【第33話】「妹としてじゃなく、人として」
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
この物語もいよいよ最終章に入りました。
どこか壊れてしまった姉と、それを見守る妹。
ふたりが選んだ“結末”を、最後まで見届けていただけたら嬉しいです。
あたたかく、そして少しだけ覚悟をもって──
どうぞ、ラストまでお付き合いください。
朝の光が、カーテンの隙間から差し込んでいた。
回る洗濯機の音と、冷めかけたコーヒーの香り。
目の前のスマホ画面には、既読がつかないままのメッセージが浮かんでいた。
『また少しだけ、お金を貸してもらえないかな?』
姉からのLINE。
もう何度目になるのだろう。
思わず、画面を伏せる。
危機感のない催促――そう言ってしまうのは酷だろうか。けれど、このまま同じ流れを飲み込み続けたら、どこまでも続いてしまう予感があった。
もし、表情のやわらぎとか、買い物の選び方が変わったとか、そんな小さなことでも“変化”が見えたなら、希望に手が届く気がする。だが現実は、足りない分を安易に「借りる」ことで埋めようとする日々だった。
返事をするのが嫌なわけじゃない。ただ、援助のたびに未来が暗く曇る。
私が差し出す手は、いまの姉にとって“浮き輪”なのか、それとも二人まとめて引きずり込む“泥”なのか。
援助を重ねれば、私も姉も奈落へ――そんな映像が、頭の中で勝手に再生されてしまう。
けれど今回、私はまだ返信をしていなかった。
送らなければいけない言葉は、ずっと頭の中で形になっている。
それなのに、それを文字にする指だけが動かない。
「これ以上、援助を続けたら……」
私は呟くように、テーブルの向こうにあるスマートスピーカーへ話しかけた。
「姉ちゃんは助かるかもしれない。でも私は……もう無理かも」
静かな間のあと、AIの声が部屋に響く。
**『限界の線を超えてしまうと、支える人も共倒れします。
一度、線を引くことをおすすめします。
“支援をやめる”のではなく、“自律を促すための距離”です』**
私は小さく頷いた。AIは続ける。
**『必要であれば、以下の対応を提案します:
・今後の金銭支援は一旦停止する
・その理由は、リボ完済が最優先であると伝える
・自分への返済は、リボ返済完了後で構わないと明言する
・その上で、日常の支出管理・節約術・買い物同行など、金銭以外の支援は希望があれば検討する』**
その言葉に、心の表面がすっと静まっていく。
“線を引いてもいい”――その許可を、ずっと誰かに出してほしかったのかもしれない。
やらなければ、という義務感。やってしまえば、いっそう沈むという直感。
助けたい気持ちは消えない。でも、助け方を変える時期に来ている。
「距離」は冷たさじゃない。溺れないために必要な、水際の印だ。
私は深く息を吸い、スマホのキーボードに指を乗せた。
打つべき文は、もう決まっている。
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> 「姉ちゃん、今回の援助はごめん。
> もう、こちらからお金を出すのは止めようと思う。
> まずは、今抱えているリボ払いの返済を優先してほしい。
> それが終わるまでは、私への返済はしなくていいから。
>
> お金のこと以外で、手伝えることがあれば言ってね。
> スーパーの特売日とか、節約の仕方なら、力になれると思うから」
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送信ボタンを押した指先が、少しだけ震えていた。
大好き。
本当は、そう言いたかった。
でもそれを言葉にするには、私の中の何かが、まだ許してくれない。
たぶん、いまの姉にも届かない。だから、今日は言わない。
私はマグカップを持ち上げ、ぬるくなったコーヒーを一口だけ飲む。
洗濯機の回転音が、遠くで川みたいに流れている。
境界線は、引いた。ここから先は、揺れながらでも守る。
妹としての気持ちは、まだ整理がついていない。
けれど今だけは、人として――
**自分の限界を守ることを、選んだ。**
次回は、毎日21時に更新予定です。
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最後まで読んでくださって、本当にありがとうございます。




