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二人の女伯爵




不思議な砂漠と鎖された街で交互に目覚めること、数十回。

私は、その度に殺され、目覚めを繰り返した。


「もう、やだ~。」


今、相手にしてるのは皮膚のないゾンビだ。

腐った皮膚が崩れ、みっともなく僅かに残りが張り付いている。

それ以外は、真っ赤な肉が露わになっていた。


「■■■■■■■■ァ…。」


「ああ、もう!

 きッ…しょいッ!!」


暴力が楽しいなどと考えていた余裕もなくなった。

今は、ただ退屈な作業に忙殺されているだけだ。


けれどゾンビの群れを切り抜けるのも上達して来た。

私は、錨を振り回して何人か片付けると逃げ出した。

例え一瞬でも囲まれたら終わりだ。


(良ーし、良し良し。

 今回は、随分と上手く立ち回った。)


分かって来たのは、この街には何かの病気が流行っているらしい。

犬も人間もその病気のせいで皮膚がエグいことになっている。

だから街が封鎖されてるんだ。


「ああ…っ。

 早くしないと集まって来ちゃうよ~。」


敵から離れると私は、急いで注射器に輸血液を移す。


乳母が持たせてくれた茶色の小瓶。

その中には、血が入っていて注射すると傷を治してくれる。

打つと物凄い勢いで傷が塞がり、何もなかったように回復した。


絶対、身体に良くない。

しかし打つと物凄く気持ち良くなってしまう。

その上、傷が塞がり、身体が軽くなるのだ。


”フィンチ療養所”


逃げながら私は、その看板のかかった建物に逃げ込んだ。

そこは、外から入り込む者を阻害するように要塞化されていたからだ。


例のヘルペスゾンビや犬たちが門の前で大勢死んでいる。

バリケードや堀を越え、私は鉄柵の門まで駆け寄った。


「すいませーん!

 誰か見てるんでしょー!?

 開けて下さいー!!」


私が叫ぶと空から返事が返って来た。

早くしないとゾンビが追いついてくる!


「……狩人のようだが…。

 ……どこの誰だ?」


声がする方に顔を向ける。

療養所の2階、露台バルコニー鉄砲ライフルを構えた人がいる。


変人だ。

頭にナースキャップを乗せ、ガスマスクを被っている。

しかもそのガスマスクには、鳥のくちばしが付いていた。


どうやら看護師らしい。

少し手摺から下がると構えていた鉄砲を降ろした。


「……名乗れッ!」


酒焼けした割れ鐘みたいな女の声が響いた。

彼女は、私の返事がないのでもう一度、誰何すいかする。


「最低限の礼儀だろう?

 どこの狩人か知らないが無礼な奴さね。」


事情が飲み込めて来ない私は、マヌケな返事をした。


狩人ハンター…?

 狩人っていうのは、さっきの昇降機エレベーターで降りて来た人たちのこと?」


と私は、訊ねた。


すると相手は、私を不審に思ったのだろう。

実際、かなり不審行動だ。


すぐ看護師は、鉄砲を構え直した。

警戒しながら誰何すいかを繰り返す。


「あんた、頭がおかしいのかい?

 名乗りな。」


「ナーシャ!

 アナスタシアって言います!!」


撃たれたくない一心で私が大声で叫ぶと彼女は、首を傾げる。

やや納得がいかないようだが鉄砲を再び降ろした。


「……どこの狩人か聞いてるんですけどね。

 まあ、ここまで来れたのなら馬鹿じゃあるまいさ。」


ここまで?

じゃあ、かなりの馬鹿がここまでに死んでるって訳だ。

ちっとも状況は、分らないけど一歩前進だ。


「狩りの役に立つなら助ける道理さ!

