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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

その召喚、違法です

作者:



 視覚より先に、聴覚が戻った。


「成功だ!!」

「おお、なんと麗しい…」

「もうダメかと思ってた!!」


 鼓膜に届く音――言葉に意識を集中する。


(言語理解は問題ありませんわね)


 閉鎖空間なのか、ざわめきの様な言葉達には、若干の残響が含まれていた。


 暫くして視界を奪っていた『白』が消え去り、すっきりと見通せるようになる。

 やはり窓一つない空間のようだ。おかげで時刻がわからない。

 床も壁も石造りなせいで、空気はひんやりとしているが、じめじめした感じはないので地下と言う訳ではないようだ。

 石の表面は整えられていて、ちょっとした広間のようにも見える。


 其処に、かなりの人がひしめいていた。

 一様に魔法士の様なローブ姿で、フードを目深に被っているが、聞こえる声音は男性ばかりのように感じる。


 それにしても、どうして神官とか魔術師、魔法士とかって存在は、古今東西、示し合わせた様にローブ姿なのだろう。

 そんな答えの出ない疑問に脳の思考領域を割き始めたところで、ローブ軍団が背後から急かし始めた。

 仕方なく歩き出せば、白鎧の人物が先頭に立ち案内を買って出てくれる。


 それにしても謎は深まるばかりだ。

 服飾文化は何処であっても然程さほど変化はないが、王城や王宮を始めとした建造物は其々(それぞれ)の世界観や文化が反映されている場合が多いのは何故だろう? 案内人が居なければ迷子必至だったのは間違いない。


 まるで囚人の護送のように四方八方囲まれたまま辿り着いたのは、煌びやかさを強調した一室。

 奥には、これまた煌びやかな集団が、目が痛くなる程飾り立てられた椅子に腰を下ろしていた。


 所謂謁見とか言う奴だろう。


「召喚の義、御苦労。

 しその少女が今回の聖女か?」


 中央に座る白いモノが混じり始めた金髪が渋い壮年の男性の問いに、一団の先頭に立っていた騎士が『御意』と答える。

 どうやら少女そっちのけで話が進むらしい。


(まぁ良いでしょう。

 下手に絡まれない方が、此方こちらとしても助かりますし)


