鉄道車庫
廃駅の奥に私たちは、足を踏み入れた。
ここは、扇形鉄道車庫だろう。
何両もの機関車が並んでいて整備中のものもあった。
恐らくこれからも整備中だろう。
荷下ろし用の起重機には、例のように死体が吊ってある。
うんざりだ。
「■■■■ェェェ■■■■■■…!!!」
狩人と獣の死体で作ったシャンデリアの間から獣が姿を見せる。
飛び降りて来た訳ではない。
宙に浮いている。
「飛んでるのか?」
セスが腰を下げて慎重に身構える。
人数がどんどん減っていくのだから慎重にもなる。
燃えている、獣の髪が。
獣は、女の体つきをしている。
スッポンポンの裸の女だ。
肌は、黒いガラスのような光沢があった。
もちろん4m弱はある巨体も燃える髪も人間じゃないだろう。
「燃え続ける獣、コゼット………。」
私は、独りそう呟いた。
この獣がそうだと私は、知っていた。
邪悪な友と手を結んだ罪深い少女だと。
彼女は、聖なる芝に燃えるただ一つの灯を己の髪に移したのだ。
最高存在にふれれれれれれれ
「ちょ、ちょっとナーシャが泡吹いてる!」
ビックリしたアリスが私に鎮静剤を打つ。
私は、過呼吸したまま気持ち悪くなって胸を抑えた。
「は、はひ、は、ああ……!
ふう、う………ッ!」
「………チッ。
コイツ、マジで平気か?」
セスは、そう言いながら私を庇ってくれた。
「まず手を出す!
考えるのは、それからってねえ!!」
そう言ってドロシーが一番に獣に飛び掛かった。
彼女の仕掛け武器に青白い電流が迸る。
「ひゃっはー!!」
黒いオニキスのような光沢のある獣の体に帯電したハンマーが激突する。
それは、硬質な音を立ててドロシーを弾き返した。
「硬いッ!!」
「貴重な情報をどうも、ちッ。
どう見ても硬そうだろうがッッ!?」
セスがドロシーを庇うように獣と彼女の間に入った。
「いやぁ、こういうつるつるした獣には、打撃でしょ?」
ドロシーは、痺れる腕を振るわせて答えた。
あの感じでは、しばらく右腕は、ぷるぷるだろう。
いや、ドロシーは、私たちからはぐれていたような?
そう私は、考えたがそんなことはなかった。
ずっと彼女は、私たちと一緒に居た。
最初から同行していた。
「燃えませんね…。」
ジェリーが火炎放射器を下ろして苦笑いする。
それは、どう見てもそうだろう。
「撃って良い?」
アリスが訊く。
「跳弾するだろ。
やめとけ。」
アヤメがそう言って震える腕を抑えた。
彼女の斬撃も弾かれるだけだった。
彼女の持つ刀、”血雪”。
これは、狩人の血で血刃を作り、またまとった冷気で獣に凍傷を与える。
極東の日ノ元で鍛えられた獣狩りの武器だ。
変形する仕掛け武器と違い、また異なる設計思想に基づく。
その血雪の冷気も血刃もコゼットには、通用しない。
ただ彼女は、悠然と私たちを見下ろしていた。
「■■■■■■■■■■■■■………。」
「なんだ!?」
燃え続ける獣が低く唸る。
何かの前兆だろうか。
「攻撃?
…離れた方が……!?」
アリスが振り返ると獣が集まって来ていた。
さっきの首の長い鳥頭犬や女頭牛、狼男たちだ。
びゅっ、びゅううう。
「うわあ!?」
自分たちを包囲する獣に注意を奪われた瞬間。
コゼットの下腹部から大量の寄生虫が飛び出した。
「避けろ!」
「離れて!!」
一斉に皆、コゼットから逃げるが算を乱した私たちに獣が襲い掛かる。
「電撃は、効く!!」
一人、ドロシーだけが放電器でコゼットに攻撃していた。
なんとも間の悪い奴だ。
「見て!!
電撃は、効く!!」
「ちッ、分かった!
分かったから離れろッ!!
その寄生虫は、厄介だぞ。」
セスが早速、鳥頭の犬を何匹か去勢して叫んだ。
突進してくる敵を躱し、素早く犬の股間に去勢器を滑り込ませる。
破裂音と共に股間の太い血管を引き千切り、獣血が吹き出る。
「ドロシーを援護する!!」
ハワードが叫んだ。
断頭斧で狼男の頭を潰し、女を首から生やした牛の群れを相手に立ち回る。
「皆で雑魚を抑えろ!!
