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追い詰められて




ティリーが私を連れて来たのは、蒼天院セルリアン基地キャンプだった。

全員が灰青(グレイッシュブルー)の狩り装束を着ている。


禁足の森を抜けるとだだっ広い平地が現れた。

キングストンの郊外らしいが建物は、近くに見当たらない。

もとは、農地だったのだろう。


深い霧があたりに立ち込め、街を囲む丸木の壁が薄っすらと遠景に見えるだけだ。


「帰還報告!」


敬礼したティリーが声を張り上げた。


「少尉殿、その狩人は?」


糞虫スカラベの狩人、ナーシャです。

 戦意を失って禁足の森で隠れているところを見つけました。」


ティリーを見て基地の狩人たちが小走りで集まって来る。

どうやら彼女が最上位階級者らしい。


中尉ジェロイが死んで今は、少尉ティリーが一番偉い訳か。

 …じゃあ、ここにいるのは一個中隊か。)


「中尉は、戦死なされました。

 皆さんは、アーンスローに帰ってください。」


ティリーが静かに告げると蒼天院の狩人たちは、お互いの顔を見合わせた。

皆、不安が的中したという顔をしている。

敵に囲まれ、上官が帰らぬ人となり、ヨチヨチ歩きの新兵にとって大事件ビッグトラブルだ。


どよめき立つ部下たちを前にティリーは、言った。


「聞きなさい!

 すでに夜が深くなり、獣も強く、我々の手に負える状況ではありません。

 このまま中隊が全滅しては、連隊戦力にヒビを入れます。

 この狩りの経験をあなたたちは、次の狩りに繋げてください。」


「ま、待ってください!」

「我々だけおめおめと逃げ帰れませんッ!」

「しょ、少尉殿は!?」

「そ、そんな…。」


青褪めた新人狩人たちがティリーに向かって抗議の声を張り上げた。


(まるで戦争映画みたいなことをやってるな。

 演劇でもしてるつもりかよ。)


はたで見ていて私は、小馬鹿にした笑いが沸き上がって来た。

だが連中は、心からこういう会話をしてるらしい。


(逃げて帰りたくなきゃ自分一人でも残ればいいだろ。

 お手て繋いで仲良しこよしかよ。)


騒ぐ部下たちにティリーは、再び声を張り上げる。


「私は、大尉を仕留めなければなりません!」


(そいつが中隊長って訳だな。)


どうやら会話から察するに隊長が血に狂って行方不明らしい。

だから交代で数名の小集団を作って捜索してた訳だ。


ところがこいつら禁足の森より獣が多い場所には、探しに行けない。

ずっと近所をグルグル回ってたらしい。


「自分たちもお供させてください、少尉!」

「大尉を俺たちの手で…!」

「そうです!!」


涙が出てくる。


狩人が騎士団オーダーに入る物語ストーリーは、陳腐で代わり映えしない。

龍心院ドラクール吸血鬼ドラキュラのように血筋と共に受け継ぐ役目でない場合、何らかの怪異と出会い、生き残ることで血に袚魔の威力が認められ、月の都にす狩りの王、ヘルレ・ハーンによって騎士団に招かれる―――私もそうだ


普通の人間が仕掛け武器や水銀弾を使っても効果はない。

怪異たる獣を退ける威力は、狩人の血によって生まれる。

だが蒼天院の狩人は、この威力を発揮するギリギリ最低限の血質しかない。


だからこいつらは、撃っても殴っても入るダメージは、最低限ミニマムだ。


故に蒼天院は、戦闘技術で血質の弱さを補おうとした。

アリスやヘリックのように卓越した射撃技術、専門知識を持つ狩人が所属する。

だがそれらを身に着けるには、幾度か狩りを経る必要があった。


「馬鹿じゃないの?」


流石に見てられない。

我慢できなくなった私は、横から口を挟んだ。


「勇気、努力、根性でどうにかなる問題じゃない。

 軍人ごっこしてるけど戦場に出た経験があるの?」


返答はない。

私は、頭の茹で上がった連中に更に言ってやった。


「私は、獣も人間も殺したことがある。

 こんな獣の遠吠えも聞こえない端っこで震えてるぐらいならさっさと逃げな。」


すると連中も一斉に反撃してきた。


「女!

