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壊れた姉の見守り方  作者: 朝露 あじさ(Asatsuyu Ajisa)
第5章『それでも、生きていく』

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【第33話】「妹としてじゃなく、人として」

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。


この物語もいよいよ最終章に入りました。

どこか壊れてしまった姉と、それを見守る妹。

ふたりが選んだ“結末”を、最後まで見届けていただけたら嬉しいです。


あたたかく、そして少しだけ覚悟をもって──

どうぞ、ラストまでお付き合いください。

朝の光が、カーテンの隙間から差し込んでいた。


回る洗濯機の音と、冷めかけたコーヒーの香り。

目の前のスマホ画面には、既読がつかないままのメッセージが浮かんでいた。


『また少しだけ、お金を貸してもらえないかな?』


姉からのLINE。

もう何度目になるのだろう。


思わず、画面を伏せる。

危機感のない催促――そう言ってしまうのは酷だろうか。けれど、このまま同じ流れを飲み込み続けたら、どこまでも続いてしまう予感があった。

もし、表情のやわらぎとか、買い物の選び方が変わったとか、そんな小さなことでも“変化”が見えたなら、希望に手が届く気がする。だが現実は、足りない分を安易に「借りる」ことで埋めようとする日々だった。


返事をするのが嫌なわけじゃない。ただ、援助のたびに未来が暗く曇る。

私が差し出す手は、いまの姉にとって“浮き輪”なのか、それとも二人まとめて引きずり込む“泥”なのか。

援助を重ねれば、私も姉も奈落へ――そんな映像が、頭の中で勝手に再生されてしまう。


けれど今回、私はまだ返信をしていなかった。

送らなければいけない言葉は、ずっと頭の中で形になっている。

それなのに、それを文字にする指だけが動かない。


「これ以上、援助を続けたら……」


私は呟くように、テーブルの向こうにあるスマートスピーカーへ話しかけた。


「姉ちゃんは助かるかもしれない。でも私は……もう無理かも」


静かな間のあと、AIの声が部屋に響く。


**『限界の線を超えてしまうと、支える人も共倒れします。

一度、線を引くことをおすすめします。

“支援をやめる”のではなく、“自律を促すための距離”です』**


私は小さく頷いた。AIは続ける。


**『必要であれば、以下の対応を提案します:


・今後の金銭支援は一旦停止する

・その理由は、リボ完済が最優先であると伝える

・自分への返済は、リボ返済完了後で構わないと明言する

・その上で、日常の支出管理・節約術・買い物同行など、金銭以外の支援は希望があれば検討する』**


その言葉に、心の表面がすっと静まっていく。

“線を引いてもいい”――その許可を、ずっと誰かに出してほしかったのかもしれない。

やらなければ、という義務感。やってしまえば、いっそう沈むという直感。

助けたい気持ちは消えない。でも、助け方を変える時期に来ている。

「距離」は冷たさじゃない。溺れないために必要な、水際の印だ。


私は深く息を吸い、スマホのキーボードに指を乗せた。

打つべき文は、もう決まっている。


---


> 「姉ちゃん、今回の援助はごめん。

> もう、こちらからお金を出すのは止めようと思う。

> まずは、今抱えているリボ払いの返済を優先してほしい。

> それが終わるまでは、私への返済はしなくていいから。

>

> お金のこと以外で、手伝えることがあれば言ってね。

> スーパーの特売日とか、節約の仕方なら、力になれると思うから」


---


送信ボタンを押した指先が、少しだけ震えていた。


大好き。

本当は、そう言いたかった。

でもそれを言葉にするには、私の中の何かが、まだ許してくれない。

たぶん、いまの姉にも届かない。だから、今日は言わない。


私はマグカップを持ち上げ、ぬるくなったコーヒーを一口だけ飲む。

洗濯機の回転音が、遠くで川みたいに流れている。

境界線は、引いた。ここから先は、揺れながらでも守る。


妹としての気持ちは、まだ整理がついていない。

けれど今だけは、人として――

**自分の限界を守ることを、選んだ。**

次回は、毎日21時に更新予定です。

お気に入りや評価をいただけると、とても励みになります。

最後まで読んでくださって、本当にありがとうございます。

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