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第1話:転生したらゲームヒロインでした。

「知らない、天井だわ」


 目が覚めた瞬間、私は見慣れない天井を見上げていた。正確には、どこかで見たことがある……気がする。しかし、現実ではない。そんな不思議な感覚を伴う天井であった。純白のレースのカーテン越しに差し込む柔らかな陽光は、部屋全体を淡い光で満たし、西洋絵画の中に迷い込んだかのような幻想的な雰囲気を醸し出している。


肌に触れるシーツの感触は、これまでに経験したことがないほど上質でなめらかだ。ヒンヤリとした心地よい()()()で全身を優しく包み込む。どこか異国の贅沢さを感じさせる手触りであった。ヨーロッパ風と形容するしかなく、私は自分の感覚と現実性のズレに少し可笑しく思えた。


右手を着いてゆっくりと体を起こした私は周囲を見回す。真っ白な壁には豪華な装飾が施された額縁や美しい絵画が等間隔に掛けられている。優雅な曲線を描く木製の家具はどれも綺麗に磨かれツヤが出ている。完璧なまでに整えられた配置は、生活感を微塵も感じさせず、むしろ美術館の展示品のように思えた。


――ここは、一体どこなのだろう?


次の瞬間、私の脳裏に鮮烈な記憶がフラッシュバックし、すべてを理解してしまった。

この光景、この部屋。私が夢中になっていたあの乙女ゲームの背景そのものだ。

しかも、これはゲームの序盤、ヒロインが物語の始まりに目覚める保健室だ!


心臓が大きく跳ね、息が止まる。頭痛が酷い。

待って、待って、ちょっと待って! 現実に脳の処理が追いつかない。


たしか私は、バイトの帰り道に横断歩道を渡っていて……それから、大きな銀色の塊が高速で走ってきた。目の前に迫り来るヘッドライト。アスファルト越しにゴムが摩耗する音が響く。アレはまさかトラック!?


いわゆる異世界転生の典型的なパターン。

記憶を蘇らせつつ、ベタな展開に対して心の中でツッコミを入れてしまう。


しかし、この信じがたい状況は紛れもない現実なのだ。

私は死んだ。そして今、こうして生きている。ならば、これは――転生、としか考えられない。

本当に? 転生なんて、ネット小説の中だけの話だと思っていたのに……。


私は震える手を見つめた。

すらりと伸びた指は細く、まるで透き通るような陶器のような肌をしている。肌はとてもきめ細かく繊細で、浮き出た手首の骨が以前の私とは明らかに異なることを実感させられる。


全身を映せる鏡を探し、ベッドを降りる。

部屋の片隅に、アンティーク調の大きな姿見が置かれていた。恐る恐る鏡を覗き込む。


不安げな表情を見せるのは、色の髪に、薄い紫色の瞳を宿した美少女――まさしく、私が愛した乙女ゲーム『星月夜の冠を』のヒロイン、ローズ・クオーツその人だった。


「…………転生、しちゃったんだ……」


喉を震わせ声に出した。途端に聞こえる玉を転がすような声。妙な現実感が伴い、身体の奥底から込み上げる感情に震えた。


「……私」


少しシワのよった赤色の制服を整えながら考える。

生前、このゲームにどれだけの時間と情熱を注ぎ込んできたのか。


全て、だ。


この世界を誰よりも私が知っている。

シナリオは全てのルート分岐から、登場するキャラクター全てのエンディングまで完全に網羅済みだ。登場人物たちの詳細な背景設定、隠された秘密、好感度の変動条件、そして物語を左右する会話選択肢の効果まで、その全てが私の頭の中に完璧にインプットされている。おまけに、美しいイベントCGが出現する条件すら、細部にわたって記憶している自信がある。


そして、今、それが現実として使えるのだ。


つまり――


「これは、チート、だよね……」


声に出すと、少しだけ気恥ずかしさを感じた。だが、これは紛れもない事実だ。

私はこの世界で最も効率的に最高のルートを生きていけるのだから。


私はヒロイン。

しかも、乙女ゲームの主人公だ。

物語の中では、由緒ある貴族の娘として生まれ、類稀なる魔法の才能に恵まれた、特別な少女。

これから始まるのは、学園での青春の三年間。そして、個性豊かな攻略対象たちとの運命的な出会い。

華麗な貴族たちが集う舞踏会、背後に潜む危険な陰謀と裏切り、そして、その中でゆっくりと芽生えていく淡い恋の物語が、私を待っている。


――やるしかないじゃないの、これは!


私は窓の外に目を向けた。華美な装飾が施された窓枠と磨き上げられた窓ガラス。その先にはどこまでも澄み渡る青空と、手入れの行き届いた広大な庭園が広がっていた。色彩豊かな花々が咲き乱れ、風に揺れる木々の葉が優しく私を祝福していた。


この人生、今度こそは全力で、心ゆくまで楽しんでみせる。


かつて私が抱えていた失恋の痛みも、心の奥底に沈んでいた孤独も手放して。

現実の重みに押しつぶされそうになる感覚も、もう二度と背負う必要はない。

これは、私に与えられた私の為の物語なのだから。



その時、控えめにドアがノックされた。


「ローズ、目が覚めたかい」


ドア越しに聞こえる凛とした男性の声。記憶を辿ると、この世界でヒロインを支える心優しい幼馴染キャラ、青年騎士ドラバイトの声と完全に一致した。


「は、はい。えっと……」


なんと答えようか考えながら、私は深く息を吸い込んだ。胸いっぱいに吸い込んだ空気は、新鮮で、少しだけ甘い香りがした。


――よし。始めよう。私の為の世界での新しい人生を。


チート能力もある。

ゲームの記憶も完璧だ。


ヒロインの立ち回りだって覚えている。

あとは、私の推しである王子様を攻略するだけ。



あの頃の私は――そう信じていた。


御高覧頂き誠に有難う御座いました。

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