 お前とて逃亡してきたのであろう!!」


「そうだ、笑わせおるわ!

 われわれの軍人魂を甘く見るなッ!!」


「腰抜けめ!

 貴様のようなものの言葉など信用できぬ!!」


「じゃあ、お前ら全員で、その大尉を名誉ある戦死にしてやれば。」


私は、そう言って馬鹿な連中を突き放した。

こうまでいう連中は、勝手にすればいい。


「ところでこの中隊は、もともと何人?」


顔を真っ赤にして喚き散らす兵卒プライベート狩人を無視して私は、ティリーに質問した。


「……213人居ました。」


「今、ここにいるのが全員?」


「はい。」


「獣が来るよ。」


獣がここに近づいてくるのを感じる。

人数がかなり減ったことで脅威レベルが下がったと見做されたのだ。

今、ここに猛スピードで向かってくる奴は、もうこいつらを恐れていない。


「■■■■■ォォォッ!!」


これまたデカい獣が姿を現した。

そいつは、蒼天院の狩人たちを跳ね飛ばし、猛然と疾走して来る。


「うぎゃあ!?」

「うわ、なんだ!?」

「うげえ!」


巨体に似合わぬ俊敏な動き。

小石みたいに蒼天院の狩人たちが跳ね飛ばされていく。

この巨大な黒い塊は、いったいなんだ?


速度をゆるめず走り続ける獣の姿が私には、次第に見えて来た。

デカい四頭立て四輪馬車(コーチ)だ。

馬車の中に獣が入っている。


(馬車を防具代わりに使ってるのか。)


馬車には、無数の鉄棒、ガス灯、鉄柵、尖った細長い瓦落多ガラクタが突き立ててある。

この尖った障害物が接敵する狩人から身を守っている。

そいつが高速で走り続けている限り正体不明の真っ黒な塊に見えた。


「撃てェ!」


蒼天院の狩人たちは、各々が獣狩りの銃で応戦する。

数十人が続けて撃ち込んでいるにも関わらず、梨のつぶてだ。

恐らく木板か銅板で補強していて水銀弾は、獣まで貫通していない。


「ふ、はははっ!」


「いけるぞっ!

 走り回ってるだけで、こんな獣は、たいしたことない!!」


一人の蒼天院の狩人が明るい表情で叫んだ。

仲間たちも拳を振り上げ、彼に続けとばかりに小銃ライフルを振り回している。


だが私の目には、獣がダメージを受けている感じはない。


(馬鹿かこいつら!

 何言ってる。

 獣にダメージなんか通ってないぞ。)


状況は、何一つ良くなっていない。

強いて言うならこいつらが獣の突進から逃げるのが上手くなったぐらいか。


「どこを狙って撃ってる!!

 そもそも相手をちゃんと見てるのか!?」


私は、蒼天院の狩人たちに向かって怒鳴った。


でも連中は、聞きやしない。

相変わらず無駄撃ちを繰り返している。


(水銀弾や魔法は、ほぼ効果がない。

 なんとか接敵するしかないが……。)


ここで見ていても仕方ない。

私は、獣に思い切って接近することにした。


(…馬車のいたる所を補強してる…。

 爆発(アンカー)を投げ込んだら絡まって引きずり回されるな。

 獅子咲を使うか?)


私は、そんなことを考えながら馬車と並走する。

まず、こいつを攻略する足掛かりはないか探す。


「な、なんで飛び出したッ!?」


「き、貴様っ!

 そんなところを走るな!!」


「銃が撃てん!

