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第3話:このルート、壊れてない!?王子の無反応とふたりの秘密

プロテア王子との交流が始まって、早くも数日が経った。

学園の鐘の音が、朝の光の中を清らかに響き渡る。


私――ローズ・クオーツは、乙女ゲーム『星月夜の冠』のゲームヒロインとして転生した。

全ルートの攻略情報というチート知識を上手く活用して、最推しであるプロテア王子のルートに真っ先に挑んでいたのだが……


物語の序盤で発生する初期イベントは、記憶通りに順調そのものだった。

初登校日に偶然、廊下でぶつかって、プロテア王子に優雅にハンカチを拾ってもらうという乙女ゲームの定番イベント。

そして、休日に図書室で偶然、同じ本に手を伸ばすという、テンプレート通りの接近イベント。

どれもこれも、私の頭の中に完璧に刻まれた攻略手順と寸分違わず、目の前で再現されていく。


それでも――


「……ああ。ありがとう」


プロテア王子の口から発せられる言葉は、いつも決まってこの一言だった。

そこには私が知っている完璧な王子様らしい柔らかい微笑みはない。彼の深い蒼の瞳は私と視線を合わせることもなく、たまに目を見つめられても、まるでただのクラスメイトを見ているかのように見えない壁がたしかに存在した。


違う、これじゃない。私がゲームで知っていたプロテア王子は、もっと表情豊かで、優しさを含んだ微笑みを見せてくれるはずだった。声をかければ少しだけ照れたように笑い、イベントを重ねるたびに、甘えるように私の名前を呼んでくれるはずであるのに。


しかし、目の前のプロテア王子は、私のどんな行動にも微動だにしない。まるで好感度システムというものが欠落しているかのようで、私は焦燥感に駆られた。


「やっぱり……このルート、壊れてるよね……?」


私は思わず、机に突っ伏して小声でつぶやいた。

周囲の令嬢たちは、プロテア王子や他の攻略対象である令息達の一挙手一投足に夢中で、私の小さな呟きなど気に留めていない。彼女たちの瞳には、輝く憧憬と熱狂が満ちていて、やけにむず痒くなる不快感をもたらした。


念のため、他の攻略対象のルートも確認してみる。


例えば、生真面目で心優しい幼馴染キャラ、青年騎士ドラバイト。

落ち着いた茶色の髪と瞳を持つ隠れマッチョの美青年だ。彼に話しかけると、ちゃんと温かい反応を返してくれるし、好感度も緩やかながら着実に上がっていくのが目に見えるように分かった。


小悪魔キャラの公爵家令息、デンファーレ様。

彼には少し振り回されている自分が居る気がする。それでも、ゲームで発生したイベントは着実に進んでいると確認できた。あと、相変わらず、ドラバイトとの相性は良くないようでイベント以外でも取り成すことも多々ある。



他にも、熱血キャラの騎士団長子息、パイロープ様や、毒舌インテリキャラの宰相子息、アメトリン様などでもゲームと同様の手順で好感度上昇イベントが発生していることは確認できている。アメトリン様の場合は口調が強いので少しわかりにくいけれど。



「……うん。やっぱり、プロテア王子だけおかしい」


私の心には、拭いきれない疑問が募っていく。

私が戸惑っているのは、プロテア王子の反応が薄いことだけではない。


原作なら、そろそろ本格的に登場し、ヒロインの恋路を邪魔し始めるはずの悪役令嬢スフェーン。

そのスフェーンには様々な表情を見せるのだ。私には貼り付けた微笑みだけであるのに。


ズルい。

どうしてスフェーンは、私の王子様とそんな風に会話できるの?

どうして私じゃ、駄目なの?


(……おかしいよ。これは、私のルートだったはずなのに)


プロテア王子の視線も、優しい声も、あの端整な微笑みも――

全部、ゲームヒロインである私に向けられるべきものであるのに。

それなのに。


「プロて……」


声をかけようとして、飲み込んだ。

ほんの数メートル先、プロテア王子を独り占めしている悪役令嬢、スフェーンの横顔。

彼女が浮かべる微笑みは、見たこともないほど柔らかくて、深くて――

私の出る幕なんて、最初からなかったんだと、思い知らされた。



私はゲーム世界の光を浴びるはずのヒロインではなく、ただの傍観者だった。

そうは思いたくなかった。

ただのすれ違いだとか、ランダムイベントの影響だとか。


兎に角、私は何度も自分に言い聞かせてきた。

ゲームとは少し違う異世界なのかも知れないと。

ここはリアルで、プロテア王子もまた人間であるのだ、と。


それでも、私は自分の心にまでは嘘を付けなかった。


「どうしてスフェーンなの」


こんなにも努力して台本通りに動いている私には何も起こらずに、好き勝手生きているスフェーンにだけは全てが与えられるだなんて。納得がいかない。

プロテア王子が向ける微笑みを一身に受けるのは私でなくてはならない。

それがこの世界の正しい結末なのだから。


「ねぇ、だれか……だれか、おしえて」


――私って本当にヒロインだよね?


昼休み、私は中庭のベンチにただ一人で座ってランチボックスを開いた。

鮮やかな見栄え。食欲を湧き起こすいい香り。

学園専属の料理人がこの世界の高級食材がふんだんに使って作り上げた絶品料理だ。

それなのに、何を食べても塩味が悔しいくらいに強かった。



「……やきもち、なんて、くだらないよね」


そう言い聞かせれど、胸の奥がズキリと痛む。

嫉妬など子どもじみた感情だ。みっともない。

でも、それでも


――どうして、こんなに苦しいの?



プロテア王子がスフェーンに視線を向けるだけで、

スフェーンがプロテア王子に微笑むだけで、

心が千切れそうになる。


私の為の世界のはずだ。

それなのに、惨めな気持ちに陥っていることがあまりに不本意だ。



「全部スフェーンのせいだ、そうよ、全部スフェーンのせいだわ」



考えなしに自然と紡いだ言葉であった。

私の心の奥底から湧き上がった純粋な邪悪。

喉を通って、ふたたび、耳から私のなかにもどってきた途端、何かが音を立てながら崩れ去った。

悔しさ。怒り。そして、憎しみが堰を切ってあふれ出る。


止まらない。

止めようとしても、止まってくれなかった。

一度言葉になってしまった思いは、形を作り上げ、呪いのように私の思考に纏わりつく。


この世界の主人公である私が置き去りにされて、あの女は今も堂々と光を浴びながら中心に立っている。

そんな結末はだれも望んでいやしないのに。

私の輝かしいルートを壊したのはあの女だ。

あの女さえ居なければ、私は、私は――



「ねぇ、この結末が正しいだなんて言わないで」



遠くに見える噴水は今日も幻想的な光を乱反射する魔法の水をノンストップで吐き出し続けていた。

中庭の中央に設置されていることもあってか、噴水の周りは人が多い。どの人影も遠くから観ている分には同じに見えた。

御高覧頂き誠に有難う御座いました。

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