【第37話】「小さな努力の、その先に」
「今月も、何とかなると思う」
姉からのメッセージには、そんな前向きな言葉が並んでいた。
前ほど長文ではないけれど、それがかえって“自分の言葉”のようで、私は少しだけ安心する。
定期的に届く近況報告。
はじめは毎週だった連絡が、月に一度の報告へと落ち着いたのは、姉自身が「頼らないように」と気をつけているからだと感じていた。
「今月はギリギリだけど、何とか返せそう」
「タバコの本数、少し減らせたよ」
「スーパーで半額シールを狙うのが得意になってきたかも」
そんな他愛ない文章のひとつひとつに、私は救われていた。
姉は今、自分の足で立とうとしている。
かつての、声色の変化も、奇行も、あの異常な日々も――遠ざかっている。
もちろん、心配がなくなったわけじゃない。
姉はまだ完全に安定したとは言えない。
けれどそれでも、私は“信じよう”と心に決めた。
私にできることは、もう“支える”じゃない。
“見守る”こと。
「野菜は冷凍すれば持つからね」
「卵は業務スーパーが安いよ」
「インスタント味噌汁でも栄養は取れるから」
そんな節約術や食の工夫を伝える日々が、
どこか昔の姉妹の会話みたいで、少しだけ懐かしかった。
──ただ、私の中には小さな違和感もあった。
「リボの完済予定、たしか今月だったよね……?」
姉の話では、今月で払い終わるはず。
そしたら、来月からは“私に借りた分”の返済が始まる予定だった。
けれど、何も触れられない。
その話題だけが、ぽっかりと抜け落ちていた。
聞けばいい、とは思う。
でも、怖かった。
「まだ返せない」と言われるのが怖いわけじゃない。
「実は返せてない」と打ち明けられるのも、怖い。
何より──
**“返すこと自体を忘れていたら”**、それが一番怖いのだ。
だから私は、今月も聞けなかった。
次の連絡を待つことにした。
もしかしたら、来月の報告で触れてくれるかもしれない。
あえて、今はその希望にすがりたかった。
もし、嘘だったとしても。
もし、また壊れかけていたとしても。
信じていたい。
私はもう、疑うことに疲れていた。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、
姉から届いた次のメッセージは、予想よりもずっと優しかった。
『遅れてごめんなさい。
ようやくリボ、完済できました。
これからは、あなたに借りた分を返していくね』
その一文に、私は……しばらく、泣いた。
頑張ってくれて、ありがとう。
返してくれる気持ちを、忘れずにいてくれて、ありがとう。
姉の声が聞こえたわけじゃない。
顔を見たわけでもない。
でも、その言葉だけで、
私は、救われた気がした。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
物語も、いよいよ次で最後の1話になります。
壊れていく姉と、見守るしかなかった妹。
逃げるでもなく、劇的に変わるでもなく――
それでも、どうにか形にしようとしてきた“日常”が、
読んでくださった皆さんの中に、小さな種として残ってくれたなら、それだけで十分です。
明日21時の更新がラスト1話、もう少しだけお付き合いください。




