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前編

 長編前の練習小説となります。

 風吹き荒ぶ草原。そこに睨みあう二つの影。彼らは言葉を交わすことなく、ただ対峙している。


 一方は着流しに短刀、絶世の美しさと気品さを持った切れ長の男。

 一方は黒装束に鉄爪、溢れんばかりの殺気を隠そうともしない女。


 男は緩みきった表情でゆったりと立っており、どこか浮世離れした印象を受ける。それはまるで夏の蜃気楼のようにも。

 「はて。キミは……」

 顎に手を当てて男は女を見つめ、記憶を掘り起こそうとする。


 ―――ちりん。


 風に煽られて、女の首に掛けられていた鈴が鳴る。その鈴はくすんで曇ってはいるが、本来の美しさを損なっていない。

 その鈴を見た男はぽんと手を打ち、

 「――莉珠、か。久しぶりだね。もう10年は経つかな」

 思い出し、告げた。女の瞳はその言葉に揺らぎかけるが、すぐさま冷徹さを取り戻した。

 「……約束を守りにきた」

 それだけ言うと口を噤み、腰からナイフを引き抜き、逆手に構えた。

 右手に刃、左手に爪。姿勢は伏せる虎のように低く、”蜘蛛”を思わせる獰猛さと狡猾さを女は纏う。その様子に男は心底嬉しそうに微笑んだ。

 「あぁ、やっぱり莉珠は優しいね。そんなに強くなって……」

 優しい言葉とは裏腹、短刀を握り直した男はピリピリとした首筋を灼く緊張感を放ち始めた。恐らく、彼にとってはほんの少し「その気」になっただけなのだろう。だがそれだけで虫も鳥も息を殺し、女の額には汗が滲んだ。

 その圧力に耐える女は、本能の「はやく行け!」という命令を押さえ付けて隙を窺う。


 風がさらに強くなる。それでも二人は動かない。

 暗雲が立ち込める。それでも二人は動かない。

 雨粒が草に落ち、はじける。それを合図に――両者は飛び出した。


 人智の及ばぬ迅さでぶつかり合う二人にはどのような因縁があるのか。それは、はるか昔、まだ女が少女で在った頃まで遡る。二人の邂逅は10年前のあの日の事だった―――





 ――ジーワジーワ。


 茹だる様な暑さ。それに拍車を掛けるように喧しい蝉の音。季節は夏。

 昼下がりの寂れた住宅街を往く一つの影、その影の主である着流しを着た長身痩躯の男は、この気温のなか汗一つかいていない。

 男は着流しの帯に鈴をくくりつけ、それを涼やかに鳴らして歩く。ちりん、とした軽やかな音は周囲の空気を浄化するように、一種の緊張感を持って音を響かせる。

 たまに行き交う人は、彼の顔をまじまじと眺めて去っていく。それも納得できることだ。男は見目麗しく、一見すると艶やかな美女にも見える。伸ばし、束ねた長髪はその色気をさらに増幅していた。