あの燃え続ける獣は、ドロシーに任せるんだ!!
電撃は効く!!」
そう叫んだ時、彼は死んだ。
燃え続ける獣、コゼットが大きく跳躍。
その漆黒の拳でハワードを頭から叩き潰した。
まるでプリンみたいにハワードは、飛び散って死んだ。
彼のシンボルであるズタ袋は、肉と混ざって分からなくなった。
「■■■■ェェェ………!!」
近くで見るとコゼットの下腹部には、無数の穴が開いている。
そこにさっきのフナクイムシみたいな寄生虫が住んでいた。
「うげえええっ!
気持ち悪ィィィ!!!」
セスが去勢器でコゼットの股間を挟む。
破裂音と共に肉が千切れるが血が吹き出ることはなかった。
「………浅いッ。
血管まで届かねえぞ。」
セスは、そう言いながらコゼットの拳の雨を避け続ける。
こうして見るとコゼットの攻撃は、単調だ。
「落ち着こう!
あの獣の攻撃は、そんなに難しくない。
攻撃力と防御力が高いだけだ!!」
私は、皆を奮い起こそうと叫んだ。
確かに攻撃力も防御力も大問題だ。
しかしコゼットの攻撃は、単調で燃えているという異常さに目が奪われている。
実際、この獣は、大したことない。
「また飛んだ!!」
アリスが叫んだ。
燃え続ける獣、コゼットが空中に飛び上がる。
クレーンの間を舞い、狩人と獣の死体で作ったシャンデリアの上に出る。
星々と三日月を背負い、燃え狂う髪を乱し、獣は、私たちを睥睨する。
「───やばい。」
私がそういうと皆も気が付いた。
コゼットが頭上から寄生虫と炎を撒き散らしてくる。
それは、他の獣も無差別に襲い、鉄道倉庫前の広場を大混乱に陥れた。
「××××!」
「××××ヴォ××!」
「ふっ。
仲良しこよしって訳でもないのね。」
寄生虫に襲われる獣を見ながらアヤメは、皮肉っぽく笑った。
「ちッ!!
あの獣の子宮は、寄生虫の倉庫かよ!!」
「デカい精子なんじゃない?」
とアリスがセスにいった。
受精のメカニズムが解明される以前の時代。
精液が生命の核となり、経血がそれを育て、生殖がなされると考えられていた。
精液は、魂となる最も高貴な血液。
経血は、それを育てる温かい血と考えられていた。
創造主は、己に似せて男を創り、生命の創出は男性の権能と信じた。
しかし卵子が発見されると女に生命の雛形が宿っていると唱えられた。
ここから精液が雛形の成長を促す鍵だと考えられた。
当時、顕微鏡で発見された精子は精液の中に湧く寄生虫と見做されたのだ。
だが生殖のメカニズムの中、母親からのみ受け継ぐ物がある。
細胞内の寄生生物だ。
ミトコンドリアは、母親からしか受け継がない。
宿礼院は、考えた。
生殖のメカニズムは、父親から受け継がない物が多い。
この一連の生活環に母親の優位性を認めた。
故に神の血は、聖女が受けるべきだと考えた。
神の御子の誕生には、聖母が必要なのだ。
「うぎぎ……!!」
こんな時に戦いに関係ない知識が流れ込んでくる。
私は、割れそうな頭を必死に抑えた。
「頭が……!!」
「おい、ナーシャ!!
