【第4話】「“一時的”は、いつ終わるのか」
「ひとまず、少し休ませてあげてください」
会社の人にそう言われて連れて帰ったはずだった。
数日、いや、一週間くらいだと思っていた。
姉はその間に落ち着きを取り戻して、
また働けるようになると、どこかで思い込んでいた。
でも、違った。
姉はそのまま、私の1LDKに居座った。
仕事にも戻らず、当然のように、何も決めずに、そこにいた。
「……お姉ちゃん、……他に行く所、ないの?」
と、一度だけ聞いたことがある。
両親は、数年前に亡くなっていた。
“帰る家”なんて、とっくになかったはずなのに――
私は、それでも一度、聞かずにはいられなかった。
けれど姉は、返事をしなかった。
厳密に言えば、返事ができなかったのかもしれない。
言葉の奥が、どこか壊れていた。
だから私は、黙ったまま姉を置いておいた。
別に、嫌じゃなかった。
働いて帰ってくると、部屋の電気がついていて、
音のない空間に人の気配があることが、少し安心でもあった。
ただ、姉はどんどん変わっていった。
最初は、ひたすら寝ていた。
時間の感覚が狂ったように、昼に寝て、夜に起きていた。
会話は少なかった。
食事も一緒にとらなかった。
私が作ったごはんも、たまに口をつけるだけ。
そのうち、部屋の隅に座ってパソコンをずっと眺めるようになった。
何をしているのか聞いても、「うーん」としか返ってこなかった。
それでも私は、“異常”だとは思わなかった。
仕事がつらくて、少し壊れて、回復の途中。
そういう人なんだと、思っていた。
しづきは、まだ“普通に戻る途中”だと。
でも、少しずつ気づき始めていた。
――姉は、本当に戻ってくるのか?
何もしないで1ヶ月が過ぎ、2ヶ月が過ぎた。
毎日パソコンの前にいて、
外にも出ず、誰とも話さず、
それでも“ここにいること”だけは当然のように続いていった。
“少し休ませてあげてください”と言われたあの日から、
もうすぐ半年が経とうとしていた。
好意で休業扱いだった姉は、会社を辞めさせられることになった。
『壊れた姉の見守り方』
第1話〜第5話まで、一挙公開しています。
以降は、毎日21時頃の更新予定です。
……たまに忘れるかもしれないので、やさしくツッコんでいただけたら嬉しいです☺️