 ちょっと待ちな。

 おかしなことするんじゃないよ。」


私は、溜息をく。

看護師が仲間に何やら話しているのが聞こえた。

この感じだと無事、通して貰えるらしい。


まず私が入って来た入り口が独りでに閉まる。

機械か何かで操作したんだろう。

ゾンビたちは、そこで塞き止められた。


「開けなッ!!」


やがて私の前にある鉄柵の門が開き、その奥の分厚い鉄扉も開く。

二重の門は、私を迎え入れる恰好になった。


開いた扉の向こう、療養所の中にも鳥マスクの看護師たちが並んでいる。


皆、手には鉄砲とノコギリを持っていた。

ノコギリは、不潔に血に塗れ、凄惨な使用法を物語っていた。

それに刃が分厚く、木を切るために使う物ではないことは間違いない。


「来たまえ。」


若い男の声がした。

扉の向こうで立っていた看護師の一人が手招きする。


彼のマスクは、ヘラサギの細長い嘴を着けていた。

なんだかマヌケな感じがする。

でも他の人と違う形のマスクを着けてる人は、どうやら偉い人っぽい。


(ここまで来て殺されるって事はないよね。)


私は、二つの門を潜って療養所に入る。

すると素早く背後で二つの門が閉じられた。




「………ここは、どこの何か分るかね?」


若い男の看護師が私にいった。


「鳥のコスプレ同好会のパーティ会場。」


私が答えると別の鳥マスクが返事した。


宿礼院ホスピタルのフィンチ療養所だ。

 本来であれば他の狩人を招き入れることなどないが。

 騎士団オーダーの命令だからね。」


「ホスピタルぅ?

 オーダー?」


私は、ちっとも訳が分からなかった。

しかし看護師たちは、勝手に納得しているらしい。


「…かなり頭がおかしいようだが…。」

「狩人も不足しているからな。」

「しかしこれでは…。」

「別にウチの看護師ナースになる訳じゃないから。」

「これでも狩人なら看護師は、命令に従わなきゃならない訳?」

「騎士格に従者エクスワイア格は、従う規則だからな。」


どうも私は、頭のおかしい人認定されているようだ。

だったら説明してくれればいいのに。


「あの、ここは…?

 私は、何をどうすればいいんでしょう?」


私が看護師たちに声をかけると一人が振り返って答えてくれた。


「好きに過ごしてくれたまえ。

 ここは、避難所みたいなモノだからね。」


私は、もう一つ質問をする。


「…外の人たちって病気ですよね?

 ここで治療しないんですか?

 りょーよーじょなんでしょ?」


また変なことを聞いたかな。

少し変な間があって看護師が答える。


「あれは、もう人じゃない。

 獣だよ。

 獣を狩るのが狩人の務めじゃないか。」


私が呼び止めた看護師は、向き直って私に説く。


「獣は、人間性を喪失している。

 彼らは、人間と認められないのさ。


 彼らの病気が感染するとかしないとか。

 既に隔離されていて外の人間を襲う危険がないとか。

 色々、詰まらんことを聞く新入りが多いがね。


 そんなことは、関係ない。

 獣は、元に戻りはしないからね。


 ああ、戻す方法があるとかいうのも止めてくれ給え。

 下らんことで時間を潰すだけだよ。

 それまでに獣が人を襲う危険を考えるんだな。


 とにかく狩人は、ただ獣を狩ればいい。

 正義は、君たち狩人と共にあるのだから。」


凄い事言ってないか、コイツ?

しかしあの昇降機で街に降ろされた連中───狩人。

この街の病人を殺すために連れて来られたって訳だ。


いや()()じゃなく、もう()ってことになるんだ。

イカレてる。


私が考え込んでいると看護師は、手を振って別れる。


「…済まないが仕事があるのでね。

 貴殿がまた正気で戻って来ることを祈るよ。

 主は、それを望んでおられる。」


「主は、それを望んでおられる。」


別れ際に聖句を返して私は、看護師と別れた。


ん?

聖句ってなんだ?


