【第18話】「2度目の着信」
部屋に着いたのは、深夜だった。
しづきは、自分の部屋代わりのスペースにすぐ潜り込んだ。
まるで“疲れた”という言葉そのもののように、ぐったりと。
私はその背中を見つめながら、
リビングのソファーベッドに腰を下ろした。
手には、しづきの車の鍵。
これがあれば、彼女はどこへも行けない。
少なくとも、遠くには行けないはず。
目を離さないようにしなきゃ。
また、あんなことになったら困る。
明日は病院にも付き添う。
だから――今夜は眠らずに、朝を迎えようと思っていた。
だけど。
時計の針は0時を過ぎ、1時を過ぎ、2時を回っても、
しづきの寝息は静かなままだった。
私の方が、限界だった。
ソファーに座ったまま、意識が薄れていく。
気づけば、あっという間に眠りに落ちていた。
はっと目を開けたとき――
部屋の中には、誰もいなかった。
「……え?」
全身の神経が一気に覚醒する。
鼓動がうるさく鳴っている。
まず飛び込んだのは、しづきのスペース。
カーテンをめくると、布団の中は空だった。
「いない……!」
靴箱を開ける。
しづきの靴が、なかった。
手元にあるはずの車の鍵を見ようと、
ポケットに手を入れた。
……ない。
あんなにしっかりと握っていたのに、
眠った拍子に、いつの間にか落としてしまった?
慌ててリビングの床を見渡すと、ソファーベッドの下に落ちていた。
「鍵はある……じゃあ、どうやって……」
混乱しながらも、私はとっさに思い浮かべた。
近所のコンビニ。
昨日も立ち寄った、徒歩5分の場所。
そこになら……もしかしたら。
私は財布もスマホも持たず、スリッパのまま外へ飛び出した。
空は白み始めていて、時計は朝の7時45分を指していた。
通勤の車が何台も走っていたが、歩道を歩く人はほとんどいなかった。
気温はそれなりにあったはずなのに、
背筋がぞわぞわと冷えている。
全身から冷や汗が噴き出していた。
コンビニの自動ドアをくぐりながら、
息を整える暇もなく、夜勤明けらしき女性店員に声をかけた。
「あのっ、変なこと聞きますけど……
私の顔に似た人、来ませんでしたか?」
店員は、一瞬目を丸くしたあと、
少し訝しげに首を横に振った。
「いえ……今日は見てないですね」
「……ありがとうございます」
落胆と不安が、いっぺんに押し寄せてきて、
膝が抜けそうになる。
とぼとぼと外に出た瞬間――
ポケットのスマホが震えた。
液晶画面には、昨日と同じ文字が浮かんでいた。
【○○警察署】
……
頭から血の気が引いていく。
寒くもないのに、腕に鳥肌が立った。
また――
また、何かが起きたんだ。
震える指で画面をタップする。
耳に当てたスマホの向こうから、警察官の淡々とした声が響いた。
「お姉さんを、保護させていただきました。
〇〇スーパーの正面入り口前で、独り言をぶつぶつと呟いていたと、通報がありまして……」
「えっ……、〇〇スーパーですか?」
「ええ。
それで昨日と同じ、〇〇警察署にてお預かりしております。
ご本人の様子から、今回もお迎えをお願いしたいのですが……」
私はその場で膝をつきそうになりながら、
電話を握りしめていた。
「……はい、行きます」
その返事をしたあと、コンビニの自動ドアがまた開いた。
後ろから来た誰かが、無言で店に入っていく。
その冷たい風が、私の素肌を撫でていった。
ああ――
また、始まるのかもしれない。
今度こそ、本当に。
“壊れていく”って、こういうことなんだろうか。
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