ちィィィッ、こんな時に例の発作かァ!?」
セスが私に駆け寄って腰を抱く。
そのまま私を担いで走り出した。
「ちぐあう…。
神の胚だ……必要なのは、聖杯じゃない…。
神の血は、注がれるべき………そ…そそそ。」
「吐くなよ!?」
私を叱りつけながら抱きかかえて走るセスは、落ちて来る寄生虫と炎を避ける。
私は、ゲロを飲み込んだ。
「おえっ。」
夜空を華麗に舞う燃え続ける獣、コゼット。
髪を振り乱し、下腹部からは、恐ろしい虫を落している。
長く蠱惑的な手足が回転すると星々から喝采が響き合うようだった。
「ちッ。
調子に乗りやがって…!」
「■■■■■■■ァァァ………。」
逃げ回る私たちの前にコゼットが着陸した。
行く手を阻むように立ち塞がる。
「ここまでか!?」
ハワードが断頭斧を肩に担ぐ。
しかしアヤメが頭上を指差した。
「おい、そいつはさっきの獣じゃない。
上を見ろ!!」
「もう一匹いるッ!?」
アリスが青褪めて叫んだ。
夜空を見上げるとアヤメがいう通り、燃え続ける獣がそこにいる。
「■■■■■■ォォォ■………!」
「いや、3匹だ!!」
ジェリーが背後を確認して叫んだ。
その声には、諦めが滲み出ている。
頭上、正面、背後に漆黒の獣が現れた。
それらが今、私たちに襲い掛かる。
「■■■■■■■ェェェ………。」
「■■■■■■■ァァァ………。」
「■■■■■■■ォォォ………。」
3匹の燃え続ける獣は、寄生虫と炎を撒き散らし、私たちをもてあそぶ。
反撃できない私たちを嘲笑うようだ。
「良い尻だなッ!!」
自棄を起こしたハワードが断頭斧で獣の尻を撃つ。
でもやはり甲高い音がして刃は、弾かれた。
「よく見ると3匹とも身体着きが違うな。
ジェリー、お前はどれが好みだ?」
ハワードが震える腕を庇いながらふざけた。
ジェリーは、諦めずにハルバードの先で獣を突く。
「俺は、こいつが一番スタイルが良いと思います。」
なんとか3匹いる内の2匹をハワードとジェリーが分断する。
残る1匹を他の全員が一斉攻撃した。
「ちッ!!
じゃあ、そいつらは、お前らがなんとかしろ。
俺は、この一番最初に出て来た奴を狩る!!」
セスは、懸命にコゼットの太腿や腰を千切る。
流石に尻の肉が削げ、痛々しいまでになってきた。
オニキスのような身体は、表面だけではない。
まるで全身が黒いガラスみたいだ。
しかも鋼のように強靭だ。
「電撃を喰らえー!!」
ドロシーは、背中を攻撃する。
コイツは、心底、間が悪いというか戦闘センスがないのだ。
獣の攻撃リズムを掴めない狩人なのだろう。
だから、これがお似合いだ。
アヤメも二刀でコゼットを攻撃する。
あまり有効とは、思えないが黙って見ている訳にはいかない。
「くう……!
斬れないッ。」
「どっせい!!」
私も爆発錨でコゼットを攻撃する。
たぶん一番、有効な攻撃方法だ。
「私はー見てるだけーですかー。」
アリスだけは、見ているしかない。
銃撃は、燃え続ける獣3匹には、完全に無効だ。
コゼットも攻撃に蹴りを加えてくる。
人間より背の高い獣が拳で狩人を殴り殺すのは、具合が悪い。
もっとも格闘技の概念のない足技など狩人には、効かない。
空中浮遊や炎攻撃、数々の能力をこいつは活かせてない。
ただ防御力の高さに手古摺ったが私たちは、長期戦を制しつつあった。
「■■■■ェェェ………!
■■■■■■ェェ■■■!!」
遂にコゼットの下半身が崩壊する。
石像のように長い脚が外れ、腰から地面に倒れた。
ダメージの蓄積のためか浮遊能力も失ってしまったらしい。
だがまだ左手で身体を支え、右手でセスと戦う。
「ちッ!!
出血死しない獣は、面倒だなッ!!」
「急いでとどめを!!
ハワードとジェリーがやられる!!」
離れた場所では、ハワードとジェリーが2匹の燃え続ける獣を引き付けている。
「おりゃー!!」
最期は、一斉に殴り倒され、コゼットという名の獣は、息絶えた。
「■ェェ■■■……ア■■……。
ふたつの太■■………。」
ガラスのような身体が飛び散り、炎だけが残った。
最高存在から盗んだ火だ。
残るは、あと2匹。
手強い相手だが時間を費やせば勝てない敵じゃない。
「ごめん!」
急にドロシーが声を上げる。
「もう電撃は、在庫切れ。
仕掛け武器しかない。」
「あ、えっ!?
う~ん…頑張って!!」
仕方なく私は、曖昧に返事した。
もちろん必要な報告だけど聞きたくない情報だった。
しかし後の戦闘は、もはや作業。
単なる繰り返しだった。
最後の燃え続ける獣を破砕して私たちは、狩りを終わらせた。
「学習能力ねえのか、このボケぇーッ!!」
満身の力を込めて投げた私の爆発錨が最後の一匹の胸を貫き、線路に突き刺さった。
ガラガラと音を立てて獣は砕け散り、地面に広がる。
この廃駅に根付く悪夢は、狩り尽くされた。
「ぜえ、ぜえ、ぜえ…。
手間かけさせやがって糞…。」
私は、鎖を引っ張って錨を手繰り寄せた。
右手で錨をキャッチし、鎖をまとめて腰のホルスターに納める。
「ちッ、ちィィッ!!