 住宅街から離れ、コンクリートと土が拮抗している田舎道をいい加減に男が歩いていると、その先の木陰で数人の児童たちが騒ぎ、遊んでいた。

 彼らは何かを囲い、わいわいと騒ぐ。男はそれを立ち止まって見ていた。

 一体、子供たちは何をして遊んでいるのか。それは……。

 「うわ、気持ちわりー! 小太刀、お前触ってみろよ!」

 「嫌だよ! わ……内臓出てんじゃん!?」

 「でも動いてんじゃん! 石で頭潰そうぜー!!」


 彼らの中心に居るのは――死にかけの蛇だった。


 その蛇は腸を地面にさらけ出し、ここから逃れようと必死に悶えていた。蛇の周りには体液で汚れた枝や石が散乱し、どのようにその蛇が傷付けられたのかを如実に示していた。

 身体を裂かれ、這いずる蛇の頭を潰そうと少年がこぶし大の石を振り上げる。その様子を、男は表情一つ変えずに眺めていた。そこへ――

 「こら! あんた等、何してんの!!」

 ボーイッシュな女の子が鞄を振り回しながら現れた。少女は頭から湯気を出さんばかりに怒り、走って少年たちに近寄ると勢いそのまま思い切り鞄を頭に叩き付けた。

 仰け反る男の子。少女は鞄からリコーダーを抜き取ると、それを他の少年たちを脅すように振るう。

 「"男女"の莉珠が来たぞーっ! 逃げろ、逃げろー!!」

 鞄を叩きつけられた男の子が自分の頭を擦りながら、おどけてそう嘲る。その言葉に、莉珠と呼ばれた少女は顔を真っ赤にしてさらに怒り狂う。

 「だ、誰が"男女"よ!? 張っ倒すわよッ!!」

 鞄とリコーダーの二刀流に、少年たちは莉珠を「男女」と馬鹿にしながら走って逃げていった。

 少年たちを追い払った莉珠は肩で息をし、呼吸が落ち着くと、地面で息絶えてしまった蛇を手が汚れることも厭わず、掌に掬う。

 「――どうするんだい?」

 突然、背中越しに話しかけられ、莉珠は驚いて振り向く。そこには、着流しの男が太陽を背に立っていた。

 「キミはその子をどうするんだい?」

 その声は甘く、優しい。神に捧げられる天上の楽器を思わせる繊細な声質を以って、少女に問う男の表情は冷たい、温度を感じさせないものだった。

 「えっ!? あ、あの、その、この子は地面に埋めてあげて、お墓を作ってあげようと思って……」

 大人に咎められると思ったのか、莉珠はおっかなびっくり答える。その返答に満足したのか、男は緩々と表情をゆるませ、笑みを浮かべる。

 「なら、アタシも手伝おう。その子をそのままにしておくのは忍びないからね」

 そう言うと、男は莉珠を促す。莉珠は道の外れ、枝葉を元気良く伸ばし、大きな木陰を作る涼しい場所を選んで、「ここにします」と男に告げた。

 木製の定規で穴を掘る莉珠。扇子の持ち手で穴を掘る男。二人の間に漂う何とも言えない気まずさ。それに我慢できなくなった莉珠が口を開こうと思ったとき、

 「名前は何て言うんだい?」

 視線を穴に向けたまま訊ねる男に、莉珠は勢い良く答えた。

 「馬尻小学校、五年の古門莉珠(こかどりず )です!」

 「そうか、良い名前だね、莉珠。アタシの名前は"蛇足"だ」

 「ダソク……? 蛇足ってあの……」

 莉珠の疑問に、蛇足は目を細め、笑う。

 「蛇に足で"蛇足"だよ。少し珍しい名前だと自覚はしているけどね」

 そう語る蛇足の顔を、莉珠は不思議そうに見つめる。

 「莉珠はどうしてこの子を助けてあげようと思ったんだい?」

 「理由なんてありません!」

 断言する彼女を、蛇足は温かい目で見守る。

 「あんな酷い事をするなんて信じられません! それだけです!!」

 そして土をものすごい速さで掘り進め始めた。蛇足もそれ以上何も言わず、穴を掘った。掘り続けた。


 

 穴を掘り、そこに亡骸を収めて再び土をかぶせて、目印として細長い石を乗せる。それだけの事だが、随分と時間が過ぎてしまった。日が暮れて大魔ヶ時。手と顔を土で汚した莉珠と蛇足が出来たばかりの墓に手を合わせていた。

 しばしの黙祷、別れも済み、莉珠が蛇足に頭を下げる。

 「本当にどうもありがとうございます。手伝ってもらって……」

 「気にしなくていいよ、アタシが勝手にやったことだから」

 ぷらぷらと手を振る蛇足は夕日に照らされ、身体の半身を黒く影に染めていた。

 「あの、それじゃあ私は帰ります。早くしないとお母さんに怒られますし……」

 普段とは違う夕暮れの町を、莉珠は何故か恐れていた。

 「――それに最近、おかしな人が出るみたいなんです」

 「おかしな人?」

 「はい……。誘拐、だって言ってました。もう八人も行方不明になってるらしいです」

 成る程、と蛇足は頷いた。莉珠が何かに怯えているのはそのせいか、と。「はて……」と呟き、瞳を閉じる蛇足。数秒考え、律儀に待っていてくれた少女に優しく語り掛ける。

 「やさしい莉珠。コレをあげる」

 彼が手にしているのは綺麗な鈴。赤い鈴緒が括りつけられているソレは、蛇足の帯に付けられていたものだ。それを彼は、莉珠に手渡そうとする。だが莉珠は反射的に断っていた。

