうだと思う。皆一様に人に良く思われたいと思っている筈であり、悪いところは隠そうとする。失敗したことに対し、舌を出してあっけらかんと話す姿にも、その裏側では、でも私は綺麗でしょうという自負心が存在している。ダメな自分さえもチャーミングさに置き換えているのだ。


 多くの女性は、というよりも人間という生き物の大多数は常に他者を意識しており、他者の中で息づいている自分を見ている。なかには全くそういったことには興味がありません。自分の中で美しさを育んでいきます。とか、学ぶことが全て、生きることが全てという人々もいるであろう。しかし、健全な女子大生であれば、単純にいい男にモテたい、いや世界中の男にモテたいと思うことが普通ではなかろうか。であれば、自然、綺麗な自分を作り上げていくのであろうが、まあ、これまでの私自身そうしてきたわけであるが、何故か彼に対するメッセージでは何もかも全てありのままの自分を曝け出している。彼にどう思われるかということを考える前にありったけの自分を書き出している。そうすることがとても心地よいのである。もしかすると、彼の文章がそうさせているのかもしれない。本当の自分が明らかになっていく、そんな雰囲気を彼の文章が作っているのかもしれない。

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