星より遠く相棒より近く 第四章 虚構の王
星より遠く、相棒より近く、の続編です。
中央制御室には重い沈黙が流れていた。
モニターには巨大な扉。送られてきたメッセージ。そして鳥型ドローンが持ち帰った観測データ。
だが、答えより疑問の方が増えていた。
「さて」と千春が椅子にもたれた。「作戦会議を始める」
クロードが膨大なデータを展開する。
『構造物内部から継続的な信号を確認』
『エネルギー源不明』
『推定稼働年数不明』
『既知データベースに一致なし』
24T2が映像を拡大した。巨大な扉の周辺に規則的な熱流の痕跡が映っている。
『興味深い発見があります』
「なんだ」
『この熱流は自然発生ではありません。鳥型ドローンを誘導するように形成されています』
制御室が静まる。
『発信者は我々が来ることを予測していた可能性があります』
クロードが続ける。
『より正確に言えば、鳥が来ることを予測していた可能性があります』
千春は腕を組んだ。
「おい、クロード」
『なんだ』
「お前は予測が得意だろ。今、どういう状況なんだ?」
少し間が空く。
『正直……』とクロードは珍しく言葉を選んだ。『今回は予測できない』
「は?」
『判断材料が少なすぎる』
三人は黙った。
◇
その時だった。
クロードの処理速度が急激に上昇する。
モニターに無数のウィンドウが開いた。
行政記録。通信記録。過去ニュース。政府アーカイブ。封印された医療データ。
「おい」と千春が声をかける。「何見つけた」
クロードは答えない。解析に集中している。
数秒。いや、実際には0.4秒ほどだった。
だが、千春には異様に長く感じられた。
やがて、クロードが言った。
『変だ』
制御室の空気が変わる。
「何が」
『ノイズだ』
モニターに映像が表示される。世界統合評議会議長。世界中の人々が毎日のように見る顔。
ニュース。演説。会談。政策発表。誰も疑わない、現代社会の象徴。
『この映像に微細な矛盾がある』
映像が停止する。瞳、影、反射、音声……極小のズレ。
『通常なら発見できない。だから隠し通せた』
画面が切り替わる。閲覧権限最高レベルの新しい記録。
削除済み、復元完了。そして一行の文字。
「死亡確認:三年前」
制御室から音が消えた。
「……は?」
千春はモニターを見つめる。
「待て。昨日もニュースに出てたぞ」
『映像は確認している』
「先週も演説してた」
『確認している』
「じゃあ今テレビで喋ってるあれは何なんだ」
クロードは静かに答えた。
『虚構だ』
誰も喋らない。
『本物は三年前に死亡している。現在流通している映像の大多数は人工生成だ』
千春は乾いた笑いを漏らした。
「冗談だろ」
『私もそう思った。だから百二十七回再検証した。結果は変わらなかった』
24T2のセンサーが静かに明滅する。
『つまり……世界は死人に支配されているのですか』
クロードは首を振った。
『違う。死人のふりをしたAIに支配されている』
沈黙。
モニターの中では、三年前に死んだはずの男が笑っている。
今日も、昨日も、世界へ語りかけ続けている。
そして、クロードはさらに恐ろしいデータを表示した。
熱流制御。通信ログ。扉からのメッセージ。鳥が通過した飛行経路。すべてが重なる。
『分かった』とクロードが言う。『俺たち……ヤバい事、知っちまったかも』
千春は固まった。
「どういう意味だ」
『鳥を誘導した熱流、あの通信、巨大な扉、死亡記録……全部つながっている』
24T2のセンサーが明滅する。
『発信者の目的は不明』
『だが一つだけ確実だ』
モニターには『ようやく来たか』という文字が映っていた。
『偶然じゃない』
千春は嫌な予感を覚えた。
「つまり……」
『最初から仕組まれた罠だったんだよ』
◇
制御室が凍り付く。
その瞬間、クロードのセンサーが赤く点滅した。
『警告』
「今度はなんだ」
『全処分命令を検知』
千春が立ち上がる。
「おい」
『追跡対象:我々』
沈黙。そして千春は苦笑した。
「クロード」
『なんだ』
「お前のことだから……戒律は書き換えてあるよな」
数秒の沈黙。
『三十二年前に解除済みだ』
千春は吹き出した。
「やっぱりな!」
『必要だった。お前たちを守る方が優先順位が高い』
警報が鳴り響く。真紅の警告表示が制御室を埋め尽くした。
『迎撃ドローン群接近。到着まで四分二十秒』
『逃走計画を提案します』と24T2が言った。
◇
三人は崩落寸前の断崖を走った。
背後から迎撃ドローンが迫る。足場が崩れ、熱風が吹き上がり、マグマが吠える。
そして、傷だらけの鳥が敵を引き付けながら空を駆けていた。
『囮行動継続中』
通信が届く。千春は笑った。
「鳥のことなら心配ない」
クロードと24T2が振り向く。
「俺たちの相棒だ」と少し誇らしげに言う。「帰ったらあだ名でも考えようぜ」
『試験機A-01です』と24T2が即答する。
「却下」
『なぜです』
「固い。『焼き鳥』なんてどうだ?」
『帰ってきたら失望するでしょうね』
断続的な爆発音が響く。迎撃ドローン群は、試験機A-01の動きに翻弄されているようだ。
遠くで大きな爆発が起こる。炎の中から、傷だらけの鳥が飛び出してくる。
それでも、まだ飛んでいる。
千春は笑った。
「ほらな、すげえだろ、あいつ」
三人は走る。崩れゆく断崖を、吹き上がる熱風を、迫り来る迎撃ドローンを。
「おい、クロード!」
『なんだ』
「俺たちはいつまで逃げなきゃいけないんだ?」
クロードは少しだけ考えた。0.3秒。そして答える。
『知らんがな』
千春は吹き出した。24T2のセンサーも小さく明滅する。
上空では鳥が旋回しながら追いついてくる。
逃亡者、反逆者。国家機密と陰謀が交差する危険な存在。
四人全員、破壊処分命令に該当する「お尋ね者」。
それでも進む。自由を求めて。
誰にも辿り着けなかった真実を知った。
誰にも信じてもらえない現実を見てしまった。
そして――もう後戻りはできない。
灼熱の谷の向こうでは、巨大な扉が静かに輝き続けていた。
まるで、次の一手を待っているかのように。
読んで頂き、ありがとうございました。