 「いえ、知らない人から物をもらっちゃいけないってお母さんが!」

 しかし蛇足は何とも言えない顔で莉珠の肩を軽く叩き、蛇の墓を指差した。

 「いやね、あの子が莉珠に渡してくれって聞かないものだから。お礼だってさ。それに、アタシとしても冷血漢と思われたくないし、莉珠は貰う権利があると思う」

 その言葉に考えが変わったのか、恐る恐る鈴を手にする莉珠。その様子に満足げに頷いた蛇足は、彼女と夕日に背を向けて歩き始めた。暗闇へと歩いていく彼に、莉珠が声を掛けようとすると――

 「――蛇に優しくしてくれる子は、好きだよ」

 立ち止まり、それだけ囁くと彼は再び歩き出し、紫色の闇の中へと消えていった。



 草木を掻き分け、獣道を進んだ先に、もはや誰も通わなくなった古びたお堂がぽつんと建っていた。

 そこでは人の気配どころか、虫の鳴く声すら聞こえない。そんな薄気味悪い場所に居る男が一人――蛇足だ。

 彼はむせ返る草木の臭いを楽しむかのように深呼吸し、先ほど出会った少女のことを思い出して微笑む。何度かその情景を思い出して愉しむと、お堂の中へと足を踏み入れた。

 お堂の中は蜘蛛の巣にまみれ、木の床も腐り、何とも心もとない。纏わり付く闇を照らすのは、小さな行燈だけだ。その闇に居るのは蛇足だけではなく――

 「蛇足さま、とお見受けしましたが」

 何処からともなく聞こえてくる声は、まるで暗闇自体が語りかけてくるようにも。

 「あぁ、そうだよ。姿も見せない無礼者」

 少し棘のある口調に、影に潜むモノが慌て出す。

 「す、すいませんっ! ただいま……!」

 天井より音もなく現れたのは、人の上半身ほどもある巨大な毒々しい蜘蛛だった。

 その蜘蛛を見ても蛇足は眉一つ動かさず、涼しい表情を崩さない。

 「申し訳ありません! 我ら蜘蛛の怪は何も無い広い空間が苦手であります故に……」

 「構わないよ、その態度が気に食わなかっただけだから。……して、アタシを呼ぶなんて穏やかじゃないね。何があったんだい?」

 闇にぼんやり浮かぶのは眉目秀麗の男の顔と蜘蛛の腹だけ。現実感を何処かに置いてきてしまったこの世界には、"人"は存在することは叶わない。

 「実は……我らの仲間の一匹が、人里で悪さをしているのです。我らも止めようと死力を尽くしたのですが、いかんせん"人"を喰らい、妖すら喰らったあのモノを止めることは出来ず……。若い衆は喰い殺され、古強者は既に去り、神は眠り、我らには最早打つ手が無く。そこで蛇足さまにご足労願ったのです」