 私たちの邪魔をするつもりか、このバカ者!!」


蒼天院の狩人たちは、口々に私に文句をつける。

それに留まらず自棄やけを起こして私が並走するのもお構いなくブッ放し始めた。


(まだ分からないのか。

 お前らがあと1万発撃ってもこいつには、届きゃしない。

 こいつは、水銀弾で自分がやられないことを分かって襲撃してきた。)


かくいう私も攻め手を見つけられずにいる。

この獣は、完全に動く要塞だ。


一方で獣は、蒼天院の狩人たちを追い詰め始めた。

徐々に一ヶ所に集まる馬鹿どもに突進して跳ね飛ばす。

獣と並走する私の顔に血飛沫が掛かった。


(アクセルや”人間砲台”エクトルみたいに大砲を持って来れば良かった。)


―――()()()()

何を考えてるんだ、私は。

私は、()()()()()()()()()()()じゃないか。


私は、そのことを思い出した。

大砲を背中から引っ掴むと馬車の獣に狙いをつける。


ボン!!!


発射の瞬間、脳ミソが吹っ飛ぶかと思った。

これまでに経験したことのない衝撃だ。

爆音と閃光が私を一瞬でろうした。


重砲用の水銀砲弾は、馬車の獣の装甲を破砕した。

猛スピードで走り続けていた獣は、その速度のまま横転する。

けたたましい音を立てて馬車は、崩壊した。


「■■■■ォォ■■■!

 ■■■■ァァァ……!!」


潰れた馬車の中で獣が苦しんでいた。

どろどろと黒っぽい血が瓦礫から噴水のように吹き出し、血溜まりを作った。


「なんて、やつだ…!」


蒼天院の狩人たちは、唖然としていた。

私は、気分が良かった。


だが勝利の余韻に浸っている場合ではない。

まだまだ獣がここに集まって来るのを感じる。

狩人の血の臭いを嗅ぎつけて獣がここに殺到している。


馬車の獣を倒しはした。

しかし蒼天院の狩人たちもかなり死んでいる。

ここぞとばかりに獣たちは、彼らを一掃するつもりだろう。


「気配が集まって来てる。

 ここから逃げるぞ!」


私は、ティリーに怒鳴った。

だが彼女は、逃げようとしない。

仲間を見捨てていくことができないらしい。


「……無理でしょう…。」


ティリーは、疲れ切ったように首を横に振る。


「森に入れば獣たちの待ち伏せを受けるわ。

 ……この開けた場所から離れたらみんな、やられてしまうもの。

 ここで戦う方を選びます。」


「はあ!?」


「銃は、森の中では不利だもの。

 私たちは、ここで戦うことに利がある。」


「連中の狙いは、狩人の死だッ!」


私は、大砲に砲弾を詰め、火薬を再装填する。

また大きな何かで身を守った獣が現れないとは限らない。


やがて一斉に獣が広場に雪崩れ込んで来た。

狩人の血の臭いを嗅ぎ取って来たのだ。


「■■■■!!」

「■■■■■ァァァ!!」

「■■ィィ■■■ッ!!」


人とも鳥とも似つかない独特の鳴き声が大音声で響き渡る。

大小、姿かたちも様々な獣の群れが木々の間から飛び出した。


彼らは、歓喜していた。

家族を、友を殺めた狩人に報いをもたらす時を宿願とした連中だろう。

彼らにとって待ちに待った復讐の時だ。


「ぐえ!?」


5~6匹の獣が一度に一人の蒼天院の狩人に襲い掛かった。

手足が折れ曲がり、3mほど跳ね飛ばされ、内臓が躍り出た。

その姿を見ただけで他の蒼天院の狩人たちは、怖気づいてしまった。


「しょ、少尉殿!!」


顔面蒼白になった蒼天院の若い女がティリーの方を見た。

ティリーも引き攣った顔で、だが意思に反して叫んだ。


「諦めちゃダメ!!」


「ティリー!

 こいつらを見捨てて私と来い!!」


やむを得ない。

私は、ここで魔法を使うことに決めた。


これは、分の悪い賭けだ。

セスたちなら私が発狂しても守ってくれるだろう。

だがこいつらにそんなこと期待できそうにない。


(もってくれ、私!

