9.旅の始まり
旅行当日。
私は多くもなく少なくもない、いわば中途半端な量の荷物が入った鞄を肩にかけ登校した。
「おっはよー」
バスの駐車場と化したグランドに着くと美希ちゃんが元気よく掛けよってきた。
「美希ちゃんおはよっ」
「荷物少ないねー」
美希ちゃんは親切にも私から鞄を取り上げバスのトランクに入れてくれた。
私はお礼を言い美希ちゃんとバスに乗り込んだ。
大体の生徒は事前に決まっていた座席に腰掛け、騒いでいる。
早くもおやつを食べる男子。
友達とトランプしている女子。
私は一番後ろの一つ前の席に座る。
隣はもちろん美希ちゃん。
「あれからどうなのよ、その後は」
席で一息つくと美希ちゃんが私の耳元で囁くようにそう言った。
「…あー。赤川くん?」
美希ちゃんはウインクする。
綺麗なんだけどこういうことする時は可愛いんだから。
「何かあるわけないでしょ。赤川くんは私に彼氏がいるの知ってるんだし」
美希ちゃんはすねた様に
「ちぇっ」
と唇を尖らせた。
「しっかし、茜もよく続くねぇ」
腕組みをしながら美希ちゃんは言った。
「…でもほとんど連絡取ってないしその内自然消滅、なーんて」
私はおどけてみせた。
もう彼とは付き合ってそろそろ2年になる。自分でも結構続いたと思う。
彼が私にとって初めての彼氏だからかもしれない。
前は会う度に緊張したし手など繋ぎもしなかった。
しかし今となっては会うこともさながら、メールも電話もしない。
友達に言われることは決まって
「別れれば?」
だ。
「2年にもなるのに自然消滅とかあるんだねぇ…」
「…まだ消えてないけどね」
私はできるだけ明るく振る舞った。
赤川くんは彼女とかいるのかな。
私はふと思いついた疑問を美希ちゃんに聞かずにはいられなかった。
「美希ちゃん、赤川くんって彼女とかいるの?」
「お、茜もついに乗り換えるか」
「違うけどさ」
「翔ちゃん狙うとなると敵が多いぞー?」
「いや、だからそんなつもりは…」
「翔ちゃん誰にでも優しいからなぁ。でも茜なら応援しちゃうぞっ」
話し聞けよ。
一人で盛り上がっている美希ちゃんを無視し、窓から外を見る。
(あ。赤川くん…)
私は重そうな鞄を背負い、いそいそとバスに駆け寄る赤川くんを見つけた。
(朝…苦手なのかな…)
直に赤川くんもバスに乗り込んできた。
赤川くんは一番後ろの5つある席のど真ん中に座った。
男子は5人が後列の五席を占領している。
少し後ろを振り向けば赤川くんの顔が見える席に私はいる。
まぁ後ろを見る機会なんてあまりないだろうが。
席が前後ゆえ話し声は丸聞えだ。
「ってかグランドにバス入れんなよな」
赤川くんは少しムッとしている様子。
何でもせっかくグランド整備したのにこれじゃまたやり直しだ、とかなんとか言ってたなぁ。
さすが野球少年だ。
私は一人でにやついていた。
その内バスが出発し、目的地の旅館までの旅が始まった。
彼の優しさに触れ、また一歩彼との距離を縮める旅が。