腕がもう、上がらねえぞ、ちッ!!」
セスが汗だくで喚いている。
その上にジェリーが倒れ込む。
「俺も、もうダメー!!」
「ちィィィーッッッ!!
なんでここに倒れる!?
降りろ!!」
そう言ってセスがジェリーを投げ飛ばした。
へろへろになったジェリーが転がっていく。
「途中で充電が切れちゃって……。」
ドロシーが皆に謝る。
謝られても許すしかない。
「あ………ハワードは?」
アヤメが二刀を鞘に納めながら周りを見渡して言った。
アリスも辺りを探す。
「さっきまで……。」
「上だ。
………ちッ。」
地面に倒れていたセスが上を指差す。
皆が一斉に、その方向に目を凝らした。
そこに果たしてハワードがいた。
機関車の荷下ろしや整備に使うクレーンにハワードが吊るされている。
既に事切れているのか生気がなく鎖が振れているだけだ。
いや、ハワードは、もっと前に潰されて死んだはずだ。
私は、そう思っていたがそれが思い違いだと思い出した。
彼は、最後まで戦っていた。
獣たちが疲れ切った私たちを包囲しようと集まって来る。
闇の中に光る目が見えた。
「ち…。
なんで、こんなことになっちまったんだ。」
セスが身体を起こして構える。
他の皆も武器を取り、ぞれぞれ警戒した。
まだ敵がいる。
「いや、もう無理だ。
逃げた方が良い。」
アヤトがそう提案する。
皆、確かに満身創痍で戦い続けられそうにない。
「どう思う?」
黄色い皮膚の皮肉屋は、私に意見を求めて来た。
「………全面的に賛成する!」
皆、一目散に逃げ出した。
廃駅の構内を駆け抜け、来た道を戻る。
間違いなく外に出たはずの私たちに驚愕の景色が飛び込んで来た。
「雪だ………。」
駅前の街は、白いダイヤモンドを散らした銀世界に変容していた。
どこまでも冷たく厳冬の鋭く澄んだ空気が広がっている。
「はあ?
雪は、ずっと降ってたじゃん。」
私は、アヤトにそう言ってから気が付いた。
いや、違う。
この東洋人の言うように雪は、降っていなかった。
でも今、思い出すとずっと降っていたように思う。
苛立つようにアヤトが噛付いて来た。
「正気か?
雪なんか今の今まで降ってなかった。」
「雪ィ?
ちッ、なんの話だ?」
セスは、そもそも雪が見えていないようだった。
しかし彼の肩には、しっかりと雪が積もっている。
「おいおい。
そろってイカれちまったのか?」
アヤトがそう言って自分の額を指でコツコツと叩いた。
信じられないバカを蔑む目で私とセスを睨む。
だが
「うん?
雪なら、この街に来た時から降ってるな。」
とセスは、すぐ前言を覆した。
一層、アヤトは、混乱した顔でジェリーたちを見る。
「お前らは?」
「雪ならずっと降ってると思います。」
ジェリーは、雪を払いながら答えた。
アリスは、やや混乱した様子だ。
「お前らは、どーかしてるの。
駅を出るまで雪は、降っておらんだじゃろォ?」
なんだ。
アリスの雰囲気が前に戻ってる。
「っていうか。
雪なんかどうでも良いでしょ。
あんた、さっきまで女の子だった。」
ドロシーがそう言ってアヤトを指差す。
私も実は、そう思っていた。
「どこをどう見れば女に見えた?
南蛮人は、本邦人の見分けがつかないと聞いていたが…。」
アヤトが疲れた顔でドロシーを睨む。
「おっぱいあったじゃろ!?」
アリスが喚いた。
アヤトは、不愉快そうに目を細める。
「そんなもの、俺にはないよ。」
訳が分からないまま私たちは、一先ず酒場売女に引き上げる。
皆、血だらけのブーツで雪を蹴りながら。
雪の降る中、聖なる芝から盗られた火が燃えている。
戦闘が終わった扇形車庫に三輪蒸気自動車が現れた。
宿礼院の医師たちが三輪蒸気自動車から降りる。
「さっさと回収しろ。」
鳥マスクの医師たちは、慎重に火を金属製容器に移した。




