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「………。

 良いぞ。」


7人の先頭をヘリックが進む。

狙撃銃スナイパーライフルのスコープで敵の所在を確認する。


「ちッ!

 獣を目で探すなんて二流のやることだ。

 どう考えても、この辺りにはいないぜ。」


セスは、そう言いながら去勢器をバチバチとハサミのように閉じては開く。


「あなたが一人前の狩人なら勘を信じても良いですが。

 ここにいるのは皆、ハンパ者ですから。

 傲慢なことは、言わない方が賢明ですよ。」


アリスが周囲を確認しながらいった。

ジェリーも苦笑いする。


「ははは、そうだね…。

 みんな経験がないんだから慎重に進もう。」


「少し静かにしろ。」


ハワードがそう言ってジェリーとアリス、セスを睨む。

厳密には、こいつは、ズタ袋を被ってるので睨んでるのが見える訳じゃないけど。

確かにこの三人は、多弁だ。


「ちィッッ!」


ワザとらしくセスが舌打ちする。

だが7人は、静かに前進を続けた。


しばらく沈黙が続き、廃墟の街を歩き続ける。


廃屋のはずの家々から気配がする。

だが獣ではない。

人間だ。


恐らくは、逃亡奴隷や移民じゃなきゃ犯罪者、多重債務者だろう。

犯罪と借金は、別にして血統鑑定局が”獣”と判定すればこういう場所に逃げ込むしかない。


「糞狩人ども…。」

「ひひひ…。」

「死ね、死ね…!」


どうやら連中にとって狩人と獣の殺し合いは、憂さ晴らしらしい。

まあ、こんな所で隠れて人の世を憎んでりゃ、そうなるだろう。


「……止まれッ。」


先頭のヘリックが隊長のように左手を上げる。

一斉に全員が停止した。


「ちッ…。

 命令するんじゃねえよ。」


「突っかかるな。」


「なんだ?

 隠れてる糞どもでも殺すか?」


セスがそう言ってニヤニヤした。

適当に近くにある傾いた家々をセスは、指差した。


「好きにしろ。」


ヘリックは、厳しい口調でいった。

彼は、前を指差す。


「見ろ、駅舎だ。」


それは、大きな駅だった。

見上げるほどに大きな建物だった。


蒸気機関車が何台も停車していてお城のようにデカい。

ヴィクトリア朝様式の壮麗な建造物で美しく、不気味だ。


かつてガス灯で黄金に輝いていた窓は、陰気で埃が着き、蜘蛛の巣が張っている。

活気に溢れていたエントランスにも獣と狩人の死体が並んでいた。


「……。」


獣は、狩人を。

狩人は、獣を。

あるいは、住民が両方の死体を辱めたのだろうか。


その数は、入り口からでは分からない。

だが酷い悪臭が立ち込めていた。


「あそこを迂回するか。

 中に入って直進するか。

 選べ。」


ヘリックがそう言って他の6人に向き直った。


「そりゃいい。

 7人なら丁度、多数決もできるな。」


アヤメがそう言って刀を納刀した。

私たち残る5人は、目で互いの顔を伺っただけで黙っている。


「直進だ。」


ハワードが真っ先に口を開く。

セスは、嫌そうに賛同した。


「どっちも気に食わねえ……ちッ!

 まあ、回り道より直進だ。」


「反対です。

 明らかに待ち伏せの可能性がある。」


アリスは、反対した。

ジェリーも彼女に同意する。


「俺もそう思う。」


「進もう。

 獣は、狩るしかないんだ。」


私は、駅に入ることを提案した。


獣の居そうなところを避けて通ることはない。

危険だろうと何だろうと狩りを全うしなければならない。

狩人は、そういうものだ。


ヘリックは、驚いたように私を見ていた。


「………それは、違いないが。

 俺は、アリスたちと同意見だ。」


ヘリックは、迂回を推した。

確かに危険を回避するのがまともな人間だ。


「じゃあ、私も駅に直行だ。」


アヤメがそう言って脇差を抜刀する。


「4対3ね。

 これで迂回は、ナシだな。

 さあ、血風呂ブラッドバス宴会パーティと行こうじゃない?」


といって嬉しそうに二刀を担いだ。


「当然だ。」


ハワードも鼻を鳴らして断頭斧を肩に担いで歩き出す。


相変わらず何が気に入らないのか。

セスは、不愉快そうに顔をしかめ、シルクハットを被り直して怒っていた。


「ちッ!