 当人のあずかり知らぬところで、恙無つつがなく顔合わせは終わったらしく、再び囚人護送の末送られた先は、普通の客間と言った感じの部屋。

 狭すぎず広すぎず、ベッドやドレッサー、机や椅子等必要な家具は最低限置かれている。


 騎士とローブ軍団が去った所で、入れ替わる様にメイド服の女性が現れた。

 見知らぬ他人に近くをちょろちょろされるのは気分の良いものではないし、何より仕事に支障が出る為、疲れているとか何とか言ってお引き取り願う。

 食事の事や着替えの事だけは伝える義務があったのか、蟀谷こめかみをヒクつかせながら言い捨てて、女性は去って行った。


 聖女と呼ばれた少女が扉を閉じ、ふぅと息を吐いた所で 何もなかった空間に亀裂が生じる。

 そこからぬるりと姿を現したのは、黒一色のワンピースの上に、フリルのついた白いエプロン、そして頭にはホワイトブリムと言う、紛う事なきメイドである。


「まだ結界も張っていないのに、危険よ?」


 聖女はフッと微かに口角だけを引き上げた。


「申し訳ございません」

「気を付けてね? 貴方に何かあったら、私、きっと泣いてしまうわ」

「お嬢様…勿体ないお言葉でございます」


 メイドはうやうやしく一礼してから室内を見回し、おもむろに窓へ近づいていく。


「お嬢様に相応しい部屋ではありませんね」

「ココット、まだ隠そうと言う気があるだけマシでしょう?」


 ココットと呼ばれたメイド少女が分厚いカーテンを引き開けると、窓には頑丈な鉄格子が填め込まれていた。


「名も確認してこないし、今度の予定も伝えてこない。

 それ以前に強引に拉致してきた聖女に対し、謝罪もなければ挨拶の一言さえなかったわ」


 ココットが頷く。


「この国の主神となっている管理神については、ノイロ様達が既に拘束を終えています」

「そう、主任は相変わらず仕事が早いわね」

「まぁ、神同士、誤魔化しも言い逃れも不可能ですから」


 話しながらも、ココットは平凡な客間を、少しでも居心地良くしようと、配置換えをしたりしている。

 それを見てくすりと微笑んだ聖女が口を開いた。


「この部屋はそのままで良いわ」


 そうして聖女が指を一振りすると、某猫型ロボット達の愛用品に似たドアが出現した。


「どの道、この部屋はセキュリティがなってないし、ゆっくり出来ないのだから、私達は何時もの部屋で休みましょう。

 そのドアなら、この世界の存在には見えないわ」

「はい。では先んじてベッドの御用意を済ませて参ります」


 ココットが先にポツンと不自然に現れたドアを開いて入って行く。

 それを見ながら聖女は呟いた。


「明日から忙しくなるわね…」









 翌朝、聖女がふかふかのベッドの上で目を覚ますと、既に控えていたココットがすかさずスリッパを用意する。

 昨晩聖女が出現させたドアの奥には、広く上品な部屋があった。

 部屋には他にもドアがあり、其処そこからは厨房等別の場所に通じているのだが、聖女の希望で何処どこであろうと基本室内は土足厳禁となっている。

 その為スリッパが準備されているのだ。


 聖女が部屋着に着替えている間に、ココットが幾つか報告してくれる。


「召喚に使用された魔具類は、まだ見つかっておりません。

 気配は分散していないように感じますので、王宮内の何処かにまとめて保管されていると思われます」

「そう、一箇所叩くだけで良いなら助かるわ。

 ところで…本来被害にあうはずだった少女の様子は?」


 問いかけた聖女自身もしっかり少女なのだが、もしかすると見た目が幼く見えるだけなのかもしれない。


「はい。

 召喚紋の事は夢か何かだと思ってくれたようです。

 今は平素と変わりなく、登校している頃かと」

「そう、それは良かったわ。

 今回はホント、間に合わないかと焦ったけど、恙無つつがなく選手交代出来ていたなら一安心ね。

 召喚被害者を減らす為にも、此処ここでの仕事もさっさと終わらせるわよ」


 聖女がグッと拳を握りしめた。


 空間境界のドアを開き、昨日案内された客間に戻る。

 少しすると扉がノックされ、昨日お引き取り願ったメイドがサービングワゴンを押して入ってくる。

 そして机に並べられたのは、硬そうな黒パンが一つと、水らしきモノが入ったカップ、それだけだ。

 『水らしき』とあえて付けたのは、誇りと言うかゴミが浮いたような泥水にしか見えない代物だったからである。


 思う所がない訳ではないが、メイドの一存でこんな嫌がらせが出来る訳でも無かろうと、後で丸っとどうにかするとして、さっさと追い出す。

 嫌な仕事をさせるのは申し訳ないと言えば、ムッとしながらも彼女はワゴンを押して去って行った。


「さて、予定も伝えられていないし、部屋に居ろとも言われてない。

 だったら精々時間を有効に使わせて貰いましょう。

 ココット」

「御傍に」


 王宮メイドを追い出した後、いつの間にかココットは後ろに控えていた。

 実に有能なメイドである。


「呪文や術式も探したいの。

 私は王宮内を探すから、神殿とか、外の施設の捜査をお願い出来る?」

「御意」


