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過去に変わる瞬間

作者: 銀神月美

    過去に変わる瞬間      銀神月美


 ある夜のことである。部活が終り、帰宅途中であった。家に着くのは九時近くになるだろう。いつも通りに近道の公園を抜けようとした。

 誰もいない公園。無意味なほどに明るい外灯。無人の遊具。普段と変わらない光景に思えた。しかし、丁度公園の中央に差し掛かった時である。日常とは違ったものが視界に入ってきた。

 腰まで伸びる黒髪。整った容貌。細い肢体。そのどれもが洗練されていて、如何なる人の視線も釘付けにしてしまいそうである。その時の僕も同様に彼女に眼を奪われてしまった。

 じっと彼女を凝視していると、向こうも僕に気が付いた。僕の姿を捉えた直後、彼女の顔は微笑を湛えた。見本のようなその笑顔に僕ははっとなった。暫くすると彼女は視線を逸らし、再び空を見上げた。

 須臾が永遠に思えた。おそらく彼女が発言するまで長い時間は経っていない。でも、その夜の僕は時間の流れが異常なまでにゆっくりに感じた。

「過去を見ているの」

 彼女がそう発した時、僕は何を言っているか理解出来なかった。彼女の視線の先には、皓々と輝く月の鏡が浮かんでいた。

 その時の僕は目の前の美しい情景にただ見蕩れているだけであった。


 それ以来、毎夜彼女を見掛けるようになった。彼女はあの夜のように空を見上げている。その様子は夜空が好きなだけとは到底思えないものであった。その証拠に、冷たい雨が降る中で傘も差さずに只管上を見ていた。当然空は雲に覆われている。

 一度彼女にそれほどまでして空を見る理由を訊いたことがある。すると彼女は、

「私は過去を見ているの」

 出会った時と同じ答えが返ってきた。僕には全く理解出来なかった。夜空を眺めることがどうして過去を見ることになるのだろうか。そもそも過去なんて見られるはずが……。

 更なる疑念を抱いていると、彼女はそれを察したのか説明を付け加えた。

「ねぇ、あそこに見える星はどのくらい遠くにあると思う? あの大きく輝く星でさえ何十億光年と離れている。光の速さは一定だから、当然今見ている光は途轍もなく昔に放たれたということになるわ。だから私は夜空を見て、過去を見ているの」

 そういえば、テレビな何かでそのようなことを聞いた覚えがある。まあ、興味の無かった僕には、既にその記憶は失われている。

 科学にときめく彼女は更に口を開いた。

「それは私とあなたの間でも言えること。私とあなたの距離は誤差程度のものだけど、ゼロではない。あなたから出た像は極僅かな時間を経て私の許へ届く。逆も同じ。だから人間は過去しか捉えられない」

 どうやら科学好きの少女ではなく、大幅にSF的な思考の持ち主らしい。


 ある日突然、彼女は姿を消した。けれども、僕は別段心配しなかった。彼女は今こうしている時も空を見ているに違いない。そう思えた。

 結局彼女の話したことは今でもよく分からない。それに名前も年齢も何もかもだ。けれど、彼女は僕の歩んだ過去に確実に残るものとなった。

こういう出会を一度でいいからしてみたいものですよね。でも、実際は警察沙汰になる可能性があって怖いです。ところで、この作品は……まあ言わなくても分かりますよね。

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