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この村、全員ラスボス経験者でした。 〜もう二度と世界を救いたくない元最強たちのスローライフ〜  作者: にる


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やめられなかった人

朝、宿の前が少しだけ騒がしかった。


大声ではない。

慌ててもいない。


でも、人が集まっている。


ユウトは、少し離れた場所から様子を見た。


中心に立つ人はいない。

輪も、はっきりしない。


声の向きが、ばらばらだった。


「どうしたんですか」


近くにいた村人に聞く。


「ああ……」


その人は、言葉を探すみたいに口を開けて、閉じた。


「井戸の、桶がね」


「桶?」


「落としたらしいんだけど……」


言い切らない。


ユウトは、井戸の方を見る。


若い男が、一人で立っていた。


村に来て、まだ日が浅い顔。


井戸の縁に手をかけて、

中を覗き込んでいる。


「危ないですよ」


ユウトが声をかけると、男は振り返った。


「……ああ」


少し遅れて、頷く。


でも、手は離さない。


「大丈夫です」


「……桶、落としたんですよね」


「はい」


男は、そう言ってから、

少し首を傾げた。


「……落とした、と思います」


曖昧。


周りの村人は、誰も近づかない。


助けない。

止めない。


ただ、距離を取っている。


ユウトは、その距離が気になった。


男は、また井戸を覗き込んだ。


「さっき、見えたんです」


「何が?」


「……底まで、です」


井戸は、深い。

底が見えるはずはない。


「水、澄んでました?」


ユウトが聞く。


男は、少し考えてから答えた。


「……たぶん」


たぶん、という言い方。


確信がないのに、手だけは動いている。


男は、身を乗り出した。


足が、縁に近づく。


「やめといた方が」


ユウトが言いかける。


その瞬間。


男の動きが、止まった。


固まる、というより、

考え込んだみたいに。


「……あれ?」


小さな声。


「今、何をしようと……」


言葉が、途切れる。


男は、自分の足元を見る。


そして、慌てたように一歩下がった。


「……すみません」


誰にでもなく。


「何か、変でした」


ユウトは、何も言わなかった。


理由を聞かなかった。


聞けば、線を引くことになる。


周りの村人が、少しずつ動き出す。


誰かが、別の桶を持ってくる。

誰かが、綱を結ぶ。


手際は、いい。

慣れている。


さっきまでの沈黙が、

なかったことみたいに。


男は、井戸から離れた場所に座った。


「大丈夫?」


アーシャが、いつの間にか来ていた。


「はい……たぶん」


「たぶん、でいいよ」


即答。


「今日は、それ以上やらなくていい」


男は、ほっとしたように息を吐いた。


「……変な気がして」


「うん」


アーシャは、それ以上聞かなかった。


ユウトは、そのやり取りを見ていた。


ガイルが、畑の方から歩いてくる。


井戸を見る。

男を見る。

それだけ。


「越えてないな」


低い声。


誰に向けた言葉か、分からない。


「……はい」


ユウトは、そう答えた。


ガイルは、それ以上何も言わず、

畑の方へ戻っていった。


昼前。


井戸は、いつも通り使われている。


何事もなかったように。


落ちた桶は、引き上げられた。

水も、変わらない。


でも。


ユウトの中に、引っかかるものが残っていた。


男が、やめられなかった理由。


見えた、と言ったこと。


底まで。


考え始めて、

やめる。


自分が踏み込みそうになる。


それに気づいて、止まる。


今日は、それでいい。


夕方。


村は、いつも通りだ。


人は笑う。

子どもは走る。


でも、中心は空いたまま。


誰も、そこに立たない。


ユウトは、少し離れた場所で、

その様子を見ていた。


誰かが、やめきれなかった。


でも、越えなかった。


それを、誰も責めなかった。


この村は、

そうやって今日も、続いている。


夜。


部屋に戻る。


窓を閉める。


外の音が、少し遠くなる。


ユウトは、布団に横になった。


今日は、

越えなかったのは自分じゃない。


それでも、胸が重い。


境界は、

誰の前にも、平等にある。


ただ。


越えるかどうかは、

まだ、選べる。


ユウトは目を閉じた。


数えない。


それだけを、守った。


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