 フッと掻き消すように、ココットの気配が消失する。

 聖女も行動開始と行こう。






 人の気配のない通路を進むと回廊へ出た。

 色とりどりの花が咲き乱れていて、そこそこ美しいが、残念ながら品に乏しい。

 残念に思いながら、王宮内を歩いてマッピングしていく。

 中空に、他の誰からも見えないウィンドウを浮かべ、それに自動記録されていく地図を見ながら進むが、増改築を繰り返すとかしたのだろう。

 敵の侵入阻止他を目論んだにしては法則性がなく、酷く歪な構造が続く。

 言い換えるなら迷路と言ってもいい。

 迷宮と呼ぶ程複雑で広くはないが、聖女が歩く周辺に人が居ないのも頷ける。


 かなり歩いてわかったが、昨日案内された部屋は、王宮と続きの建物ではなく、どうやら離宮と呼ぶべきものだったようだ。

 こじんまりとした物ではなく、そこそこの広さがあったので、もしかすると元は後宮とかそういう目的の建物だったのかもしれない。

 尤も、現在は人がおらず、後宮は絶えて久しそうだ。


 木々の合間を縫うような細い小道を進むと、無駄に豪華絢爛な建物がデデンと目の前にそびえ立った。


 王宮内に通じる扉に手を掛ければ、あっさりと開いた。

 聖女召喚等という、大掛かりな儀式までして何かをしようと言うには、あまりに危機感が薄い。

 扉を警護する衛兵さえいないのだ。

 侵入者側から言わせて貰えばラッキーの一言に尽きる。


(召喚に使用された魔具類は王宮内で間違いないわ。魔力の残滓の糸が見えるし……これを辿って行けばすぐ見つかりそうね。

 術式も王宮内に保管されていれば苦労がなくて助かるんだけど……)


 とりあえず魔具類の捜索もしながら書庫……出来れば図書館程度の規模があれば尚良しだ。ついでに禁書庫もあれば嬉しい。


 世界を渡る為、世界を隔てる壁を超える術式と言うのは、かなり大きな秘術である場合が多い。

 と言うのも、通常の召喚術と言うのは、被召喚者と契約が成立して初めて成しえる事で、今回のように被召喚者の意思、都合等々、すべてひっくるめて無視した上での誘拐拉致となると、通常以上に大掛かりになるのが普通だ。


 そうして魔具保管庫を目指す道すがら、書庫や禁書庫を探していると……


「何者!!??……って、もしや聖女様!?」


 どうやら見つかってしまったらしい。

 まぁ見つかったら見つかったで構わなかったので、隠蔽も何もしないまま、ほっつき歩いていたのだ。

 そうすればこの世界の存在と会話が出来るし、それはそれで情報収集として有効なのだから無駄にはならない。


 ドタドタと樽のように肥え太った男性と騎士達がやって来たかと思ったら、そのまま何処かの部屋に連行された。

 一瞬牢にでもぶち込まれるのかと思ったが、そうではなかったようで、自室として案内された客間より、かなり豪華な一室に放り込まれた。


「聖女様、お部屋でお待ちいただきたかったです」

「待つよう、部屋から出ないよう等、言われておりません」


 肥え太った男性の言葉に、聖女は淡々と答える。


「な……さ、然様でしたか…では、今言いましたので、これよりは順守頂きたい」

「何故です? 私が貴方達の言う事に従わなければならない理由は?」

「は!?」

「昨日は有無を言わせずでしたし、私の与り知らぬところで話が進んでいたようですので、口を挟みませんでしたが、私はこの誘拐に納得しておりません」


 召喚を誘拐と言われるとは思っていなかったのか、騎士達も狼狽えたように口籠る。


「ゆ……!?」

「誘拐だなんて…そんな…」


 これ見よがしに溜息を吐いて見せれば、肥え太った……面倒なのでダルマと騎士達はビクリと震えた。


「私は貴方達の国の住人ではありません。

 この点について異論は?」

「な…ない……です」

「結構。

 で、召喚時に私は契約も何も持ちかけられておりません。

 普通召喚術と言うのは、双方納得の上で成り立つモノと理解していたのですが、この点は如何です?」

「それはっ!……………ぃぇ…相違ない…です」

「結構。

 通常、召喚者は被召喚者に対し、対価や報酬を示し、それが納得出来れば応じると言うのが基本のはず。

 ですので、『召喚術、召喚魔法』等と呼称しないで下さいまし、紛らわしい。

 貴方達が行ったのは『拉致もしくは誘拐』以外の何物でもございません」

「グ……」


 ダルマと騎士達は、押し黙ったまま拳を震わせる。

 悔しいが、言い返す言葉もないのだろうが、言い負かされたままでは沽券に関わるとでも思ったのか、とても苦々しい口調でダルマが言い放つ。


「と、兎に角、この後は講師から学んでください。

 聖女様の態度、言葉は目に余ります」


 ムッと口をへの字に引き結んだダルマに、聖女は更に大仰に溜息を吐いた。


「誘拐した事への謝罪も何もないだけでなく、此方こちらにダメ出しとか……ありえませんわ。

 まぁ良いでしょう。

 この世界の事を知る事は、私にとっても益になります」


 聖女の言葉にダルマ達はホッと胸を撫で下ろす。

 しかし言葉は続いた。


「ですが、不敬だなんだとはおっしゃらないで下さいね?

