やけに優しい村人たち――ここは、何かがおかしい
※この作品は完結まで執筆済みです。
安心してお読みください
目を開けたとき、ユウトは「起きた」という感覚を持てなかった。
ただ、気づいたら天井があった。
木の板が並んだだけの、古い天井。
隙間から細い光が差し込み、埃が静かに浮いている。
「……どこだ、ここ」
声は、ちゃんと出た。
それなのに、どこか他人の声みたいに遠い。
身体を起こすと、ベッドが小さく鳴った。
軋む音。
それを聞いて、ようやく実感が湧く。
(……夢じゃない)
記憶を探る。
昨日。
学校。
スマホ。
家。
どれも、霧がかかったみたいに曖昧だった。
代わりに、外から一定の音が聞こえてくる。
カン。
カン。
規則正しい、金属音。
ユウトはゆっくり立ち上がり、扉に手を伸ばした。
なぜか、急いではいけない気がした。
扉を開ける。
――村だった。
畑。
井戸。
木造の家々。
朝靄に包まれた、小さな集落。
あまりにも、出来すぎた風景。
「……田舎すぎるだろ」
呆然としていると、畑で作業していた男が顔を上げた。
「おはよう」
低く、落ち着いた声。
ガイルだった。
「……重心が高い」
「え?」
「立ち方だ。崩れやすい」
初対面のはずなのに、説明はない。
ユウトは反射的に姿勢を直す。
「無駄な動きが多い」
「それは死ぬ動きだ」
「いや、なんで死ぬんですか!?」
男は答えず、再び鍬を振るった。
(……戦場経験者か?)
そんな言葉が、なぜか自然に浮かんだ。
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宿屋では、明るい声が迎えた。
「おはよう! ちゃんと眠れた?」
アーシャだった。
「無理してない?」
「生きてりゃそれでいいのよ」
一瞬だけ、笑顔が曇る。
すぐに戻る。
戻るのが、早すぎた。
ユウトの胸が、理由もなくざわつく。
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鍛冶屋では、男が素手で鉄を叩いていた。
――叩けるはずがないのに。
「武器は人を不幸にする」
ドラムは淡々と言う。
「……ここ鍛冶屋ですよね?」
「そうだ」
「じゃあ作ってくださいよ」
「断る」
迷いのない即答だった。
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村長宅では、穏やかな男が茶を出してきた。
「今回は穏やかに済めばいいが」
ルーンだった。
「今回は……?」
「気にしなくていい」
柔らかな笑顔。
なのに、距離がある。
近づくことを、最初から拒まれているみたいだった。
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夜。
布団の中で、ユウトは天井を見つめていた。
(……変な村だな)
怖いはずだった。
知らない場所で、知らない人間に囲まれている。
なのに。
不思議と、安心している。
守られている。
そう感じてしまう。
――それが、何より異常だった。
目を閉じかけた、そのとき。
外の音が、消えた。
虫の声も。
風の音も。
遠くの足音も。
すべて。
完全な無音。
「……え?」
耳が壊れたのかと思った。
だが、心臓の音だけは聞こえる。
やけに大きく。
どくん。
どくん。
その鼓動に合わせて、窓の外が歪んだ。
家々が、わずかに揺れる。
影が、逆方向に伸びる。
時間が、止まっている。
――ユウトだけを残して。
動けるのは、自分だけだった。
布団から飛び起き、窓に駆け寄る。
村人が、道の途中で止まっている。
瞬きすらしない。
まるで、保存された映像だ。
「……なに、これ……」
次の瞬間。
誰かが、背後で囁いた。
『大丈夫だよ』
聞き覚えのない声。
なのに、ひどく懐かしい。
振り向いた瞬間――
世界が、元に戻った。
音が戻る。
風が吹く。
虫が鳴く。
村は、何事もなかったように動き出す。
ユウトは、膝から崩れ落ちた。
冷や汗が止まらない。
(……今の、何だったんだ)
翌朝。
誰に聞いても、誰も覚えていなかった。
昨日の夜の「停止」を。
最初から、存在しなかったみたいに。
その日から、ユウトは確信する。
――この村は、優しすぎる。
そして、何かを隠している。