なんだか咄嗟に口から出たけど。

聖句なんてこれまで聞いたこともない。


武器の扱いにしろ、そうだ。

私は、今まで知らない知識や技術を知らぬ間に覚えている。


まあ、夢だし。

そういうことで私は、納得することにした。




窓の外には、病人がウヨウヨしている。

この療養所は、鎖された街の孤立した避難所だ。


看護師たちが鉄砲を担いで巡回している。

時々、外の連中が───獣が療養所に近づくと発砲していた。


「うえ…。」


療養所内は、不潔に汚れ、血と埃だらけだった。

あらゆる場所が不衛生で不吉な死の残り香を漂わせていた。


悍ましい出来事が起こったことを思わせるベッド。

どす黒い血が一面に飛び散っている。

その隣にある赤黒い包帯の山、血塗れの手術道具。


壁に着いた血の手形。

床に撒き散らされた薬品の殻や汚物。

剥き出しの鉄棒で作られた患者の身体を拘束する器具。


そういった病院にあってもおかしくない物───もし、あったら異常だが。

それらに混じって銃弾が巨万ごまんと木箱に詰まっている。

これに比べれば汚れた医療器具は、まだ説明がつく。


そして患者と思しい何者にもすれ違わない。

これも病院らしくないことだ。


「ねえ。」


ふと誰かが私を呼び止めた。


振り返るといつの間にか二人の女の子が並んで立っている。

本当にさっきまで誰もいなかったと確信をもって言えるのだけど。


「貴方、狩人なの?」


10歳ぐらいの子供だった。

しかし例のように不気味な武器と鉄砲を握っている。


子供と武器。

あまり歓迎できない取り合わせだ。


しかしどうやら子供でも列記とした獣の狩人らしい。

すっかり私に先輩風を吹かせてくださる。


わたしは、ヴァリッミニ伯。

 アストリッド・アヴ・アスカリアーリオ。」


わたくしは、ガンドノヴァ伯。

 クラウディア・フォン・ヴェットミュンデと言いますわ。

 クローディアとお呼びになって結構。」


「え…!?」


(きっと10回自己紹介されても覚えられない名前ね…。)


二人は、独特のイントネーションの古ヴィン語を操った。

厭味ったらしく巻き舌を使う古風な発音だ。


聞き取るのも厄介だが彼女たちの言ったことは、何も覚えていない。

たぶん二人の名前なんだろうけど、どこから名前なのかも分からない。


「わ、私は、ナーシャ。」


「庶民の狩人ね。」


そう言ってアストリッドと名乗った女の子が嫌味たっぷりに微笑んだ。

カチンとくるガキだ。


「ふふっ。

 狩人が許されるのは、せめて新興富裕層ブルジョアまでよ。」


「え…?」


困惑する私を見上げながらアストリッドは、嘲笑う。

私を生れついての人生の負け犬と決めつけている。


「労働者階級が名誉ある獣の狩人に伍するなんて。

 ゾッとするわ。」


殴るぞ、このガキ。

私は、眉を吊り上げた。


アストリッドは、典雅な語調で滔々と演説を続けた。


「そもそも狩人の騎士団(シャサール・オーダー)は、貴族のもの!

 騎士として列に加わる資格は、貴い血に連なる家門に産まれなければ。

 其は、たっとき旧家の務めならん。


 勇敢だわ。

 でも、愚かなことよ。

 庶民が狩人の作り事(まねごと)など。

 下賤な血で恐ろしい獣に勝てるはずがない。


 ああ、でも!

 しかし総長グランドマスターは、お許しになった!!


 …光栄に思う事ね。

 始祖たるアルスの血を僅かに受けただけで尊い御業を継ぐことができるのよ。

 我らの素晴らしき、狩人の騎士団(オーダー)で!」


舞台役者になったつもりか。

アストリッドは、両手を広げ、ポーズを決めている。


私は、唖然とした。


私が黙っていると今度は、クローディアが話し始める。


「恐縮することはありませんわ、ナーシャ。

 貴方のような初々しい狩人に手本を示すべくわたくしたちは、馳せ参じたのです。」


といって私の右手を両手で優しく取った。

まるで大人が子供を励ますように。


「さあ、ともに参りましょう!

 そして狩人が何たるかをお見せしますわ。」


といって優しくクローディアは、私に微笑む。


良く分からないがこいつらは、初心者に親切にして良い気になっているクソガキらしい。

きっと貴族の義務とかなんとかを気取っているんだ。


二人が貴族のは、事実らしい。

まあ、そういうのがいそうな世界に見える。

彼女たちの発音は、上流階級の社会で身に着けられるものだ。


「つまり私に狩人のわざを教えてくれるんですね?」


怒りに引き攣る顔を抑えて私は、訊ねる。

すると二人は、喜悦満面で応じた。


「勿論!」


「ふふふ…!

 さあ、参りましょう!!」


二人は、遊びに誘うような気軽さで療養所を出た。

死と獣に満ち満ちた外に。




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