 私にとって貴方達は誘拐犯。

 唯の犯罪者集団でしかありませんの。

 貴方達も犯罪者にへりくだるなんて、ありえませんでしょう?」

「な!!??」

「ッ……」

「貴方達のこの世界……と言うのは暴論ですわね。

 ですが、この国の者達は、下から上まで、私にとって等しく犯罪者ですわ。

 努々(ゆめゆめ)お忘れなきよう、お願い致しますわね?」


 その後は、ぐうの音も出ないで固まっている彼等かれらをせっついて講師を呼んで貰った。


 時間の経つのは早く、気付けばもう夕暮れ時となっており、聖女は再び囚人護送の刑を喰らいながら、部屋へと戻された。

 自身の背後で扉が閉まったのを確認して、ドアへと近づく。

 中ではココットが既においしそうな夕食を準備してくれていた。


「お帰りなさいませ。

 お嬢様、本日はデザートを多めにご用意しております」

「まぁ♪ 嬉しいわ」

「昨日の今日で、お嬢様が大変お疲れだろうと、料理長が張り切ってくれました」

「そうなのね。後でお礼を言わなければならないわ」

「それには及びません。

 お嬢様が喜んで下さる事、それがお嬢様にお仕えする一同の喜びであり、願いでございます」


 深く頭を下げるココットに言葉が詰まる。


「……ぁ、りがとう…」



 大満足で夕食を終えれば、本日の報告をココットがしてくれる。


「城下にある大神殿で、召喚術の残滓を纏った錫杖を発見しました。

 如何しましょう?」

「そうね……先に其方そちらに手を出して、本丸の警戒が厳重になっても困るから、其れは後回しにしましょう」

かしこまりました」



 突然ピン♪と機械音が響き、透過率の高いウィンドウが出現する。

 すると高い声が響くと同時に、ウィンドウには文字が自動入力されて行った。

 ログの見返し機能も標準装備なのである。


【ヤッホー♪

 そっちの首尾はどう?】

「マリリンさん…相変わらずですね」

【へへっ

 こっちはちょっと停滞中で、暇なんだモン】

「あら、珍しい。

 今回も、ハニトラで王族を翻弄してから、召喚術の破壊をする予定と聞いています。

 そのパターン、マリリンさんの得意案件でしょう?」

【そうなんだけどさぁ……

 悪役令嬢ポジの子がすんごいイイ子なのよ!

 何とかその子とその家族くらいは国外に逃がしてあげたくて……】

「ふふ、なるほど」

【流石にこっちの国の王族達は悪行おいたが過ぎてるし、見逃せないから滅んでもらう予定なんだけど、彼女達は健気でさぁ】

「主任が頷くなら、好きに動けば良いでしょう」

「部長? あ~ね~もうアイツと話してるとイラってしちゃうから、モンローに頼んだのよねぇ」


 聖女がマリリンと呼んだ通話相手は、所謂同僚だ。

 違法な無断召喚の被害を減らし、その根本を叩き潰す。時には神殺しさえ厭わない集団。

 聖女もマリリンも其処に所属しているが、何方どちらも元は、そう言った違法な召喚術による被害者だった。

 最後には命まで奪われたところを、神の一柱であるノイメルスティーロに拾い上げられた。


 神々からしても、一部の管理神や人間達が、考えなしに世界の境界に手出しする事を良く思っていない。

 そして立ち上がったのがノイメルスティーロと言う神だ。

 彼は被害者達を拾い上げ、協力を請い、現在は聖女やマリリンの様な配下をかなり抱える一大組織となっている。

 そんな訳でノイメルスティーロは、確かに聖女やマリリン達からすると上司に当たる訳だが、別に『主任』でも『部長』でもない。

 ノイメルスティーロ本神が、何故か社畜等の日本企業文化にカブレているだけなのだ。



 脱線してしまったが……軌道修正をしよう。


 対抗組織が結成されても、それが追いつかない程、違法な召喚が横行しているのには訳がある。


 世界の隔たりを越える時、被召喚者にギフトが与えられる事がある。

 合法というか、きちんとした召喚の場合は、招く側の存在が授ける等する為、理由は明白なのだが、違法な場合、理由はよくわからないままに様々な能力が与えらてしまう。

 しかも、かなり強力な力が付与されるケースが多い。


 それ故一部のものぐさな神々は言うに及ばず、人間達もこぞって違法な召喚に手を染めたがるのだ。

 おかげで被害者は、増える一方となってしまっている。

 だからと言って野放しにする訳にはいかない。過去はどうしようもなくとも未来に被害者を出さない為に、違法召喚術そのものの破壊や封印の為に、ノイロ以下の全員が日夜奔走しているのだ。


