プロローグ
第1ターム
眼前に深い霧が立ち込めている。昼夜の別も分らない。方向感覚もなくただ真白な空気の中に包まれている。樹海のように広がる思考の中で、今や私は、自分の存在を完全に喪失してしまったようだ。どこをどうやって歩いてきたのか、いつの間にこんなところまで来てしまったのだろうか。
対になることが最も基本的な条件である事象が、対象の不存在によってはじめて燦然と輝く。その光を感じた時、突然宙に放り出されてしまう。現実今目の前で起きていることは、やはり真実であるのだが、それら全ての物事を知覚し、判断し、記憶に留める主体は個人に帰結する。外で起きている出来事が真実であろうが虚実であろうが一向に構わない。判断するのは個人である。であれば、外側の世界と内側の世界のどちらを信用すればいいのであろうか。現実に存在している事実といまだ個人の中に存在する感情。私は外側の世界に目をつぶることに決めた。
私はある地方都市出身の女子大生である。高校時代、勉強というものにさほど興味は無かったのだが、進学することが当たり前だという周囲の風潮に流されるまま受験を迎え、第一志望校にあっけなく落ち、滑り止めとして受験した隣県の大学に入学することとなった。今年の春のことである。親は自宅から通うよう説得したが、最寄駅まで自転車で30分、電車で1時間半、そしてバスを乗り継いで学校に到着するまで計2時間半。通学時間だけで私の青春は終わってしまう。ということで、親に頼み込み、品行方正にするという絶対不可能な条件と私の天才的な巧言により、見事これを駆逐することに成功し、現在はワンルームマンションにて快適な一人暮らしを満喫しているわけである。
そんな私が彼と出会ったのは、この夏の出来事である。きっかけは携帯サイト。いたってありきたりである。基本、私は学内に恋人を作りたくない。なぜだか、そんな流されるような恋はしたくない。もっと刺激的な普通じゃない恋がしたいという希望から、携帯サイトで様々な人々を観察するという遊びを始めた。サイトで知り合った人と付き合うという前提はない。あくまでも人間観察である。メールのやりとりの中で気に入った人を呼び出し、容姿を見る。ただそれだけである。会うことはない筈なのだから、恋に発展しようもない。しかし、もし、私の中にどうしても会いたいという気持ちが生じるのであれば、その時はその時である。そういう気持ちで呼び出しては、一人ひとりの容姿を確かめ、陰に隠れて満足する日々を過ごしていた。