 それとも、やっぱり逃げる?)


「××××を×××失礼するよ。」


獣の咆哮と狩人の悲鳴の中で私は、それを聞き取った。


忘れもしない。

戦慄と共に蘇る苦い記憶。

()()()だ。


その声を聴いた私は、獣の中に視線を走らせる。

そしてそれは、聞き間違いなんかじゃなかった。

真っ赤な狩人の獣だ。


この獣たちは、こいつが連れて来た。


「ティリー!

 悪いが私は、もう逃げるぞ!!」


逃げ始めたのは、私だけじゃない。

蒼天院の狩人たちも仲間を捨てて逃げ始めた。


「に、逃げるな!」

「もうだめだ、お終いだッ!」

「仲間を見捨てて離れるな!!」


だがティリーだけは、中隊の仲間と残った。

嵐の海で荒れ狂う波のような獣の大群相手に懸命に戦っている。


しかし彼女たちの前に例の赤い獣が近づくと一方的な殺戮に転じた。

赤い獣の強さは、やはり圧倒的で蒼天院の狩人たちは、手も足も出ない。


(やっぱりこいつは、助ける価値がある!)


私は、来た道を引き返した。


この赤い獣といい、まだまだ敵は多い。

一緒に戦える狩人が必要だ。

それは、ティリーのような狩人であるはずだと思った。


「ひゃあう!?」


私は、ティリーを無理やり担ぎ上げると彼女を連れて走り出した。

爆発(アンカー)で獣たちを追い散らし、道を開く。


「×××ee××Ahhhh××を失礼するよ。」


赤い奴が私の前に立ちはだかった。


「くたばれ畜生ピジェーツッ!!」


私は、至近距離で赤い獣に星を撃ち込んだ。

脳を冷たい地獄の風が吹き抜けるように異世界の景色、人ならぬ声が反響する。

見る見るうちに私の正気の細い糸がギリギリまで張り詰めていく。


(これ以上、短い時間で魔法を連続で撃ち続けたら本当に頭がおかしくなりそう!!)


その原因は、病か、戦か。

しかし私の聞く所によれば、そのどちらでもなく、正気の沙汰とは思えない、迷信を鵜呑みにし易い幽邃郷の無学者たちが騒ぎ立てる様な話なのだ。

   ───()()()

この山ばかりの土地を西に西に、曲がりくねった細い朽縄ヘビのような小川に沿って進むと急に海に突き出る。

そこは、四年ばかり前に大地震で潮に飲まれた漁村があった場所で今も海底には、廃墟が残っているという。

そこから見えるのが、怪島けしじまと呼ばれる離れ小島だ。


昔、船乗りだったという薬漬け蕃人が、歯抜けの口をモゴモゴと動かして耳障りな言葉遣いで話すところによれば、こうである。


あの漁村に俗信を広める山姥が居て、平生から煙たがられていたという。

ほとんどの村人は、相手にせず、しかし祟りをおそれてか誰も山姥の戯言を止めるものもなかった。

───頭が壊れそう!!

そう言われてもこっちが気になるな、とシルヴィアは思ったものだ。


少し歩き回って車では、入れなかった街路を進む。

古い背の低い石積みの塀の上で黒猫が寝ていたり、通りに面した家の窓から部屋が覗けた。


この狭い街路を抜けると教会堂が現れる。

その小さな古い教会を中心に往還が縦横に走っている。

ここは、広場スクエアのようだ。

幾つかの店や建物が往還に接していて、その一つをカッサイが指差した。


(いつの時代のどの場所かも分からない景色が流れ込んでくる!!

 あ、頭が………割れそう!!)


でも限界は、唐突に訪れた。


「ぎゃあああッ!!!」


指先から最後の星が離れた。

眼前で赤い獣は、血塗れで立ち尽くし、猛攻撃に追い詰められている―――だがまだ倒せてはいない


それでも私は、ティリーを担いだまま倒れた。

私の魂は、悪夢的高次元暗黒の深淵に吸い込まれ、意識が完全に立ち消えた。




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