【あ、モンローが戻って来た。

 またおしゃべりしよーね! おやすみ!】


 プッと音声が途絶える。

 近くに控えていたココットが、やれやれと言いたげな声音で呟いた。


「マリリン様もお変わりない様で……」

「ふふ。

 大目に見てあげて頂戴。

 彼女もストレスが溜まってるのでしょう。

 だって彼女が抱える案件、かなり時間が掛かっているでしょう?」

「そう、ですね。

 もう半年程は優に経つかと…。

 今回も此方こちらの案件の方が早く終わりそうです」

「仕方ないわ。

 彼女は優しすぎるのだもの…今回だってさっき話してた悪役令嬢ポジの方を何とか…なんて思ったからこそ、時間が掛かってしまっているのでしょうし」

「それは……はい」

「そうね、此方こちらが片付いてもまだ終わってないようだったら、私達も手伝いに向かっても良いかもしれないわ」

「はい、お嬢様」



 その後は講義と言う名の講師虐めを楽しみつつ、聖女やココット他が順調に違法召喚を密に暴き出していく。

 合間に聖女に手を伸ばしてくる王子や貴族令息を適当にあしらい、彼等かれらの婚約者令嬢達を華麗に躱す日々を送っていた。


 ちなみに王子は何かにつけ絡んでくるが、実はまだ王や王妃とはちゃんと対面は果たしていない。

 召喚時には謁見があったが、聖女そっちのけで終始していたので、対面したと言う感覚はない。

 彼方側としても、聖女が未だに不敬上等な姿勢を崩していないので、きちんと引き合わせるのに躊躇しているのだろうが、あのダルマ達はどうやって取り繕っているのだろう。

 他人事ながら、南無…とつい呟いていた。

 そのせいか、召喚の儀式を行った目的を聞き出せたのは、つい最近になってからなのだが、これまたテンプレな理由だった。


 『魔王を倒して欲しい』


 誘拐被害者を奴隷か何かと間違えているのか……。

 普通はそんな危険な事、報酬もなく報われる未来が見えないのに、誰が了承すると言うのだろう?


 だが、まぁ所謂『あるある』だから一旦置いておくとしよう。

 そう、問題はそれ以前だ。


 ―――魔王と言われる存在は、本当に害悪なのか?


 これに尽きる。

 人間の歴史をさかのぼれば、枚挙に暇がない程ドス黒いモノが見えてくる。

 捏造、誤認、他にも色々。

 はっきりしているのは、どんな美辞麗句を並べたとて、その裏にあるのは往々にして『欲望』だと言う事だ。


 何の手出しもしていないのに、『魔王サイド』が攻撃してくる…と言うのであれば、抵抗するのは当然だ。

 しかし先に手出ししたのが『人間サイド』だったら?


 本当に魔王側に非があるなら、打倒とまでは行かずともお灸を据えるくらいは吝かではない。

 しかし人間側の言い分だけで、そんな事がわかるはずもない。



 調べた。

 当然だ。微に入り細に入り調べ上げた。

 人間側がでっち上げ被害者を気取って、何らかの利益を得ている可能性がゼロでない以上、いい加減な調査は出来ない。


 そして分かった事で、聖女は忌々し気に顔を歪めた。

 ココットたちも沈痛な面持ちで、唇を噛みしめている。


 『魔王』等居なかった。

 いや、瘴気を撒き散らす存在と言うのは居た。

 だがそれは、違法に召喚された被害者……聖女達の成れの果ての姿だった。

 彼女達はこの国に、この国の者達に擦り切れるまで酷使され、挙句、抹消・殺害されていた。


 ある者は崖下に突き落とされて殺されていた。

 ある者は獣がうろつく森の奥に捨てられていた。

 ある者は慰み者にされ、扼殺されていた。

 他にも……。



 そんな彼女達の苦しみ、悲しみ、そして何より恨みが、この国と其処そこに生きる者達に厄災となって襲い掛かっていたのだ。


 許せない……心の奥から怒りがわいてくる。


 だから……最後の仕上げと行こうではないか。


 聖魔法(最初から習得も鍛錬も必要ないレベルだった)、旅をするにあたっての体力作り(これも最初から問題ない。何ならこの国の全軍纏めて相手をしても有り余る程だ)、その他全ての準備が出来たとして、旅立ちの朝を迎えた。


