表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
壊れた姉の見守り方  作者: 朝露 あじさ(Asatsuyu Ajisa)
第4章『そして、私の日常が壊れた』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/39

【第26話】「それは静かに崩れていく」

連絡は、突然だった。


「今月、閑散期で急にシフトが減ってしまって…。ちょっと生活が苦しくて……。少しだけ、お金を貸してもらえないかな?」


スマホの画面に並ぶ姉の言葉を、私はしばらく読めなかった。


一人暮らしを始めてから数ヶ月。

以前と比べて明らかに落ち着いてきた姉。

面会のたびに見えていた独り言も、声色も、もう感じられなくなっていた。


私も少しずつ、姉の“安定”を信じ始めていた矢先のことだった。


――また、あのときと同じ?


不安が喉の奥で重くなる。けれど、同時に思い直す。

今回の原因は「仕事の閑散期」で、精神的な悪化とは違うかもしれない。


姉の職場は軽作業で、業界的にも季節によって収入の差が出やすいと聞いていた。

それに、姉はきちんと報告してきた。

何より、あの姉が“人に頭を下げて助けを求めている”のだ。


「……わかった。少しだけなら、振り込むね」


それだけ返して、私はATMへ向かった。


振り込みを終えたあと、不意に思った。

――食費とか、どうしてるんだろう。


収入が減ったなら、食事だって厳しくなる。

せめて、お米だけでも届けておこう。そうすれば、しばらくは何とかなるはずだ。


そうして週末。

私は10キロの米袋を車に積み込み、姉のアパートへ向かった。


チャイムの音に、姉が小さく返事をして玄関を開ける。

ドア越しに見えたのは、以前と変わらぬ表情だった。


「ありがとう、助かるよ……」


口調はゆっくりで、でもしっかりと意味を持っている。

心配していた“声色の変化”もなかった。

警察署に保護されたあの日の姉とは、別人のようだった。


玄関先で手渡そうとしたが、「重たいでしょ。中まで運んで」と姉が言った。

私は気軽に頷き、靴を脱いで上がる。

だが――一歩、踏み出した瞬間に思考が止まった。


玄関の床が、見えない。

紙袋、コンビニの弁当殻、古い雑誌、ペットボトル……

あらゆるものが折り重なり、足場を埋め尽くしていた。


「……え、ちょっと……これ……」


声を出した自分が驚いた。

言葉を止めようと思ったのに、反射的に出てしまった。


「片付けられないのよね〜」

姉は照れくさそうに笑って言う。

その様子に悪びれた感じはなく、どこかのんきにすら見えた。


私は無言のまま、手に持ったお米をキッチンへ。

足元を注意深くよけながら、慎重に進む。

キッチンもまた、使い終わった器や食品トレーが積み重なり、調理スペースなど無いに等しい。


――生活してるんだよね?

これで……ちゃんと生活してるってことなの?


混乱する思考を押し込みながら、お米を置き、振り返る。

姉は申し訳なさそうに頭をかきながら、「ガソリン代、ちょっとだけだけど」と小さな封筒を手渡してくれた。


その瞬間、私は動けなくなった。


こんな環境に住んでいるのに、

散らかった部屋のことよりも、

私に交通費を気遣ってくれる――そんな姉の姿。


「……うん。ありがとうね」

精一杯の笑顔を作って受け取った。


その帰り道。

私は不思議な違和感を胸に抱えていた。


散らかった部屋。

使われていないキッチン。

それでも、姉は外見上は安定していた。

病気の症状は落ち着いていると、医師も言っていた。


――じゃあ、これは病気のせいなの?

――それとも、ただの“だらしなさ”なの?


この部屋をどう受け止めていいかわからず、頭の中が整理できなかった。

ただひとつだけ、はっきりしているのは――


**私は、また“何かを見なかったことにしようとしている”**。


そう気づいた瞬間、心がきゅっと痛んだ。

次回は、毎日21時に更新予定です。

お気に入りや評価をいただけると、とても励みになります。

最後まで読んでくださって、本当にありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