序章「見守るという名の地獄」
「ギャアああぉぇ゛ァッッ!!」
その声で、目が覚めた。
夢かと思った。でも、違う。
壁越しのバスルームから、現実とは思えない音が響いている。
心臓が跳ねて、全身が強張る。
喉が乾くほどの緊張が一気に押し寄せる。
「……しづき?」
声をかける。返事はない。
その瞬間――
「GAhhhhhhッッ!!ぎゃっぶぅああっ、あっ、あっ!!」
もうダメだ。
これは尋常じゃない。叫びじゃない。奇声。
どこかで聞いたことがある、“人間じゃない何か”の声。
私は恐る恐る、バスルームのドアに手をかける。
扉越しに、水の音と、息を詰まらせるような呻きが混ざっている。
「ギャィャィャィャーーーア゛ア゛ア゛ーーー!!」
鼓膜が軋む。
手が震える。
けど、放っておけるわけがなかった。
意を決して、ドアを開ける。
――そこにいたのは、
全裸でシャワーを浴びながら、膝を抱えた姉だった。
目はどこも見ていない。
精神が壊れた様に、また奇声を上げ続ける。
「は゛ぁ゛ぁッ!!やッやッ…っぅうぅぇええええぇぇ!!」
私は叫ぶ。
「お姉ちゃん!やめてってば!お姉ちゃん、お願い、静かにして!」
水音も、私の声も、何ひとつ届かない。
ひとりきりで、異界に沈んでいく姉を見て――
私は、何かが切れた。
恐怖でも、怒りでもない。
それは、“これ以上無理”という、限界の音だった。
私は、姉の頭を――
平手で叩いた。
「……ッ」
…静かになった。
俯いたままの姉は、シャワーのお湯が流れる足元を見ているかの様だ。
……そこにいたのは、かつての“しづき”じゃなかった。
___
それが、私の“見守り”の始まりだった。
『壊れた姉の見守り方』
第1話〜第5話まで、一挙公開しています。
以降は、毎日21時頃の更新予定です。
……たまに忘れるかもしれないので、やさしくツッコんでいただけたら嬉しいです☺️