 今日になるまで、きちんとした対面をする事のなかった王族達も、雁首揃えて見送りに現れている。

 ついでに召喚の儀式に使われたらしい錫杖を所有する教皇も、しっかり呼んでもらっておいた。


 どっさりと縫い付けられた宝石で、重量が酷い事になっていそうな衣装を引き摺る王と王妃が並んでいる。

 その隣には好色な王子と、その婚約者である侯爵令嬢……は離れた場所に居て、王子の腕には娼婦の様な女性がぶら下がっている。

 まぁ婚約者の侯爵令嬢も、護衛らしき騎士といちゃついているので、どっちもどっちだろう。

 そんな彼等から一歩下がった所にダルマ(どうやら大臣だったらしい)と、件の錫杖を手にした、これまた金に糸目を付けなかった事が丸わかりな法衣を纏った教皇が立っていた。


 いやぁ、揃い踏みで結構結構…とほくそ笑んでいると、王が口を開いた。


「ふむ。

 マナーが覚束ないと聞いて居った故、言葉を交わす事は先延ばしにしておったが、特に問題はなさそうではないか。

 聖女よ、其方そなたはこの国の希望。

 存分にその力振るって欲しい」


 王妃はまだ眠いのか、欠伸を噛み殺しているので言葉はない。

 次に口を開いたのは王子だ。


「うん、しっかり頑張ってきておくれよ?

 君の働き如何では、僕が面倒を見てあげるからね」

「ちょっとぉ、聞き捨てならないんだけどぉ?

 王子妃になるのはあ・た・し!

 聞いてるぅ~?」

「あぁ、君の事もちゃんと覚えてるよ~、マイハニー♪」


 朝っぱらから気持ち悪い事この上ない。

 内心で毒づいていると、仏頂面を引っ提げたダルマは兎も角、教皇の方は何故かニコニコと近づいてきた。


「聖女様の武運を祈りましょう」


 そして少し身を屈め、耳元に口を寄せてきた。

 口臭がきつくて、キレそうになる。


「聖女よ、魔獣でも魔王でも何でもよい、大きな魔石が拾えれば、我に献上せよ。

 良いな?

 それに其方そなたはまだ幼そうだが、儂としては好みである。

 可愛がってやるから無事戻って来るが良い」


 ニヤついたセリフに、本気でブチ切れそうになった瞬間、王宮の方からドオオンと大きな爆音が響いた。

 その音を合図に、聖女は教皇の持っていて錫杖を蹴り上げ、手でキャッチすると、ポキンと半分に折り曲げる。


「ぬああ!!??」


 狼狽える教皇を後目に、トドメとばかりに錫杖についた宝玉を足で踏み潰した。


「へ……?」


 まさか少女の一踏みで粉々に砕ける等、想定外も甚だしかったのだろう。教皇は弾かれるように後ろへ仰け反り、そのまま尻もちをついた。


「き、貴様ッ!!」


 此処は流石と言って良いだろう。

 最初に我に返ったのは騎士団長らしき武人。

 とは言え、武人にしては身体のあちこちにお肉がたっぷりと溢れていて、とても鍛錬しているようには見えない。

 鎧はその体形に合わせて特注品だとわかるが、継ぎ目がしっかりと閉じられておらず、強度諸々不安しかない装備に身を包んでいた。


「聖女とは言え許し難い!!

