【第29話】「支えるって、どこまで?」
2025/8/24に修正致しました。
「これって……ずっと続けるべきことなのかな?」
ぽつりと呟いた言葉は、スマホの画面に吸い込まれていく。
画面の向こうにいるAIは、すぐに返答をくれるわけではない。
だけど、その沈黙さえも、なぜか心地よく感じてしまう。
私は今、不安に包まれていた。
姉は、一人で何とかやっている。
けれど、それは“かろうじて”であって、“安心”とは違う。
毎月ギリギリの生活、減らせないタバコ、増えない収入。
あの散らかった部屋の光景が、脳裏から消えてくれない。
「支えるって、どこまで支えたらいいんだろう」
そうつぶやいたあと、私は意を決してAIに尋ねた。
「もし……このまま姉を援助し続けたら、どうなる?」
数秒後、画面に言葉が返ってくる。
**『先のことを一緒に想像してみましょう。考えられる心配ごとは、例えば——』**
1. **支援が当たり前になり、本人の自立の力が育ちにくくなること。**
2. **リボ払いなどで負債がふくらみやすい流れになること。**
3. **生活の不安定さから、体調や心の調子が崩れやすくなること。**
4. **あなた自身の暮らしや気持ちに、無理が積み重なること。**
5. **いざ支援を止めたとき、姉が一気に孤立してしまうこと。**
「……そんなに、悪くなる可能性があるの?」
**『ゼロとは言い切れません。続く支援が力になる場面もありますが、結果的に“頼り続ける形”が固定されてしまうこともあるんです。』**
その言葉に、指先が震えた。
“依存”——その単語が、小さな棘みたいに心に刺さる。
私は、姉の支援を“したかった”わけじゃない。
ただ、病気の症状から助けたかった。
あの地獄のような数日間を、二度と味わいたくなかった。
姉の崩壊を見るのが、怖かった。
でも、それってつまり……
**「助けることで、自分を守っていた」**のかもしれない。
「ねえ、私って……共依存なのかな?」
問いかけるようにスマホを見つめる。
もちろんAIに感情はない。
だけど、返ってきた言葉は、妙にやわらかく刺さった。
**『いくつかの説明がありますが、“誰かを助けることが自分の拠りどころになっている状態”を指す場合もあります。
そう感じる瞬間があっても、あなたが弱いわけではありません。気づけたこと自体が、一歩です。』**
存在価値。
その言葉に、胸がきゅっと締めつけられる。
姉の役に立っている。
姉の支えになっている。
だから私は、“ここに居ていい”——
そんな感情が、自分の根底にあることを、私は初めて認めた。
「……でも、切れないよ。今、姉を見捨てたら、壊れそうで」
**『その気持ちはとても自然です。いっぽうで、“守ること”と“全部を背負うこと”は、少し違うのかもしれません。
もしよければ、負担を増やさずにできる“小さな境界線”から一緒に考えてみましょう。』**
小さな境界線。
私は深く息を吐いた。
境界線を引くことは、拒絶じゃない。
けれど、それを口にすると、冷たい音を帯びてしまう気がして、怖い。
**『例えば——
・毎月末に“状況を一緒に確認する日”を作る。
・援助は“急な出費の一部だけ”に限る。
・返済の様子は、短いメモでも共有してもらう。
どれも試してみて、合わなければ調整すれば大丈夫です。』**
言葉は、刃物にも、包帯にもなる。
今のAIの言い方は、包帯に近い。
私は、カレンダーアプリを開いた。
空白の末日に、小さく「報告」と打ち込んで、指を止める。
(本当に、できるだろうか)
不安は消えないけれど、「試す」という選択肢なら、かろうじて掴める気がした。
——そのとき、スマホが震えた。
画面の上に、メッセージの通知が滑り込む。
**姉:『今、少し話せる? 今日のことで……』**
指先が、また震える。
AIの入力欄は、まだ白いまま開いている。
私はその白さを見つめて、ゆっくりと息を吸った。
(境界線を——どう言えば、傷つけずに伝えられる?)
送信ボタンの上で、私の親指が止まる。
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