 ………こんなことなら俺は、反対するんだったぜ。」


ばしゅっ!


去勢器の仕掛けを発動させ、蒸気を吹き出させた。

これで次に獣を挟むと仕掛けのアシストで厚い肉の下、太い血管を狙うことができる。


皆、それぞれの考えがある。

しかし結局のところ、獣を捜し出して狩るしかないのだ。

その一点で危険と分かっている駅舎への侵入を選ぶ他ない。




広々とした駅の構内。

何本もの鉄道が並び、遥かな頭上に天井が見える。


「ほへーっ。」


ジェリーがハルバードの灯りで天井を見上げた。


駅構内は、地上20mぐらいの高さまで吹き抜けになっている。

地上と天井の間は、交差する陸橋が何本も掛けられていた。


かつては、そこにガラスが張られていたのだろう。

今は、錆びた鉄骨が残されているだけだ。


相変わらず何者の仕業か。

狩人と獣の死体が辱しめられていた。


ロープや鎖で吊るされた死体。

柱などにはりつけにされた死体。


燃やされたもの、切り刻まれたもの。

切断し、他の死体と接合された死体もある。

いろいろだ。


「どう思う?」


ハワードだ。

別に誰かに言った訳ではなかった。

誰かが答えるだろうと思って言った様子だった。


「これは、全部同じヤツがやったんじゃない?」


そう答えたのは、アヤメだ。


「ちッ。

 馬鹿かてめえ?

 一人でこんなことできる訳ねえだろ。」


セスがアヤメに食って掛かった。

アヤメは、冷笑を浮かべる。


「ふふ、こんなところで協力し合う人間がいるかな?

 獣か狩人が襲ってくるかも知れないね。」


「ちッ。」


セスは、舌打ちするとそっぽを向く。

私もアヤメに同意した。


「…まあ、暇なんだろうな。

 相当ね。」


「相当、狩人と獣を憎んでるってことじゃないのか?」


ジェリーがいうとアヤメは、馬鹿にしたように肩をすくめた。


「どっちにしても暇じゃないとできないじゃない。」


いや。

これは、何か呪術的な意味合いがあるんじゃないか。

意味のある行為で魔法の儀式なんだとしたら。


と私は、考えたが断言できるだけの知識はない。


太陽の神レーは、西に沈み、夜間、地下の冥界ドゥアドを進む。

太陽の船は、セトによって悪魔たちから守られる。


何かが道をやってくる。   塩   墓掘り男

 射手座。   金蠅。   闇と一つに。   すべてを一つに。

   白い帆船   縞瑪瑙   血珠   龍樹眼論

《瞳》 赤い蛭。   白い手   晴れ   歯周病予防   神の胚   血

蛇よ、お前の眼は眩んだり   黒い不語仙   巫女

  強欲な獣  悪魔の角  筋肉  白斑   炎   海底

「うう……っ。」   血   星界

   スペイン人   悪夢   蝶

私は、また頭の中に流れ込んでくる光景に吐き気がして来た。

   塩   六本指   屍

見たこともない。

あるいは、見ることもない光景ヴィジョンが頭に浮かぶ。

   ナウプリウス   リベル・モンストロルム

ヘリオポリス。 赤い蛭。 賢者の石 燃える瞳 AMNH 973/CM 9380

 妖蛆   名付けられざる者  水銀


至福直観。

本来、生身の人間が五感で関知することのない知識。

肉体を失って霊体となった後、はじめて体感できる世界だ。


それを生きた人間が無理矢理、咀嚼するのだから当然だろう。


「………わか………った!」


「うん?」


私の方へセスが振り返った。


「なんだ、顔色がやべえぞ。」


「たぶん、これは何かの儀式なんだと思う。

 ここで辱しめられた死体は、意味がある行為なんだと思う。」


私がそう断言すると6人は、ポカンとするだけだった。


「ちっ、そうか。

 思うのは自由だ。」


セスは、そう言って私の肩を叩いて、また敵を警戒する方に専念する。


「たぶん復活の儀式……。

 何か、死を遠ざけ、眠りを妨げる。

 ……反魂……道返し……?」


ついに私は、頭を押さえてしゃがみ込んだ。

景色と言葉が頭の中に流れ込んでくる。

痛みに耐えられない。


「ちッ、ああっ?

