抑えきれない衝動
朝。
今日は、誰も呼びに来なかった。
目が覚めた理由が、
分からない。
鐘も鳴っていない。
声もしない。
ただ、
起きていた。
窓の外を見る。
村は、動いている。
人は歩いている。
昨日と同じ。
それなのに、
胸の奥が落ち着かない。
理由を探そうとして、
やめる。
探すと、
動いてしまう気がした。
朝食は、また扉の前に置かれていた。
パン。
スープ。
湯気が、少し弱い。
時間が経っている。
それでも、
食べない選択肢はなかった。
体は、
普通に空腹だった。
昼前。
外が、少し騒がしい。
大きな音じゃない。
でも、一定じゃない。
何かが、
うまくいっていない音。
ユウトは、
部屋の中央に立った。
一歩、動く。
止まる。
昨日は、
ここで止まれた。
今日は、
止まりにくい。
「……少しだけ」
誰にでもなく、呟く。
扉に手をかける。
開けない。
でも、触る。
それだけで、
胸が軽くなる気がした。
廊下に出る。
音は、
やはり外から来ている。
広場の方。
一歩。
次の一歩が、
重い。
それでも、
足は動いた。
広場の端。
人が集まっている。
輪になっていない。
中心は、空いている。
そのさらに外側。
昨日まで、
ユウトが立たないようにされていた場所に、
人がいる。
若い女だった。
顔色が、少し悪い。
立っているが、
立てていない。
「……大丈夫?」
ユウトが声をかけた瞬間。
「来ないで」
誰かの声。
アーシャだった。
反射的。
でも、
遅かった。
女は、
ユウトの方を見た。
視線が合う。
その瞬間。
胸の奥で、
何かがはっきりと動いた。
近づけば、
分かる。
どうすればいいか。
体が、
そう言っている。
「……っ」
一歩、踏み出しかける。
足が、
前に出る。
でも。
「止まれ」
低い声。
ガイルだった。
一語。
それだけ。
ユウトの体が、
強く引き戻されたみたいに止まる。
息が詰まる。
頭の中に、
いくつもの動きが浮かぶ。
支える。
抱える。
連れていく。
全部、
出来る気がする。
全部、
やってはいけない気がする。
女は、
ふらりと膝をついた。
周囲の村人が、
すぐに動く。
ユウトを避ける形で。
誰かが支え、
誰かが水を渡し、
誰かが座らせる。
手際がいい。
慣れている。
ユウトは、
何もしていない。
していないのに、
体が震えている。
「……すみません」
女が、小さく言った。
誰に向けた言葉か、
分からない。
アーシャが、
女の肩に手を置く。
「大丈夫」
短く。
「今日は、ここまで」
それで終わる。
人が散る。
何事もなかったみたいに。
ユウトは、
その場に立ち尽くしていた。
「戻れ」
ガイルの声。
逆らわない。
部屋に戻る。
扉を閉める。
背中を預けて、
そのまま座り込む。
心臓が、
まだ早い。
「……危なかった」
声が、
少し掠れる。
今日は、
越えていない。
でも、
越える準備が、
確かに整っていた。
それが、
一番怖い。
夜。
食事は、
また扉の前。
今日は、
手を伸ばすのが遅れた。
食べないと、
体がもたない。
分かっている。
でも、
食べると、
落ち着いてしまう気がした。
結局、
全部食べた。
体は、
ちゃんと生きている。
布団に入る。
目を閉じる。
今日の衝動が、
まだ、残っている。
消えない。
でも、
形にもならない。
ユウトは、
天井を見た。
守られている。
同時に、
閉じ込められ始めている。
その境目に、
自分が立っていることだけは、
はっきり分かった。




