19.君の優しさ
なんて返ってきたんだろ。
普通に『元気?』って送ったんだから向こうも普通に『元気』とか言ってくるんだろうな。
そこからどんな話題を切り出そう。
私はあれこれ考えながら受信ボックスを開いた。
『ごめん!誰だっけ?』
チーン。
普通に返されるどころか忘れられてる。
普通の女の子だったらここで怒って電話掛けたり、悲しくて泣いたりするんだろうけど、私はただ呆然と携帯の画面を見つめるしかなかった。
「…茜?」
美希ちゃんが心配そうに私の顔を覗き込む。
「茜っ!携帯貸せっ!あたしはこいつに一言言ってやらねぇと気が済まねぇ!」
心ちゃんが相当お怒りなのか眉間に深い皺を寄せ目を見開きながら私の携帯を握る。
「だめっ!」
私の携帯を耳に当てた心ちゃんから強引に携帯を奪い返し、電源ボタンを押す。
どうやら幸い向こうには繋がってなかったみたいだ。…幸いなのか?
「バカかお前はっ!こんなやつホントはぶん殴んなきゃいけねぇんだけど、今は出来ねぇから言いたい事言ってやんなきゃいかんだろうが!」
心ちゃんはうるさく説教をする生徒指導の先生張りに怒鳴った。
私のためを思って言ってくれてるのはわかる。
でも今は…。
「…いいよ。喋りたくもない…」
「茜……」
不思議と悲しくはない。
何だか呆れに似た感情が込み上げてる。
私は本当にこの人を好きだったのかな。
それとも、いつの間にか好きって感情なんか消えちゃってたのかな。
「…いいの。ホラ、言った通りでしょ?自然消滅するって」
自分でも驚くほど明るく言えた。
「…お前、こんなんでいいのか?」
心ちゃんが親身になってくれてる。
ありがとね。
美希ちゃんといい心ちゃんといい、私は優しさに包まれてるんだなぁ。
「さっぱりしてていいんじゃない?何か思ってもみない返事が来て逆にスパッと吹っ切れたかなぁ」
私ってすごいな。
こんな状況でも笑えてる。
でも美希ちゃんと心ちゃんの方が、あまりにも衝撃を受けたらしく、沈んでいる。
私は何だか居た堪らなくなってしまって、
「あ、飲み物ないね。私買ってくる!」
財布を持って二人の希望も聞かずに、逃げる様に部屋を飛び出した。
☆
別に嫌な人じゃなかった。爽やかなスポーツマンで優しかったし、私の言うことにもキチンと耳を傾けてくれていた。
お互い恥ずかしがり屋で約2年付き合った中でキスは4回しかしたことがないし。
しかもほんの一瞬。
今思い出しても恥ずかしい。
そういえば数少ないデートでも、手なんか繋いだ事もなかったなぁ。
そう思うと私って本当に愛されてたのかなって思う。
玄関近くの自販機まで辿り付き何を買おうかと思った途端に、
涙が溢れた。
何で?
何で今更?
何で悲しくないはずなのに涙が出るんだろう。
私の意思に逆らって涙は溢れ、自販機が水中にあるかの様にぼやけていた。
「あー、良い湯だったなー」
側の風呂場から杉くんが伸びをしながら出てきた。
もちろんぼやけていたが声で彼だと認識。
「シャンプーぐらい持ってきやがれ」
その後に聞こえた低い声。
ぼやけててもわかった。
背の高い彼は私を見つけたのか、こっちへ近づいてくる。
背の低い彼は部屋へと戻って行くようだ。
やばいなぁ。
泣き顔見られちゃうよ。
彼に見られるのは二度目かな。
でも涙の理由は前とは全く違うんだ。
「外、行こうか」
私の肩を優しく叩いて彼は言った。
あぁ。
私は彼の優しさにも包まれてるんだなぁ。




