20.星の光
湯冷めしそう。
まぁいっか。
俺は何かわけありの茜を外へ連れだし、なるべく人気のない場所へ連れていく。
俺の足が向かったのは、前に樹と話した中庭だった。
「まぁ座ろ」
池の側にあったかなり大きめの石に腰掛けた。
茜は泣いている。
でもそれを俺に悟られまいと手で顔を覆い、必死に隠している。
たまにしゃくり上げたり鼻をすすったりしてるから隠すも何も…もうバレてるっての。
とりあえず泣きやむまで待つかー。
池の水は夜ということもあって真っ黒で、住民である鯉の姿も見えない。
空を見上げれば、マサとキャッチボールしていた時、爛々と輝いていた星たちも雲がでしゃばり隠れてしまっている。
相変わらず無言のままの状態が続いた。
端から見たら俺が茜を泣かしたみたいに見えるだろうな。
ま、誰も来ないだろうからいいか。
しばらくすると茜のしゃくりも鼻をすするのも無くなり茜は顔を上げた。
「湯冷め…しちゃうよ?」
「昔から体だけは強い方だから大丈夫」
「バカは風邪を何とかって言うしね…」
「そこまで言ったら普通わかるだろ」
茜は軽く笑った。
今さっきまで泣いてたくせに。
人をからかうのだけは忘れねーんだなこの娘は。
俺も半ば自嘲気味に笑う。
「…って」
「ん?」
かすれた声で茜が言うものだから聞き取れなかった。
「誰だっけ?って言われちゃった…」
茜は視線を落とすこともなく前を見続けている。
あぁ。
連絡とったんだ。
「…ネタじゃね?」
「そんなの浮かぶ人、翔ちゃんしかいないと思う」
俺は努めて明るく振る舞う。
「そっかー」
「……」
傷心の茜に掛けてあげれる言葉が浮かんでこなかった。
慰めの言葉。
励ましの言葉。
そこからの数秒の沈黙が俺には何十分にも感じられた。
「…好きだったのかな」
茜は依然として前を見ている。
先には綺麗に整えられた垣根しかない。
明るい内はそれなりに楽しめそうだが、暗いとただの黒い壁にしか見えない。
「…泣くくらいなんだから好きだったんだろ」
「違うの。最初はすっごく自然に笑えたんだ。悲しくもなくてムカつきもしなくて泣かなかったし」
そう言って少し視線を落とす茜。
「でも美希ちゃんと心ちゃんに気を遣わせちゃ悪いと思ってジュース買いに来たら無意識に涙がさ…」
シンちゃん?
んー…。
あ、香坂さんか。
「だから好きだったのかなって」
「…茜は優しいんだな」
こちらも無意識に言葉が出てきた。
「彼氏の事よりも友達の方を考えちゃうんだからなー」
「だって二人とも優しいから…」
「それは茜が二人に優しいからだよ」
そういえばマサが大事な時は…とか言ってたな。
俺が思うに今は結構大事な時だ。
よし。
俺は勝手に今が大事な時だと決めつけた。
「でも今思うとフラれて当たり前かなって思う」
「…ってかフラれたって言うのか?」
「そりゃアドレスも消されちゃったくらいだし…」
「アド変で送り忘れとか」
「彼氏に送り忘れるわけないじゃん。…もう彼氏じゃないけど」
何か卑屈になってんなー。
「ってか何ヶ月も彼女と連絡取らなくても平気な男ってどうかしてるよねぇ!」
「…そりゃ正常ではないんじゃね?」
「異常だよ、異常!こっちはそれなりに気にしてたのに挙げ句の果てに『誰だっけ?』って何!?」
おー。
言いたいこと言ってらー。
「…気にしてたんならメール送ればよかったのに」
「それはちょっと…私が折れるみたいで抵抗あった」
なかなか強情だな。
「とにかくっ!別れて正解だった!」
「そうなの?」
「そうだよ!」
「じゃ何でまた泣いてんの?」
茜はあーだこーだ言ってるくせに涙を流していた。
「あれっ…!?何でっ!?」
自分でも訳がわからず泣いていたようだ。
そんな茜が気になる…
いや、好きだ。
「強がんなよ」
「そんなこと…ないもん」
「違ぇよ。俺の前でもってこと」
茜は涙を拭くのをやめ、まじまじと俺を見る。
「泣きたい時は泣けばいい。そしたら明日…いや、1秒後にでも茜は強くなれる」
大事な時。
普段自分の格好なんか気にした事もないけど、茜の瞳に映っている今の俺はかっこいいのかな。
「泣くなとは言わんから思いっきり泣いたれ」
俺は無意識に茜を抱き寄せ微笑んでいた。
そしたら茜はダムが崩壊するかの如く今まで以上に泣いた。
俺の胸の中で。
俺は茜が好きだ。
いつしかでしゃばりの雲は通り過ぎ、幾多の星たちが俺たちを照らしていた。