18.大事な時
「翔一はさぁ」
鈍ってはいけないと思い、旅館の駐車場で蛍光灯に照らされた明るい場所を探しマサとキャッチボールをしている。
「ん?」
マサからの送球を受けながら片眉を上げ返事をする。
「彼女とか作んないの?」
「んー…今は野球で精一杯だからなぁ」
受け取ったボールをマサへ。
よし、ストライク送球だ。
「翔一のこと気に入ってる子、いっぱいいるじゃん」
「そんなんわかんねーじゃん」
「出た。モテる男の嫌味とも取れる謙遜」
なわけねーだろ。
言葉のキャッチボールの方が進む中、きりのいい所で本物のキャッチボールを終え、電灯の下に並んで座り込む。
「興味がないの?」
「いや、ないってわけじゃねーけどさー」
浮気されたらやだし。
とか言ってらんねーな。
恥ずかしくてしょうがない。
「俺さー、翔一にはもうちょっと周りを見てほしいんだよね」
マサは自分のグラブをいじりながら言った。
「そーだなー。ランナーがいた時の状況判断をもう少し…」
「野球じゃなくて!」
と、一喝されてしまった。
いつもヘラヘラしてるくせに。
生意気な。
「野球に一直線ってのも翔一らしいっちゃあ翔一らしいんだけどさ」
そこで区切りマサは頭を掻きむしった。
「なんて言うか、野球以外の事に対して曖昧というか…」
マサは言いにくそうにあちこちをキョロキョロしている。
「あんまりあやふやな態度じゃ、いつか一番大事な事にもあやふやで終わっちゃって後で後悔することになると思うんだよね。特に翔一の性格からして」
マサは寝転がり夜空を見つめている。
その表情はどこか儚げで。
「大事な時にかっこよく決められないヤツ」
寝たまま俺を指差す。
「カッコとか関係あんのか?」
「あるんだって」
そう言ってマサは起き上がり親指を立て自分に向ける。
「今の俺、かっこいいでしょ?」
ウインクなんかしてら。
「…まぁな」
俺は呆れと共に笑みが溢れた。
こいつは昔からいざと言うときにさりげなく頼りになる。
「やっぱ女の子ってのは大体男のかっこいいとこに惚れたりすんだよ」
「ふーん」
「…茜ちゃんだってね」
何故茜が出てくるんだ。
俺は目を丸くしてマサを見た。
「茜ちゃんの事、さりげに気にしてるっしょ?」
「なんでだよ。んなわけねーだろ」
「好き?」
さっきから何言ってんだこいつは。
「ないね。彼氏いるし」
俺は当然のことだとばかりに胸を張る勢いで言った。
微妙な達成感に浸る。
「とっちゃえば?」
「アホか。ドロドロなのは苦手なんだよ」
「劇でめちゃくちゃハマってたくせに」
「あれは役柄上での話」
何か今日のマサは変に俺を探ってきやがるな。
「じゃ茜ちゃんの事どう思うの?」
何でそう茜に限定するかなこいつは。
「どうって……元気でいい子って感じ。でもたまにひねくれてたりするんだよな。人の事からかって笑ってるからタチが悪いっつーか」
愚痴にも似た茜に対する印象があれこれ浮かんでくる。
マサはそんな俺の様子を見て微笑んでいる気がした。
一通り言い終え、俺は妙に無言なマサに視線を送る。
「どーした?」
「いや、そこまで見てるんだなって」
「さっきから何が言いたいんだ?」
「好きとまではいかないにしろ、気になるんじゃね?茜ちゃんの事」
「そんなわけっ……」
否定しようと言い返そうとする俺を指差すマサに威圧され押し黙ってしまう。
「あやふやにすんな」
わけわかんねー。
「気になるんだろ?」
なわけねーだろバーカ。
「悪いとこ、今出てる」
うるせーよチビ。
余計なおせっかい寄越してくれちゃってよー。
あーあ、おかげで俺の中で何かが変わっちまう。
「…翔一」
「……気に、なる」
茜はいい子だ。
明るくて元気で…その元気を他の誰かにわけてあげてるみたいに、周りのツレも自然と笑ってるし。
俺もそのツレの一部なんだけど。
頼まれた事にいちいち文句言ったりしてるけど、その割にちゃんとやってるし。
優しい。
「へへ」
マサはあどけない顔で白い歯をむき出しにして満足気に笑った。
こいつのこの顔は心底嬉しい時の笑顔。
俺は全身恥ずかしさに包まれながらもつられて笑った。
「……何笑ってんだよ」
「翔一が真っ赤だからかな」
「バーカ」
俺はマサの頭を軽く小突いた。
「おらぁ!お前ら風呂の時間だぞ!」
旅館の玄関から緑ちゃんが叫んだ。
俺たちは立ち上がり、尻の砂埃を払う。
「なかなかかっこよかったっしょ?」
「野球してる時並にな」
背の低いマサは俺を少し見上げながら、
「今の時間、俺にとっちゃ大事な時の一つだったからね」
調子に乗んなチビ。
まぁかっこよかったけどさ。
「なんなら写メ撮っとく?」
「いらん」