11.キス
中庭。
ひっそりとしていて落ち着いた雰囲気の庭だ。
池では大きめの鯉が数匹優雅に泳いでいる。
脇には獅子おどしも設置してあり、規則正しく乾いた音を奏でている。
「相変わらず野球小僧してるの?」
「まぁな」
「野球以外は興味ないって感じ?」
樹は屈んで鯉を眺め髪をかき上げる。
「今のところは」
俺は樹から少し離れた所で立っている。
てかまだ食い足りないんだけど。
早く解放してくんねーかな。
「彼女できた?」
ふいに樹は立ち上がりこちらを見つめる。
「ノーコメントで」
「ふふ。言うと思ったわ」
目を細め優しい笑みを俺に向ける。
何だってんだ。
「樹は?」
「あら、翔一郎くんから聞いてくるなんて珍しい」
「いつから君付けになったんだ?」
「呼び捨ての方がいい?」
樹は首を傾げ意地悪っぽくいう。
樹は中学3年間ずっと俺の彼女だった。
知り合ったのは樹が俺の試合を見に来ていて、試合後に声をかけられ話すようになった。
それからメールなどもして俺は中学1年の夏休み前に告白を受けた。
その時は別に断る理由もなかったし印象も良かったから俺はOKした。
それからも普通にデートなどしたし付き合いは至って普通の恋人同士のものだった。
別れたのは樹の浮気。
俺が野球で構ってやれなかったってのもあるが、浮気されたこっちとしちゃ頭にくる。
必死に弁解する樹を後目に俺達は中学卒業と同時に別れた。
後から聞いた話によると、その当時樹は4人の男に手を出していたらしい。
俺もその中の一人か。
「私は今模索中よ」
「そか」
俺は食べ足りないせいかそれ以上話を掘り下げる気はなかった。
とにかく樹とは少し気まずいし、あまり関わりたくなかった。
「なかなか世の中うまくいかないものね」
「まだ15、16の若者が世の中とか言うなよ」
「翔一郎だってまだ15じゃん。誕生日8月だったよね?」
「ん…まぁね」
これも男を落とす策略なのだろうか。
いちいち誕生日を覚えるなんて大変だろうに。
ましてやそこら中の男に声を掛けてられて嫌な顔一つしない樹の事だし。
「寂しいな……」
ふと樹を見ると相変わらずまっすぐ俺を見ている。
しかしなんとなくだが悲しそうな目をしている。
「…ちょっとだけ頭撫でてくれない?」
「やめとけ。ゴツゴツしてるから摩擦で火が出るかもしれん」
樹は少し笑ったかと思うと俺の方へ歩いてきた。
…何か嫌な予感がする。
☆
…嫌な予感がするなぁ。
赤川くんは何だか神妙な面持ちをしてるし、女の子の方もちょっと泣いてる気がする。
「高村樹ねぇ…」
「名前わかったんだ」
「あたしの情報網にかかればこんなもんよ」
怖っ。
自慢気に笑う美希ちゃんから赤川くんに目を戻す。高村さんが段々と赤川くんに近づいていく。
何だかいかがわしい雰囲気だ。
「ちょっとちょっと、チューとかしちゃうんじゃないの!?」
美希ちゃんは眉間に皺を寄せ怪訝そうな表情をしているのだろうが、今は美希ちゃんを見ている場合じゃないぞ。
「あ、寸前で止まったね」
「…何だ、面白くない」
すると赤川くんは少し照れたように周りを見渡してから高村さんの頭に手を置いた。
「あらやだ」
「いい子いい子してるのかなぁ」
二人の距離は腕を前に伸ばしたくらいの近さ。
その気になれば抱きつくことだってできる距離。
嫌な予感がする。
こういう時の嫌な予感は当たるんだ。
高村さんは思いっきり赤川くんに抱きついた。
「おほっ。やだやだ。茜、一歩も二歩も後退なんじゃない?」
「何言ってんの!」
美希ちゃんは両目を隠すようにして手で目を覆っているが、指の隙間から確実にその光景をまじまじと見ている。
高村さんの両腕はきつく茜くんの腰に回されている。
赤川くんはというと突然の抱擁に戸惑っているのか、行き場のなくした両腕が宙を彷っている。
「チューとかしないのかな」
「…嫌な予感がするんだよね」
私の嫌な予感はよく当たるんだ。
高村さんは手を赤川くんの顔に持っていき自分の顔に引き寄せる。
「まさかのまさかだよ茜!」