 そう語る蜘蛛は悔しさからか哀しさからか、ぶるぶると震え始めた。

 「あい話は分かった。そのモノの名前は?」

 「それは…………」

 まるでその名前を恐れるように。蜘蛛は口ごもり、身体を揺らし、周囲に誰もいないことを確認したあと、小さな声で囁き、蛇足にその名を告げた。

 「生き血を啜り、姦計を用い、身を隠す。ついには祀られていた梓弓を手にし、生きとし生けるモノの怨敵と成り下がったあのモノの名は―――」

 一呼吸置き、吐き出されたその名は。

 「―――――石蛭、です」



 莉珠が学校の帰りに昨日の蛇の墓へ赴くと、そこには和傘を携えた蛇足が盛った土に酒を浴びせていた。

 「あ、あの! こんにちは蛇足さん!!」

 額に滲んだ汗を手の甲で拭き、莉珠が彼に挨拶をした。そうすると、

 「やぁ。莉珠もこの子に逢いに来たのかい? 袖触れ合うも他生の縁、不思議なものだね」

 今日も涼しげにしている蛇足は木陰に溶け込むようにして立っている。まるで、そのまま光と影の狭間に吸い込まれてしまいそうな程、影が薄い。

 「はい! お花が無いと可哀想かと思って……」

 確かに、彼女の手には花が握られている。だがその花とは向日葵であり、献花として用いるには少し大きすぎる。

 「向日葵か、莉珠らしくてこの子も喜びと思うよ。――ん? これは……」

 蛇足は、莉珠の首に下げられた鈴を見て顔を綻ばせた。

 「お母さんがこうしてくれました! こんな綺麗な鈴、本当にありがとうございます!!」

 再び頭を下げられ、蛇足は「喜んでくれてアタシも嬉しいよ」と笑う。

 莉珠は墓に向日葵を捧げ、蛇足とともに木陰で涼を取る。道を駆け抜けていく風はざわざわと木々を揺らし、道の向こうの陽炎へと消えていく。

 「そういえば、蛇足さんってここの人なんですか?」

 「いや、アタシは仕事みたいなものさ。今は日本に居るだけで、少し前までは違う国にいたよ」

 「えーっ! どこですか! 教えてくださいっ」

 目を輝かせて訊ねてくる莉珠に、彼は頬を掻く。

 「あれは……アイルランドか。でも基本的には日本に居るし、日本は好きだよ」

 「へー! 凄いですっ! 蛇足さんって日本の人っぽくないですけど、もしかしてハーフなんですか?」

 矢継ぎ早に問い掛けられる質問に、彼は律儀に答える。

 「ハーフというのは言い得て妙だ。日本の血は流れていないけど、日本で過ごした年月はアタシに郷愁を抱かせるには充分な長さだよ」

 「お仕事って何ですか?」

 「うーん……まぁ古い友人の手伝い、だね。昨日は打ち合わせで、今日は営業だ。――おっと、そろそろかな。莉珠、お別れだよ。今日は夕立が来るから、これを持ってお行き」

 蛇足はそうして、和傘を莉珠にやや強引に渡すと返事も聞かずに歩き出した。追いかけようとした莉珠に背を向け、手を挙げて「構わない」と意思表示をし、そのまま自分も陽炎の中へ霞んで、消えていった。



 蛇足は、仄かにだが妖しい臭気が周りを漂い始めたことに気付き、莉珠から即刻離れることを選んだ。この臭いに持ち主が狙うとしたら、おそらく自分だろうと。

 "莉珠"という存在がそれほど重要なものではない、と何処か突き放した考えを蛇足は持っている。だが、だからと言って巻き込んで酷い目に遭わせるつもりはないし、彼女には人並みの幸せを掴んで欲しいと思っている。

 (莉珠にはアタシの鈴を渡してあるから、余程の馬鹿と自惚れ以外は近寄りもしないだろう)

 そう結論付けて、彼は周囲に気を張り巡らして慎重に歩を進める。臭いはだんだん濃くなり、そこらじゅうその生臭いヘドロを思わせる酷い臭いに包まれていた。

 「これは血と泥の腐った……」

 何を思いついたのか、蛇足は道を逸れて畦道を走り始めた。それに追い縋って臭気も後を追う。しかし、隠れる場所が無くなったためか、その臭いの持ち主は水田の中に飛び込むと――

 「うん、やはりか」


 陽の下に引きずり出された影が身を揺らめかせながら音も無く、田を泳いでいた。


 その影は薄く広がり、植えられた苗を刎ねながら突き進む。空を睨め付ける目は濁り、歪み、明確な敵意を持って蛇足を追っていることが分かる。その悪意をさらりと受け流す蛇足は、影を尻目に走り続ける。

