他力本願型少女
不謹慎な表現や発言が出てきます。
嫌な予感がする方は閲覧をご遠慮ください。
これが地獄絵図ってやつ?
はっきり言って夢じゃないかと思った。
それにしたってわたしってば。なんてひとでなしなんだろう。
リビングをぐるりと見回してみる。赤い。床も壁も天井も赤い。真っ赤なペンキを持った人が派手に転んだみたい。
まだ乾ききってないそれにわたしが思うこと。
誰が掃除すんの?
うーん。それ以外の感想が出てこないってちょっと本気でどうかしてるんじゃないかな。でもさ。でもね。仕方ないかなとも思うんだよね。うん。仕方ないよ。だって。
床に転がる家族たち。
転んだ人はペンキじゃなくてわたしの家族をぶちまけたらしい。
どうしよう。この家族。
あ、違う。家族だったモノだ。だった、ね。ここ大事。日本語は正しく使わないとね。古文の先生も言ってたし。日本は言葉から崩壊する。
それはいいけど、これ。どうにかしないと。だってわたし、これからどうやって生活すればいいの?こんな汚れた部屋で。かろうじて無事なとこを見つけたけど、そろそろ歩いたって滑りそうになっちゃうよ。てゆーか滑ったよ。とっさに壁に手をついたらぬるっとした感触がした。ひえー。手が真っ赤。なんだかすごく嫌に気持ちになって手のひらをぶんぶん振る。目の前になにかが落ちてきて、それも真っ赤で、げんなりする。もう、さいあく。
赤い水溜りを避けて歩く自分がちょっとだけ泥棒になったような気がしてきた。おかしいなあ。ここはわたしのうちのはずなのになあ。なんで抜き足差し足してるの。違いますからねー。わたしはこの部屋の立派な住人ですからねー。ひとりで叫んだって誰も聞いてないんだけどさ。むなしい。
でもまあしょうがない。家族だったモノたちはもう動けないんだし。これで動いたら逆にびっくりしちゃうよ。
だって。
わたしと違ってタイヘンIQの高い父親の頭は潰れちゃってるし。
これまたわたしと違ってないすばでぃーな母親の体からは内臓が飛び出ちゃってるし。
小学生のくせにサッカーがうまくて天才神童なんて呼ばれた弟の黄金の右足はちぎれてどっかいっちゃってるし。
あーあ。どうすればいいの。ほんと。こーゆーさ、非常時の対応ってやつとかさ、学校で教えといてくんないかなー。因数分解とか日本語がどうとかじゃなくて、こーゆー実生活で役に立つこと教えてほしいよ。
あれ。でも。もしかしてこんなことってめったにない?普通の女子高生が体験する確率ってもしやそーとー低い?じゃあ、もしかしてわたしひとりで考えなくちゃいけないの?こんなとんでもないこと?うわあ。信じらんない。さいあくだよ。おばかな高校生になんてことさせるの。
えーと。うーんと。こんなときは。えーと。んんん、がんばれわたし。いつもばかにされながら見てた二時間サスペンスを思い出せ。こんなシーンがいっぱいあったじゃないか。
あ。
そうだ。
警察。
警察だ。警察。こーゆーときは警察に電話しなくちゃ。よく思い出したぞわたし。あ。でも。混乱して助からないってわかってるのに救急車呼ぶほうがいいのかな。そっちのほうが遺族っぽい?わ。遺族だって。ドラマみたい。明日学校で同情されたりしたらどうしよう。金をくれ!とか言ってみようか。昔そんなのあったよね。泣いたりするのもいいかな。よし。それはあとでゆっくり考えよう。
電話電話。ケータイより家電のほうがいいよね。うんうん。それっぽい。かけるのは警察でいいや。えーと。警察の番号。いち、いち、ぜろ、っと。
なんかドキドキしてきた。110番したのってはじめてだ。そういえば。
呼び出し音が切れて男の人が出た。こちら110番です、だって。わー。本物だー。ドキドキしすぎてめまいがしてくる。入試の面接より緊張する。手のひらに人って書いて飲んでおけばよかったな。
どうしました?って怪訝そうな声にはっとする。
はやくなにか言わなきゃ。
「あ、あのっ」
うわー。緊張しすぎ。声裏返っちゃった。かっこわる。
「あの、家に帰ってきたら、家族が倒れてて」
正しくは家族だったモノね。
「血が、たくさん」
あれ。そういえば全然気づかなかったけどこの部屋すごいにおい。金臭いっていうの?これって血のにおいかなあ。気持ち悪い。よく平気だったなーわたし。喉が詰まる。なんだか吐き気までしてきた。
「血が、あの、たくさん、血が」
うえー。きもちわるいよー。涙出てきたよ。泣くのなんか中学生のとき父親に殴られて以来だよ。
あのときはひどかったなー。いつもひどいけど。顔の形変わったもんね。二週間も腫れがひかなくてさ。おかげで学校休むはめになっちゃって。授業受けなくていいのはラッキーだったけど、先生とか友達に言い訳するの大変だったよ、ほんと。別にいってもよかったんだけどさ。さすがに恥ずかしいもんね。あんな顔でいくの。
一回怒ると止まらないもんなー。父親。しかもだーれも助けてくれないし。母親なんてきっとわたしのこと透明人間かなにかだと思ってたよね。ごはんもたまにわたしの分だけ出てこないことあったしね。弟だって、こいつがまたいい神経してるんだ。わたしが殴られたり蹴られたりしてる横でへーぜんとおやつ食べてゲームしてるんだから。しかも駅前の限定ケーキを。二時間並んでも買えないという超レアなケーキを。よりにもよって私の横で食べるとは!あのときはほんと殺意を抱いたね。我ながら物騒だけど。
って、そういえば今電話中でした。
ごめんなさいおまわりさん。いや刑事さん?急に昔の恨み言がよみがえっちゃってあなたのこと忘れてました。てゆーかなんか落ち着いてって言われてる。そうだよね。落ち着かないとね。そんな昔のこと思い出してる場合じゃないもんね。さすが刑事さん。おまわりさんだっけ。どっちでもいいけど。いいこと言う。
優しそうな声がどうしたの、なにがあったの、って訊いてくる。
えーと。
なにがあったんだろう?
マンションに帰ってきたら鍵が開いてて、中に入ったら血の海で。そんで父親と母親と弟が転がってた。それしかわかんない。あとは警察が調べてくれればいいんじゃないかな。うん。あとは知らない。あ、でも、ここが汚れたままっていうのは困るなー。家族と違ってわたしは生活しなきゃいけないからさ。きれいにしてくれたら助かります。
「はやくきてください」
はやくきて掃除してくれー。気持ち悪いんだよー。
早口で住所を伝えて電話を切る。意外と対応が遅いんだなあ警察って。それともわたしの演技が回りくどかったのか。今、将来の選択肢から女優って文字が消えたね。たぶん。
さてと。このにおい、なんとかしないとね。ほんとにひどいんだから。なるべく血を踏まないようにしてっと。現場保存、現場保存。
がらりと窓を開ける。おっきな夕日が目の前にあった。風が気持ちいい。どこかの家からおいしそうなにおいがしてお腹が鳴る。そっか。もうごはんの時間か。警察がきたらカツ丼でも食べさせてくれないかなー。それって容疑者だっけ。だけど被害者にくれたっていいと思うんだ。同情するならメシをくれ。昔そんなのあったよね。リビングを振り返る。真っ赤な血のりと散らばる家族。夢じゃないかと思ったけど、夢じゃない。わたしの中の誰かがはっきり否定してくれる。これは夢じゃない。現実なんだ。
なんて素晴らしいんだろう!