お然らば
いつまでも続く獣狩りの夜。
静止した時間の中で血狂れた狩人たちが獲物を追う。
夜から解かれる方法は、獣を狩る事だけ。
キングストンの教会地区。
獣たちは、物陰に隠れて姿を見せない。
今、ここで狩りと関係のない血戦を繰り返す二人の狩人がいた。
なぜ今ここで?
その答えを得るために対峙する。
また幾度目かの決闘が始まる。
嫌なる寒さの中、降ったばかりの雪を踏んで私は、そこに立つ。
相手は、いつものように先に待っていた。
「そろそろいい加減に自分の弱さにうんざりしただろう?
殺してやるよ。
それでこの狩りからあんたは、お然らばだ。」
アヤメが虫の湧いた口を動かしていった。
思わず私は、沸き起こる感情で歪んだ微笑みを作る。
「ふっ……ははっ。
………しゃべるのか、この猿。
だったら最初から口を使えよ。」
私は、蟀谷に血管を浮き上がらせてアヤメを睨んだ。
「私が弱いって?」
「ゲロゲロ吐いてばかりで役に立たない。」
「はあ?」
「本当におかしくなる前に悪夢から解放してやるっていってるんだ。
こっちは、感謝して欲しいくらいだぜ。」
アヤメは、そう言って二刀を鞘に戻した。
だがこれは、戦いを止めるという意図ではない。
血雪は、納刀から抜刀攻撃がある。
これに狩人の踏み出しを絡めるとほぼ即死の一撃になる。
このパターンで私は、10回は殺されている。
(まだ踏み出し抜刀が届く距離じゃない。)
私は、アヤメと自分の距離を見計らった。
だが安全圏と思った次の瞬間、先にアヤメから一歩踏み出した。
左手で血雪の鞘を引き寄せ、右手で居合抜きにかかる。
(―――大丈夫、届かない!)
遅れて私も後ろに飛び退く。
予想した通り、抜刀された血雪は、私の鼻先に届かずに外れた。
だがアヤメは、続けて景早を抜く。
高速ステップの遠心力を重ねた景早は、鞭のように伸びて月光で輝いた。
私は、上半身を捻って鎖刃の斬撃を回避する。
だがアヤメは、本命を隠し持っていた。
二刀を鞘に戻して空手になった右手に密かに手裏剣を隠していた。
最初から刀を握っていたのは、他に何も持っていないと思わせるためだ。
「あ、ぐッ!?」
体勢を崩した私にアヤメは、定石通り凍結フラスコを投げつけてくる。
(やられた!)
冷気によって相手の動きを鈍くし、体力を削る狩り道具。
アヤメは、これを毎回、手を変え品を変え必ず使ってくる。
私が思いもよらないタイミングを絶対に逃さない。
この冷気攻撃は、血雪、叨と合わせることで大きな効果を生む。
戦闘中、相手は、寒気によってほぼ自由に動けなくなる。
「毎回飽きずにそれを受けるね。」
アヤメは、皮肉っぽい笑みを作った。
逆にこいつのことが好きになりそうだ。
「畜生ッ!」
私の狩り装束を霜が覆う。
体が冷えてガタガタと歯の根が合わない。
「まだまだあんたにフラスコを当てる方法がある。
まあ、自分の馬鹿さ加減を思えば不思議でも何でもないだろ?」
アヤメは、改めて二刀を構える。
血雪の鍔に指をかけ、刀身に血を流して血刃を作る。
「獣を狩るより殺される方が好きなんだろ、ナーシャ?
でも流石に私は、あんたを斬り飽きて来た。」
「ぐちゃぐちゃにしてやる…!」
「気持ち悪い。」
アヤメは、私に飛びかかって来る。
虫が這いまわる顔になっても綺麗だ。
天鵞絨のような黒髪が広がった。
私は、背負った大刀に手をかける。
女騙しの武器商人が用意してくれた「仕掛け武器」だ。
「ん?」
アヤメの表情が曇る。
彼女の目は、私の燃え上がる大刀に移った。
(自傷ダメージを伴う炎をまとった武器。
手荒だが冷気を無効化する方法として手っ取り早い。)
この瞬間にアヤメが考えたことは、そんなところだろう。
こっちの思惑もそんなところだ。
大刀の炎で私の狩り装束の霜が落ちる。
身体が良い具合に温まって来た。
「あ、熱ッ!」
私は、炎を噴く大刀でアヤメに攻撃する。
技も剣術も糞もない。
ただ馬鹿力で思いっ切り叩き切るだけ。
アヤメは、いとも簡単に大刀の斬撃で吹き飛んだ。
炎は、戦いの場一帯に広がり、周囲が明るく照らされる。
「………面倒だな。」
アヤメは、起き上がりながら言った。
「自傷ダメージであんたが息絶えるまで逃げればいいだけだ。
時間がかかって面倒だ。」
「てめえが黙って斬られりゃ済むんだよォッ!!」
私は、とにかく我武者羅に斬りかかった。
この「仕掛け武器」獅子咲は、持ってるだけでキツい。