 なんか持病でもあるのかテメー?」


そう言ってセスが私の腕を掴んで立ち上がらせた。

そのまま私を揺する。

気分が悪くて吐きそう。


「おい、なにしてる?」


黙って見ていたアヤメが面倒そうに口を出す。

ヘリックとハワードも遠目で様子を見ていたが何も言わない。


「ああ?

 俺は、何もしてねえ。

 ナーシャが急に意味の分からねえことを…。」


「ナーシャは、たまにそうなるの。

 気分が良くなるまで、そっとしておいてあげて!」


アリスがそういってセスの手を払った。

そのまま私は、その場に倒れ込む。


「おえっ。

 ………ああ。」


「ちッ。

 死ぬ訳じゃねえだろうな。」


「いいから!!

 やめて!!」


アリスがそう言ってセスを突き飛ばす。

セスは、首を振って向こうへ歩いて行った。


アリスは、私の介抱をしてくれる。


「ん?」


ジェリーが物音がした方向にハルバードの灯りを向けた。


立ち乗り二輪車で鳥マスクの一団が走って来る。

動力は、蒸気機関なのだろうか。

二輪車は、汽缶ボイラーからプシューと白い煙を吐き出していた。


宿礼院ホスピタル医師ドクターだ。


一団は、廃駅の奥から出て来て私たちを無視して遠ざかって行く。

後には、呆気に取られた私たちだけが残された。


「…なんだ、あいつら?

 ちッ、気味が悪い。」


セスが最初に口を開いた。


「知らん。

 俺に聞くな。」


ハワードがそういって鼻を鳴らした。

アヤメも首を傾げている。


「逃げたんじゃない?

 獣から。」


アヤメの推察は、当たっていたらしい。

あるいは、ただの偶然か。


しばらくして獣たちが宿礼院の連中を追うように現れた。

やはり逃げ出したらしい。


「■■■■■■■■■■■ァァァ………。」


頭は、鳥。

身体は、犬。

問題は、頭から胴体まで10m近い首が伸びていることだった。


見た目は、滑稽だがそうも言ってられない。


「■■■■ァ■■■■■■ア■■………。」


獣たちは、長い首を振り回し、私たちに襲い掛かって来た。

鋭い嘴には、血が付いており宿礼院の連中が敗走したことを証明している。


「くそ!

 素早いぞ、気をつけろッ!!」


セスは、攻撃できずに苛立っていた。

他の皆も反撃できず、苦戦を強いられている。


敵の頭は、素早くこちらを攻撃すると地上10mへ避難する。

こっちが胴体を攻撃しようとしても仲間同士が互いに援護した。

近づくこともできない。


獣たちは、一心同体の連携で私たちを追い詰める。


「ヘリック!?

 なんで攻撃しない!!」


アヤメが叫んだ。

返事はない。


そこには、獣が馬乗りになったヘリックの死体があるだけだ。

大きな狼男のような獣が、その大口でヘリックの頸をし折っている。

獣の尻の下でヘリックは、血塗れで動かない。


「声も立てずにやられたか…。」


アヤメは、二刀で必死にクチバシを防ぎながら前に出る。


「おい!

 攻撃は、私が引き受けるから!!