 捉えよ!!」


 命じられた騎士達が剣を振り被って来るが、その動きの遅い事遅い事。

 それ以前に、仮にも王族の前で許可なく抜刀とか、許されるのだろうかと心配になるが、そんなどうでも良い事を考えながらも、聖女は難なく攻撃をかわし、剣もあっさりと弾き飛ばす。

 そして、地面にガランと落ちた剣は、またも足で粉砕していた。


「「「「「ヒッ!!!」」」」」


 そして指を一振り。

 途端にその場に居た全員が、光の縄でグルグル巻きにされて転がった。


「な!?」

「これは何ですの!!??」

「い、痛い、痛ーーーい!」

「くそ! はなせ!!!」


 聖女はにっこりといい笑顔で全員を見下ろす。

 そして中空で手を広げれば、何処からかわからないが、無駄に高価そうな紙が一枚落ちてきた。

 それを難なく受け止めて広げて読み上げる。


「クサイア国は違法な召喚術を行った為、衰亡の刑となります。

 クサイア国国境の封鎖後は、人も物も出入り出来ません。

 自らが行った非道を猛省しながら死に絶えて下さい。

 一切の罪科がない者に関しては、封鎖後であっても国境を超える事は可能ですので、ご安心ください。

 それと、クサイア国主神に祈った所で意味はありません。

 既に主神イリタボサ殿は、違法召喚に目を瞑っていた事で、捕縛されております」


 読み上げが一段落したのか、聖女が口をつぐんだ瞬間、王が怒鳴る。


「貴様ァ…聖女如き虫けらの分際で……。

 ええい、教皇! 次、他の聖女を召喚するのだ!!

 その聖女にこの虫けらを排除させろ!!」


 だが教皇の方は既に錫杖も折られ、粉々に粉砕されているせいか、力なくあーあーと唸っているだけだ。


「無駄ですよ。

 錫杖は勿論、召喚の儀式に使用される魔具類も、さっきの爆発でもう粉々ですもの。

 諦めたほうが宜しくてよ?」

「な…まさかさっきの音……」


 聖女の背後にメイド服の女性が現れ、深く頭を下げた。


「魔具の抹消・破壊完了しました。

 術式他の破棄も終わっております」

「そう、ありがとう。

 では戻りましょうか」


 くるりと背を向け、指を躍らせようとした刹那、ダルマが震える声で問いかけてきた。


「ぉ……お前は…何者だったんだ……」


 その問いに、聖女は振り返って邪気のない微笑みを浮かべる。


「何者って……其方そちらが聖女として拉致したのでしょう?」

「………」

「もう一度言いますね?

 貴方達が行ったのは『召喚』ではありません。

 被召喚者の意思、都合、感情、その他全てをおもんばかる事なく、一方的に攫ってきたにすぎません。

 ですので、貴方達は揃いも揃って犯罪者ですわ。


 そして何より……」


 聖女は笑みを消し去り、転がる人々を冷たく見下ろす。


「貴方達は、そうして無理やり連れ去ってきた聖女達に何をしましたか?

 忘れた、知らない……そんな事は言わせませんよ。

 ねぇ? 色欲爺様?」


 教皇を睨み据える。


「まぁとぼけるならどうぞ。

 ですが、どれほどとぼけても、嘘を重ねても、神の目は誤魔化せませんし、裁定が覆る事もありません」


 転がる人々は、口々に聖女を罵るが、民を助けてくれと叫ぶ貴族は居なかった。

 尤も、民達も詳しい事は知らなかったかもしれないが、過去、聖女達の犠牲に胡坐をかいていた事実は変えられない。

 一応罪科がなければ逃げ出せるのだから、本当に真っ当だと自負するなら逃げ出せばよいだけだ。


 聖女は再び笑う。


「では、御機嫌よう。

 もう二度とお会いする事はないでしょうが、せめて名で呼んで欲しかったですわ」


 名乗るほど馬鹿ではございませんが…と冷ややかな呟きを残して、聖女はメイドと共に空間の裂け目に消えて行った。


「少し時間はかかりましたけど、マリリンさんのお手伝いに行きましょう」

「はい、お嬢様」


 彼女達の仕事に、まだまだ終わりは見えない。









ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。


ブックマーク、評価、リアクションや感想等々、頂けましたら幸いです。とても励みになりますので、どうぞ宜しくお願い致します。


誤字脱字他諸々のミス、設定掌ぐる~等々が酷い作者で、本当に申し訳ございません。見つければちまちま修正加筆したりしてますが、その辺りは生暖かく許してやって頂ければ幸いです<(_ _)>

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