一転、逃げるのに夢中になったアヤメに私は、左の短銃で銃撃した。
一瞬、彼女の膝が落ちる。
「!」
「そら、見ろ死ねェェェッッッ!!!」
渾身の一撃でアヤメの下っ腹を大刀で貫く。
肉の灼ける臭いをとうに超えて焦げ付く刺激臭だけが満ちる。
アヤメを串刺しにしたまま私は、大刀を持ち上げた。
そして野球のバットみたいに思いっ切り強振する。
アヤメは、獅子咲から外れ、10mぐらい地面を滑って止まった。
ぐったりと動かなくなった彼女の身体は、燃え上がって炭化している。
「………なんで、あんたは。
私に殺されて……くれないんだ。」
事切れたのかアヤメは、もう動かなくなった。
私は、仕掛けを止め、大刀から吹きあがる炎を抑えた。
そのまま背中の鞘に納刀する。
「熱ッ。」
あれだけ圧倒的だったように思えた敵が、こうも崩れると虚しさまで感じる。
アヤトに切り替わらなかったのは、やっぱり私が魔法を使わなかったからだろう。
それだけあいつも叨は、できれば使いたくないのだ。
私も獅子咲は、もう使いたくない。
じりじりと痛む体に輸血液をブチ込む。
血は、全身の血管を巡って凍傷と火傷を治療した。
ばらばらと皮膚片が私の身体から落ち、痛みが治まっていく。
さて。
アリーヤは、というとまだ黙々と燃料を運ぶ作業をしていた。
だが急に私が見えるようになったのだろう。
一瞬、私の方を見て立ち止まり、また作業に戻った。
(本当に何も言わないんだな、テメー。
まあ、油を撒くのを手伝うだけだから良いけど。)
私は、朽ちかかった礼拝堂に足を向けた。
(皆で燃料を撒いて獣を一掃して、ここは、もう終わりだな。
次は、例の商業地区だけだ。
それとも禁足の森とかも改めて獣狩りに行くべきか?)
白い背中。
薄暗い礼拝堂で最初に見えたのは、それだ。
黒い髪が流れる背中がランタンの灯に照らされている。
「………アヤメ。」
私は、小さな声で呟くように言った。
それでもあの女には、聞き取れる。
アヤメは、素知らぬ顔で私の方を向いた。
セスも一緒だ。
アヤメの下にいる。
あの女は、チラリと私を見てすぐにセスの方に振り返る。
二人は、薄暗い礼拝堂の中、裸で抱き合っていた。
私の全身の肌が粟立った。
目の前が色を失って眩暈がする。
殺せる。
(私は、この女を殺せる。)
仲間を?
そんなもの、どうでもいい。
だがそれ以上に私は、セスに見られたくなかった。
私は、声を殺して来た道を静かに逃げ帰った。
「ふふっ。
…別に3人で楽しめば良かったのに。」
アヤメは、逃げ去る私に気付きながらほくそ笑んだ。
逃げた。
とにかく逃げた。
あの時、あの場にいたことをセスに知られたくない。
なんであの男の浮気を知らないふりしないといけない?
そんなこと私自身にも分かりゃしない。
そもそも浮気でも何でもない。
一度、寝ただけじゃん。
でも、それで何でもないってことあるか?
何でもないことのために血管ブチキレそうになって全力疾走してるのが馬鹿みたい。
「な、なんッ。
………なんなんだよ、あいつ!!!」
私は、爆発錨の鎖を掴むと廃屋に思いっ切り叩きつけた。
真っ赤な弧を描いて錨は、民家の壁を爆発で破砕する。
そのまま私は、息が切れるまで錨を振り回し、叩きつけた。
「くっそ!
ヤりたいならアリスとヤればいいだろ!?
男でも女でも良いんだろ、お前はァァァ!!」
アヤメの奴、わざわざ他人の男に手を出しやがって。
(だいたいセスもなんで普通に……!
普通に……普通だよな。
そう、普通のことだ。)
私は、冷たい石畳の上にうつ伏せになった。
ここでは、虫の鳴き声、獣の遠吠えだけが聞こえてくる。
(思えばセスとアヤメは、割と絡んでるからな。
気が合うっていうか。
第一、私みたいな嫌われ者より……。)
人は、惨めな存在を憎むもの。
取り分け、私はその最たる存在と言えた。
友人もなく、まともに他人と会話することさえできない。
虫や動物にさえ、番がいるというのに私を愛してくれる人はいない。
私は、最初から人生に敗北していたのだ。
美女の血を入れて生まれ変わっても何も変わらない。
(違う!
私が嫌われてるんじゃない!!
あの二人が時間が余って適当に相手がいたからセックスしただけ!!
あの場に私がいなかったから!
私が選ばれなかった訳でも何でもない!!
関係ない!)
「うあっ。
ああ………あああっ。」
涙が出てくる。
でも何の涙だ。
惨めな自分に?