 お前ら、なんとかして胴体をれ!!」


「いいや。

 そのまま引き付けててくれ。

 俺は、ここで逃げるぜ。」


セスは、そう言って笑った。

実際には、逃げることも前に出ることもできそうにない。


既に敵に突撃しているアリスが叫ぶ。


「ふざけてる場合じゃないよ!」


アリスは、そのまま無鉄砲に敵の群れに突っ込んだ。

だが二丁拳銃を犬の胴体は、上手く回避していく。

あっという間に獣どもは、取り囲んだアリスに襲い掛かる。


「ちィィッ!!!」


嫌そうにセスもアリスに続く。

このままでは、アリスがやられる。


「すわ、捨て身か。」


アヤメは、一刀で向かって来た獣の頭を縦に割る。

どうやら敵の動きを見切ったようだ。


アヤメが攻撃を引き付ける間にセスとアリスが胴体を狙う。

次第に形勢が逆転して獣どもは、殲滅されつつあった。


「■■■■■■■ォォォ…!!!」


狼男は、私が引き受ける。

奴は、ヘリックにとどめを刺すと立ち上がった。

頭まで4mぐらいあるだろうか。


身体に比して腕が異様に長い。

その腕には、フナクイムシのような寄生虫がぶら下がっていた。


「■■■■■■■■ッ!!!」


狼男が腕を振るとフナクイムシが飛び出す。


フナクイ()()は、虫といっても昆虫じゃない。

細長い身体を持つ二枚貝の一種だ。

木造船や流木を食べる貝でドリルのように木を食い進む。


この場合、狼男の腕に寄生していた。

狼男が攻撃する度、飛び出して私に向かって飛んでくる。

寄生先を変えるつもりらしい。


ある種の寄生虫は、成長に合わせて宿主を変える。

最後の寄生先、終宿主の体内で寄生虫は、繁殖する。


この恐るべき寄生生物は、獣から狩人と寄生先を変え、最後に何処に至るのか。

あるいは、それが神成テオーシスに向かう昇栄のきざはしなのかも知れない。


誰が断言できる?

人間は、この寄生虫が次なる宇宙を創造する神となるための寄生先ではないと。

彼らの為に人類があり、人類は、寄生される対象でしかないのだと。


勝利の塔を登る人間に一匹のトカゲが張り付く。


神に招かれたのは、人ではなく寄生虫なのだとしたら?

神は、そのために人間が地上にあまねく繁殖するよう作ったのだ。


だがもしそんな計画があったとしても私には関係ない。

仮にこの醜い寄生虫が神の赤子だとしても私は、殺す。


私は、鎖を思いっきり頭の上で振り回す。

炎を噴き上げた錨が狼男を打つ。


「■■■■■■■■■■ォォォ!!!」


追い詰められた狼男が咆哮する。


マンコ(ピジェーツ)

 さっさとおっねッ!!」


私は、鎖を引っ張ると錨を握り締める。

これからあいつの頭を吹き飛ばしてやると思うだけでゾクゾクする。

そのままジャンプして爆発錨を狼男の頭に叩きつけてやった。


「あは……ははは……。」


頭を失くして狼男が倒れる。

寄生虫たちは、飛び出す前に残らず焼け死んだ。


その様子を見ていた私は、はっと気が付く。


「ヘリックの死体を焼こう!」


私が怒鳴るとハワードが振り返った。


「なんだと!?」


「寄生虫が移ってるかもしれない!」


「狩人に寄生虫は着かない。」


「獣になった狩人を見たよ!?」


私がそう言うとハワードは、驚いた。

目を丸くして口をもごもごと動かしている。


「………怪しいのなら、それもやむを得ないか。」


その間に鳥頭の犬たちは、一掃されていた。

セス、アリス、アヤメたちが上手くやったらしい。


死体は、生きている時以上に異様だ。

あの犬の身体がどうやって10mの長い首を支えていたのか。


「油をくれ。

 ヘリックの死体を焼却する。」


ハワードが皆に声をかける。

するとジェリーが前に出た。


「焼却剤を使おう。

 丁度、持ってるんだ。」


なるほど。

火が好きなんだろう。


「おい、なんで燃やす?」


セスが突っかかって来た。

さっきと同じ会話を繰り返すことになる。


ハワードと私がセスに説明している間にジェリーが焼却剤でヘリックの死体を燃やす。

本当に寄生虫が移っていたのか分からないが用心に越したことはない。


「じゃあ、この吊るされた死体は、寄生虫を殺すためだってか?」


セスがそう言って上を見上げた。

恨めしそうに息絶えた狩人と獣たちが私たちを見下ろしている。


「いや。

 焼かれてない死体もある。

 こいつらとは、関係ないだろう。」


「ちッ!

 俺は、探偵ゴッコなんかするために来たんじゃないぜ。」


セスは、不快そうに人の焼ける匂いに顔を背ける。

私は、すっかり慣れていたのでショックだった。

この匂いが堪らなく好きなのだ。


「この匂いが好きなんでしょ?」


そうジェリーがいった。

彼の狩り装束には、火炎瓶やら焼却剤やらが吊るされている。

おまけに火を噴くハルバードに火炎放射器だ。


「え?

 うん、私も好き。」


爆発錨を振り回して私も答える。

うげえと声を上げてセスは、舌を出す。


「理解出来ねえな、ちッ。」


「獣のキンタマを千切るような奴に言われても。」


私がそういうとセスは、去勢器を振り回して反論する。


「ちッ…。

 俺のは、()()じゃねえ…!」


どう趣味じゃないんだ?

何か呪術的な意味があるのか?

と思わないでもないが私は、口に出さない。


獣を燃やすことにも意味はないかも知れないからだ。




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