【第7話】「小さな火種」
深夜。
部屋は静まり返っていた。
時計の音も聞こえないほどの沈黙の中、
私はふと、呼吸の違和感で目を覚ました。
……なんだろう。
胸の奥がざらつくような、変な感じ。
息がしづらい。
目を開けても、すぐには何も見えなかった。
リビングの隅に置いたパソコンのモニターが、ぼんやりと空間を照らしている。
その淡い光の中――視界の片隅に、黒い影が見えた。
しづきのいる、パーテーションの向こう側。
カーテンの隙間から、チラチラと、赤い光が見えた気がした。
私は半分寝ぼけたまま、ソファーベッドから体を起こした。
……なんか変だ。
そう思いながらカーテンをめくった瞬間、
息を呑んだ。
仰向けで寝たままのしづき。
毛布を胸元までかぶっていて、その上――
お腹のあたりで、タバコがまだ彼女の指に挟まれていた。
そこから、じわじわと燃え広がる黒い痕。
毛布の上部は既に焼け落ち、
下の層が赤く、波打つように焦げていた。
小さな火種。
でも確実に、そこから“何か”が広がっているのが分かった。
「しづきッ!!」
私は叫んで、すぐに駆け寄った。
しづきは……動かない。
目も閉じたまま、口も開いていない。
生きてるのかさえ、わからないくらい静かだった。
「しづき!! 起きて!! 火事になる!!」
声をかけながら、タバコを指から無理やり引き抜いた。
手は思ったよりも冷たくて、力がまるで入っていなかった。
毛布の下に手を差し込むと、熱が手のひらに伝わってきた。
まだ燃えてはいない。でも、確実に焦げている。
私はキッチンに飛び込んで、水を含ませたタオルを絞る間も惜しんで持ってきた。
それで毛布の焦げた部分を叩いて、火種を潰す。
煙がもうもうと立ち込めて、
鼻の奥が焼けるように痛んだ。
――それでも、火は消えた。
部屋の中は、ほんのりと焦げ臭い空気と、
まだ起きないしづきと、
全身から汗が吹き出す私だけが、ぽつんと残されていた。
私は座り込んだまま、しづきの顔を見つめた。
起きてよ……。
お願いだから……。
震える手で、しづきの肩を揺らす。
「ねえ……生きてるんでしょ……?」
しづきの瞼が、ゆっくりと動いた。
「……ん」
息が出た。
生きてた……。
でも、私はもう確信していた。
これはただの“うっかり”なんかじゃない。
もう、とっくに普通じゃなかったんだ――。
次回は、毎日21時に更新予定です。
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