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壊れた姉の見守り方  作者: 朝露 あじさ(Asatsuyu Ajisa)
第5章『それでも、生きていく』

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【第37話】「小さな努力の、その先に」

「今月も、何とかなると思う」


姉からのメッセージには、そんな前向きな言葉が並んでいた。

前ほど長文ではないけれど、それがかえって“自分の言葉”のようで、私は少しだけ安心する。


定期的に届く近況報告。

はじめは毎週だった連絡が、月に一度の報告へと落ち着いたのは、姉自身が「頼らないように」と気をつけているからだと感じていた。


「今月はギリギリだけど、何とか返せそう」

「タバコの本数、少し減らせたよ」

「スーパーで半額シールを狙うのが得意になってきたかも」


そんな他愛ない文章のひとつひとつに、私は救われていた。


姉は今、自分の足で立とうとしている。

かつての、声色の変化も、奇行も、あの異常な日々も――遠ざかっている。


もちろん、心配がなくなったわけじゃない。

姉はまだ完全に安定したとは言えない。

けれどそれでも、私は“信じよう”と心に決めた。


私にできることは、もう“支える”じゃない。

“見守る”こと。


「野菜は冷凍すれば持つからね」

「卵は業務スーパーが安いよ」

「インスタント味噌汁でも栄養は取れるから」


そんな節約術や食の工夫を伝える日々が、

どこか昔の姉妹の会話みたいで、少しだけ懐かしかった。


──ただ、私の中には小さな違和感もあった。


「リボの完済予定、たしか今月だったよね……?」


姉の話では、今月で払い終わるはず。

そしたら、来月からは“私に借りた分”の返済が始まる予定だった。


けれど、何も触れられない。

その話題だけが、ぽっかりと抜け落ちていた。


聞けばいい、とは思う。

でも、怖かった。


「まだ返せない」と言われるのが怖いわけじゃない。

「実は返せてない」と打ち明けられるのも、怖い。


何より──

**“返すこと自体を忘れていたら”**、それが一番怖いのだ。


だから私は、今月も聞けなかった。

次の連絡を待つことにした。

もしかしたら、来月の報告で触れてくれるかもしれない。

あえて、今はその希望にすがりたかった。


もし、嘘だったとしても。

もし、また壊れかけていたとしても。


信じていたい。


私はもう、疑うことに疲れていた。


そんな私の気持ちを知ってか知らずか、

姉から届いた次のメッセージは、予想よりもずっと優しかった。


『遅れてごめんなさい。

ようやくリボ、完済できました。

これからは、あなたに借りた分を返していくね』


その一文に、私は……しばらく、泣いた。


頑張ってくれて、ありがとう。

返してくれる気持ちを、忘れずにいてくれて、ありがとう。


姉の声が聞こえたわけじゃない。

顔を見たわけでもない。

でも、その言葉だけで、

私は、救われた気がした。

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。


物語も、いよいよ次で最後の1話になります。


壊れていく姉と、見守るしかなかった妹。

逃げるでもなく、劇的に変わるでもなく――

それでも、どうにか形にしようとしてきた“日常”が、

読んでくださった皆さんの中に、小さな種として残ってくれたなら、それだけで十分です。


明日21時の更新がラスト1話、もう少しだけお付き合いください。

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