(やっぱり戻ってブチ殺す。
セスも、アヤメも。)
ヨロヨロと私は、立ち上がった。
本気で二人を殺すかどうか別として、ここにいても仕方ない。
仲間のところに帰らないと。
けれど50mも戻らないうちに私の足は、止まった。
「ふう、ふう、ふう。」
息を整えようとしても胸が苦しくなるだけ。
私は、ただ闇夜を睨んだ。
辺りは、灯かりの消えた家々が取り囲むだけ。
私の呼吸に合せてカチカチと錨の鎖が音を鳴らしている。
とにかく余計なことを頭いっぱい考えるしかない。
それで自分を紛らわせてとにかく帰ろう。
戻るのが遅くなればなるほど自分が惨めになるだけ。
なんで?
お前らが来いよ。
追って来てよ。
(誰も来る訳ないだろ…。
なんで来てくれること期待してんだよ!
どこまで舐めてんだよ。)
結局、私は、座り込んでしまう。
もう教会堂に戻る気力がない。
自分では、あそこに近づけない。
気が付くと私は、禁足の森まで戻っていた。
(そうだ。
もう、ここに居よう。)
そう考えて私は、座り込んだ。
悪夢の中には、時間の流れがあるけれど空腹になることはない。
良く分からないけど餓死することはないだろう。
大した獣もいないし、私一人で自衛ぐらいできるはずだ。
(いや、むしろいっそ餓死でもなんでもしてくれって感じ。)
ただ漠々と時間が過ぎて行った。
ひょっとしたら誰かが探しに来てくれるかもなんて甘やかな妄想で自分を騙しながら。
「………アヤメ。
なんでお前は、私を殺してくれないんだよ………。」
「Mais pas d'oignons aux Betes maudites !
on pas d'oignons a tous ces chiens !
Mais pas d'oignons aux Betes maudites !
Non pas d'oignons, non pas d'oignons !!」
蒼天院の軍歌が聞こえてくる。
そうだった。
でも、まだこの辺を周回してるバカがいたのかよ。
「畜生…!」
私は、なんとか見つからないようにやり過ごそうとする。
だが相手は、狩人だ。
「………そこに隠れているのは分かっていますっ!」
ご丁寧な奴だ。
私を見つけた蒼天院の狩人は、まず一発だけ警告射撃する。
「今のは、警告でありますっ!
10数える間に出てこない場合、本当に撃ちますっ。
―――Dix !」
「私は、別に狂ってない!」
大声で私が怒鳴るが向こうは、カウントダウンを止めない。
「Sept !
Huit !」
「わ、分かった出て行くから撃たないでくれッ!」
私は、両手をあげて物陰から飛び出す。
だが蒼天院の狩人は、出てきた私に遠慮なく銃撃してきた。
「ぐあッ!?」
土手っ腹に大口径の水銀弾をブチ込まれて私は、うずくまって野田打ち回る。
「はああっ!
ぎ、い………があっ!?」
(う、動けない…!)
水銀弾を撃たれた獣は、こんな感じなんだろうか。
私は、狩人の血と水銀が混ざったことで作られる威力を身をもって体験する。
私を撃ちやがった糞女は、ゆっくりと私に近づいて来た。
彼女は、冷たい目で私を見下ろして観察してやがる。
しばらく私が口から泡を吹いて死にかけていると女は、私に輸血液を打った。
「失礼いたしました。
ですが血に飲まれた狩人は、獣以上に警戒するべき敵であります。
これは、必要な対処法であると考えてください。」
女は、鉄兜を取って丁寧にお辞儀する。
肩の階級章を見ると次席隊長代理(Second lieutenant)になっている。
「…じゃ、じゃあ黙って行って。」
「なぜここにいるのですか?
獣を追ってここに入ったのですか?」
女は、わざわざしゃがみ込んで私に話しかけてくる。
まるで学校の先生みたいなやつだな。
「べ、別に嫌になったから隠れてるだけだよ。
そんなに珍しい事じゃねえだろ。」
「隠れるのならここより良いところがあります。」
女は、そう言って私を担ぎ起こした。
「て、てめえ!?」
「私の官姓名は、メヒティルト・フォン・エーデルシュテッテン蒼天院少尉です。
貴公は?」
「糞虫のナーシャ。」
メヒティルトは、私を担いだまま問答無用で進んでいる。
どこを目指しているのか禁足の森の深い木々の間をどんどん進む。
「ジェロイという蒼天院の狩人を見ませんでしたか?」
不意に思い出したようにティリーは、そう言った。
偶然にもその名前に私は、覚えがあった。
「……カブトガニに川に引きずり込まれたのをかなり前に見た。」
「やはり中尉は、戦死しておられましたか。」
仲間の死を聞いてもティリーの反応は、思ったより穏やかだ。
悲しんだり喜んだりという感情は、あまりない。
ただこれだけでは、仲が悪いのか戦友の死に慣れているのか分からない。
「大声で歌なんか歌ってるからだ。」
私は、そう腐してやった。
ティリーは、何も答えなかった。
輸血液の興奮作用で目が覚めていたが何度も出血した影響でいよいよ眠気が来る。
私は、すとんと眠りに落ちた。




