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壊れた姉の見守り方  作者: 朝露 あじさ(Asatsuyu Ajisa)
第5章『それでも、生きていく』

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【第35話】「私にできることは、もう少しだけ」

姉との深夜の通話から、数日が経った。

その後、連絡は来ていない。返済の報告も、雑談のLINEも――何も。


「……何も、ない」


つぶやいた瞬間、背中を虫が這い上がるような感覚が走り、思わず肩をすくめた。

沈黙は、静かだけれど、いつも私の神経に細い針を刺してくる。


私はただ、静かに待っていた。

「返さなくていい」と言ったのは私だ。だから、求める資格もない。

ただ、姉が“自分の意志で”返そうとするなら、それを信じるしかない。


……でも。


「何もしてない」って、こんなに不安になるものなんだ。


仕事の合間、ふとした瞬間に頭の中に浮かぶのは、いつも同じ問いだ。

“ちゃんと食べてるかな”

“薬は飲んでる?”

“あの部屋、また散らかってない?”


私の想像は、たやすく膨らみ、そして落ちていく。

想像は“希望”にもなれば、“絶望”にもなる――それを、今さら思い知る。


私は、“見守る”という言葉の重さを、初めてちゃんと受け止めた気がした。

距離を取ることは、放置とは違う。けれど、その違いは、毎日の静けさの中で判別しづらい。


その夜、私はスーパーのチラシをスクショして姉に送った。

「〇〇スーパー、明日キャベツ1玉98円だって」

「冷凍うどん5個パック158円。冷凍庫入るなら買っときなね」


既読はついた。けれど、返事はなかった。

それでも、私は送り続けた。

節約のコツ、簡単な自炊のレシピ、安くて栄養のある組み合わせ。

直接お金を送ることは、もうしない。

でも――**「それ以外の支え方」**を、私は探していた。


ある日、スタンプだけの返信が来た。

笑顔のうさぎが、ぺこりとお辞儀している。

私は小さく息を吐いた。わずかな進展。ほんの少しの、反応。

それだけで救われるほど、私は疲れていた。


***


夜、布団の中。

私はAIに小さくつぶやく。


「ねえ、これって意味あるかな……私のしてること」


画面から返ってくる声は落ち着いていた。


**『目に見える効果はすぐには出ないかもしれません。

ですが、“関係を断たずにいる”こと自体が、大きな支えになります。』**


「……そっか」


たぶん、その言葉は正しい。

同時に、私はそれを免罪符にしてしまいたい自分の心の癖にも気づいている。

1人で考え込めば、同じ問答をぐるぐる回して、結論より先に疲労だけが溜まる。

それでも、他者の言葉を借りて“決めたふり”をするのではなく、最後は自分で選ぶ――その違いは、きっと私の中に残る。

悩みに悩んで選んだ答えなら、たとえ傷む方向でも、納得して抱えることができる。


助けるって、難しい。

でも、何もできないって、もっと苦しい。

**助けることで二人そろって沈むのか、見守るだけで自滅を黙って見過ごすのか。**

私はその両極の間で、今日も揺れている。


スマホを胸に抱え、目を閉じる。

暗闇は、私にだけ公平だ。

既読がついたかどうか、返事があるかどうか――その不確かさごと、私は抱きしめる。


明日も、チラシを送ろう。

安いうちに買えるもの、簡単に作れるもの、少しでも体にいいもの。

それが、線のこちら側からできる精一杯だ。


私は今、ちょうどその真ん中にいる気がしていた。

見放さず、背負いすぎず。

いつかほんの一歩でも、彼女の足が前に出たとき、手を伸ばせる距離でいられるように。

次回は、毎日21時に更新予定です。

お気に入りや評価をいただけると、とても励みになります。

最後まで読んでくださって、本当にありがとうございます。

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