3連の修復師
煤けたレンガ造りの街の片隅に、「三連時計の修復所」と呼ばれる奇妙な店があった。そこにいるのは、失われたり壊れたりした「人間の記憶」を繋ぎ合わせる、三人の修復師である。
ある日、店に一人の青年が訪れた。彼は数年前の列車事故で両親を亡くし、その前後の記憶を完全に失っていた。
「僕が本当に両親に愛されていたのかを知りたい。そして、あの事故の真実を」
青年は、わずかに残った記憶の破片が詰まった「記憶の結晶」を差し出した。
最初に結晶を手にしたのは、長髪の青年・ルカだった。彼は「想像という思い込み」で記憶を紡ぐ修復師だ。
ルカは結晶を覗き込み、うっとりと目を閉じた。
「ああ、見えるよ。君の誕生日に、お父さんとお母さんが君を抱きしめている。事故の直前だってそうだ。お父さんは君を庇うように抱きしめ、『愛している』と囁いた。間違いない、君は世界で一番愛されていたんだ」
ルカの言葉は温かく、完璧な物語だった。青年は涙を流した。しかし、それはルカが「こうであったら美しい」と信じ込んだ、ただの強烈な妄想にすぎなかった。
次に結晶を受け取ったのは、眼鏡をかけた堅物な女性・シトリン。彼女は「事実と証拠」のみに基づいて復元する修復師だ。
シトリンはルカを冷ややかな目で一蹴し、精密な機械で結晶のデータを解析した。
「ルカの言葉はただの絵空事です。客観的な記録を見てみましょう。……事故当時、ご両親の視線はあなたではなく、進行方向に向いていました。あなたの手を握っていた記録もありません。あ、あなたは元々は孤児で、彼らに引き取られたのですね。事故の日は3年目の記念日。誕生日ではありませんね。列車の行く先には元の孤児院がある街もありますが…ですが……」
シトリンは眉をひそめ、作業を止めてしまった。
「ですが、そこから先はデータが破損していて何も分かりません。彼らがあなたを愛していたかどうかも、何を考えていたかも、証拠がないため空白です」
彼女の復元は正確だったが、事実のパーツが足りないせいで、いたるところに致命的な「穴」が空いていた。青年は冷たい現実に直面し、かえって深い孤独に突き落とされた。
最後に、影から様子を見ていた男・バルトが濁った笑みを浮かべて歩み寄った。彼は「悪意をもって記憶を改ざんする」修復師だった。
「おいおい、どっちも冷たいじゃないか。俺が本当のところを視てやるよ」
バルトは結晶に触れ、指先から黒い魔力を注ぎ込んだ。そして、青年の脳内に直接、偽りの映像を流し込んだ。
「……お前の両親はな、お前を邪魔に思っていたんだよ。あの事故の時、父親はお前を突き飛ばして自分だけ助かろうとした。ほら、この手の角度が見えるか? お前は愛されてなどいなかった。見捨てられたんだ」
それは完璧な嘘であり、純粋な悪意だった。しかし、ルカの妄想にも、シトリンの穴だらけの事実にも満足できなかった青年は、バルトの語る「悪意の記憶」を、もっともらしい真実として受け入れてしまった。空白の恐怖に耐えかねて、呪いを選んだのだ。
「……そう、だったんですね」
青年の目は光を失い、激しい憎悪と絶望に染まった。彼は復讐の鬼と化し、かつて両親と親交のあった人々を破滅させるため、修復所を飛び出していった。
一人の青年の運命が完全に狂ったのを見届け、バルトは満足そうに口角を上げた。
シトリンは「データ通りの結果だ」と興味なさそうに書類を片付け、ルカは「僕の美しい物語が汚された」と一人で憤慨している。
三連時計の修復所は、今日も街の片隅で静かに営業している。次に訪れる哀れな客の記憶を、それぞれのやり方で壊すために。




