【第6話】「もう、“普通じゃない”のに」
しづきには、パーテーションで仕切った奥のスペースを使ってもらっている。
私はリビングのソファーベッドで寝ていて、
二人の生活は、なんとなく棲み分けられていた。
それは、仲が悪いわけでも、仲がいいわけでもない距離感。
必要以上に干渉せず、でも同じ屋根の下にいる。
見守る、というより、見失わないようにしている感じ。
しづきは、昼夜が逆転していた。
私が出勤する時間に寝て、帰ってくる頃に起きる。
目を覚ますと、パソコンの前に座っていて、
画面にはニュースか、誰かの配信か、よくわからない映像が延々と流れていた。
空き缶が少し増えていた。
灰皿の吸い殻も、前より短くなっていた。
吸ってはすぐに潰すような、落ち着きのない吸い方。
「今日は、何してたの?」
一度だけ、そう聞いたことがある。
「うーん……なんか見てた。疲れた」
返ってきたのは、言葉にならないような答えだった。
以前のしづきは、どんな話でも具体的だった。
会社での出来事も、電車で見た人の話も、ちゃんと筋が通っていた。
でも今は、なにを聞いても“なんとなく”でしか返ってこない。
私が洗濯をしている間も、
食事の支度をしている時も、
しづきはずっと、うつむいたまま煙草を吸っていた。
なんとなく怖くて、
私は吸っているところを見ないようにしていた。
その夜、ソファーベッドに横になって、
私は天井を見つめながら、ずっと同じことを考えていた。
“これ、本当にただの一時的なものなの?”
半年近くが過ぎて、
しづきは一度も「働きたい」と言わなかった。
病院にも行っていない。
回復に向けた努力をしているようにも、見えなかった。
でも、私は何も言えなかった。
責めたら、もっと壊れそうで。
口にしたら、距離ができてしまいそうで。
それでも、
“このままじゃダメだ”という感覚だけが、
日に日に強くなっていた。
そして、その夜――
何かが“変”だった。
次回は、毎日21時に更新予定です。
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