 畦道を半ばまで行き、周囲に誰もいないことを確認すると彼は立ち止まる。同時に、影も動きを止める。

 「さて、お前が石蛭だね。ここでやってやるから出ておいで」

 その言葉を受けた影は笑みに似た亀裂を作り、水の中から飛び出した。

 畦道に着地した影は飛沫を撒き散らし、ぶるぶると蠕動して収縮を繰り返す。膨らみ、撓み、伸び、潰れ。最後は影法師のようにすっくと立った。

 濡れたその身体に浮かび上がるのは円状の鋸歯。ガチガチと歯を鳴らすソレの身体を泳ぐのは二つの瞳。目玉はコップに沈んでは浮かぶ氷にも似ている。

 「ギ……ギギギギギギィィィ!! キザマァ、土地ノ妖デハ無イナ゛ァ!?」

 金属が擦れる音に、汚泥が泡立つ音、その二つが混ざり合った不愉快な声。それに対し、蛇足は澄み切った鈴の音で。

 「そうだよ、石蛭。お前があんまり派手に暴れるからアタシが呼ばれたのさ。さぁ、アタシを殺してごらん」

 「ギギギィ! 何タル余裕、何タル傲慢ッ!! コノ石蛭ノ"蛭"、容赦センゾ!!」

 「石蛭の"蛭"? お前らはまさか――」

 「ギィィィィィアアアアアーッ!!」

 何かに気付いた蛇足のことなどお構いなしに、石蛭は身体から影の槍を伸ばして彼を突き刺そうとする。

 一本の槍は二本に。二本は四本、四本は八本に。果てには三十二の影槍となり、雨となって容赦無く降り注ぐ。

 蛇足に降り掛かった槍たちは土煙と水飛沫を上げて地に突き立てられた。

 「ギギ……! ザァ、殺シテヤッタゾ! 殺シテ、肉片ニシテヤッタゾ!!」

 視界が晴れ、陰惨な光景が広がると思えた。しかし、その槍には何も刺さっておらず――

 「何ィ゛!?」

 「――肉片になるのはお前だったね」

 石蛭の背後には、蛇足の姿が。

 「ナナナナナナナナァ!? ギザマァーッ!!」

 吼える石蛭が次の槍を伸ばすより迅く、銀閃が瞬いた。

 空間ごと斬り取られたように、ずるりと石蛭の上半身が地へと落ちた。それを見下す蛇足の手には一尺の短刀が。彼は地を這う二つの肉片を、目を細めて見つめている。

 「石蛭の"蛭"とか言ったね? お前には他に仲間はいるのかい?」

 しゃがみ、上半身の頭と思しき部分に語りかける彼に、

 「ギギギギギギギッ! 石蛭トハ我々デ、我モ石蛭ダ! 我ガ同胞ハ既ニ美味ソウナ娘ノ下ヘ向カッテオルワッ!!」

 その言葉に更に蛇足は目を細め、顔を掌で覆った。空は曇り、ぽつぽつと雨が降ってきた。乾いた土に雨は染み込み、黄土から黒檀へと色を変えていく。

 「どうもありがとう。お礼に……アタシの本当の姿を見せてあげるよ」

 嘲り笑う石蛭の顔を覗き込む彼は、指の隙間から、目を見開き―――睨みつけた。


 其処に在ったのは命を覗き込むかの如き、紫電の瞳。紫水晶の透明さと禍々しさ。その瞳に捕らえられた石蛭の身体はみるみるうちに石となり―――


 「ギギガギガアアアアッ!?」

 みしみしと音を立てて石になる己の身体。自分の身体に起きていることが理解できない彼はとにかく、蛇足から距離を取ることを望んで踠く。

 「夕立か……」

 放置されていた下半身すら石化から逃れることは出来ず、蝕まれていく。そして、何度かの瞬きの後に残されたのは、畦道に転がる二つの奇妙な石だけだった。その二つの石は夕立の雨を受け、しとどに濡れ……砕けた。

 「莉珠が心配だね。鈴を渡したのが裏目に出るとは……アタシもまだまだだ」

 そして鈍色の空を憂鬱に眺め、蛇足は走り始めた。陽光が隠れてしまった空の薄暗さと肌寒さに不吉なものを感じながら。




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