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8人の若い狩人は、放たれた。

私たちは、まずエボン川を渡るために橋を探す。


川沿いの王の街キングストン・アポン・エイボンの中心をエボン川が流れている。

ちなみにAvon(エボン)あるいは、エーボン、エイボンは、「川」という意味だ。


街は、川を挟んで東西に市域が広がっている。

ジルのいう獣たちが集まる教会は、この川の東側にあった。


「………。」


私たち以外の狩人は、みな怖気づいていた。


酒場からここまで何人かの狩人と出くわした。

彼らは、ただ生き残るために廃屋街を徘徊し続けていた。


皆、私たちを見つけると喜んで声をかけてくる。

そして罵りながら暗闇に引き返していくのだ。


「あー…。

 ねえ、何か作戦とかあるのかな?」


私が一番に口を開いた。

皆、黙ってお互いの顔を見つめ合うだけだ。


「……バラバラで行動しようぜ?

 これじゃ逆に獣に勘付かれる。」


そう言い出したのは、セスだ。

シルクハットを脱ぐと髪を手で頭に当てた。


「そもそもあのジルって野郎のいう通りにしなきゃならない理由があるか。

 ここから俺は、一人で行かせて貰う。」


「オイオイ、早速はしゃぐんじゃない。」


”虫狩り”アヤメという東洋人がいった。


「お前らは、盾なんだ。

 私の盾になればいい。」


そういった彼女の右手は、腰の脇差に伸びている。

油断なく二人は、互いに出方を伺っていた。


そのままセスとアヤメは、睨み合う。


「あははは…

 でも、そんなこと言ってる間に着きますよ?」


アリスがそういって橋を指差した。


霧深い川の上に石造りの橋が架けられている。

橋の欄干に経つガス灯は、壊れて鳥の巣になっていた。

また橋の上には、自動車スチーマーが山積みにされ、バリケードの役目を果たしている。


お決まりの邀撃地点(チョークポイント)だ。

8人全員、ウンザリしている。


「…ようし、行こうか。」


そういって一人の狩人が飛び出した。

まるでセスとアヤメの口論なんか相手にもしない風に。


蒼天院の狩人、ヘリックだ。

アリスも彼に続く。


蒼天院の狩人は、元軍人や警官が多い。

義務感というか率先して行動するみたいだな。


「お前らは、どうする?」


”断頭人”ハワードが私たちに訊ねた。

彼は、ヘリックやアヤメに続いて先に進むつもりだ。


「行く。」


私が短く答えて彼を追い越すように橋を渡る。

後からジェリーとかいう若い男も走って来た。


ハワードは、残る3人を見ながら言う。


「そうか。

 …まあ、そこで唸ってろ。」


「ちッ。

 分かったよ。」


セスは、観念したのか皆の後に続く。

アヤメとドロシーも嫌々ながら前に進む。


「やられる時は、全員まとめてだな…。」


アヤメは、ぽつりと。

しかし全員に聞こえるであろうハッキリとした声でそう漏らした。




予想に反し、抵抗はなかった。

バリケードは、放置され、獣の反撃はなかった。

細心の注意を払って私たちは、瓦礫に近づいたようだ。


「ちッ。

 ……何も居ねえじゃねえか。」


セスは、悪態をついた。

ジェリーは、その隣で胸を撫で下ろしている。


「ふう……。

 何もなくて良かった。」


ただ私たちは、乱雑に積まれた障害物を乗り越え、橋を渡った。


「橋を落されてなくて助かった。」


ジェリーがいった。


彼の持つハルバードは、ランタンが着いていて鉾が光っていた。

なんだかマヌケだが狩人が夜の闇に潜むのなら道理だろう。


「先客がいたみたいだ。」


彼が顎で広場を指す。


橋を渡った先には、首吊り台が放置されていた。

16人の狩人と思しい男女が一列に並んで吊るされている。


「ちッ、驚いたな。

 外傷らしい外傷がない。

 こいつら無抵抗で吊るされてやがる。」


セスが吐き捨てるようにいった。


彼の言う通り、16人の狩人たちは、負傷の形跡がない。

獣に投降し、命乞いしながら絞首刑にかけられたと見て間違いない。

これほど意気地のない狩人は、聞いたことがない。


「ははッ。

 さっきまで別行動しようとか言ってたじゃないか。」


アヤメがそう言ってセスを笑う。

セスは、機嫌の悪い猫みたいに唸るだけだった。


「………ちッ。」


だがふざけてる場合じゃない。


「とにかく教会まで進もう。

 もう他のことは考えない!」


アリスがそう言って先陣を切る。

彼女を追うように他の皆も続いた。


このまま上手く行けばいい。

誰もがきっとそう考えている矢先だ。


「うげッ。」


街に入ると早速、獣たちが私たちを歓迎する。


現れたのは、頭が女になった牛らしい獣だ。


牛の首の先に全裸まっぱの女が生えて宙に突き出している。

あるいは、女の()()()から牛が生えていた。


女は、牛がそうであるように何かをクチャクチャと反芻している。

でも、きっと草ではないだろう。

赤い。


それ自体の異常さに一同は、立ち止まった。


「ヴぉッ。

 ヴォ■■■■■■■■■■ォォォーッッ!!!」


女の口から獣の絶叫が響く。

数頭の人頭牛が私たち目掛けて突進してくる。


(速ッ!)


なかなか馬鹿にできない素早さだ。

私は、身震いした。


「よっと!」


アリスは、正確に獣の頭を撃ち抜く。

突進してきた牛は、彼女の目の前に滑り込むように倒れた。


「ちッ!!」


セスは、まず女の首を引き千切る。

次にすれ違いざまに牛の肛門にハサミのような仕掛け武器を突き刺した。


彼の仕掛け武器には、ガスボンベみたいな物が着いている。

ガス圧でハサミのような武器をアシストしているのだ。

そのガス圧で牛の肛門から腰まで破裂した。


「くせえんだよ…ッ。」


糞まみれになったセスは、次の獣に襲い掛かった。


アヤメは、腰の二刀を披露していた。

アリスが二丁拳銃なら彼女は、二刀流だ。


「はッ!!」


彼女は、素早い連撃で牛を仕留める。

教科書に載せても良いぐらいの見事な狩りだ。

石畳の路地には、切り刻まれた女と牛のバラバラ死体が転がった。


「■■ォッ!?」


突如、一匹の牛の横っ腹に銃弾が撃ち込まれた。

それは、獣の内臓をズタズタにし、惨く苦しい死を与える。


狙撃したのは、ヘリックだ。

スコープ着きの狙撃銃スナイパーライフルを抱えている。


(一人だけ随分と遠くにいたな、お前。)


私は、いつの間にか最後尾に居たヘリックを遠目に発見した。


「まどろっこしい!!」


豪快に一度に数匹の獣を相手取るのは、ハワードだ。

断頭斧を振り上げ、次々に牛たちを一撃でブチ殺して行く。


「援護するよ!」


そう言ってハワードの背後をカバーするのは、ジェリーだ。

ハルバードが火を勢いよく噴き上げ、獣たちを焼く。


「だらァッ!!」


私も思う存分、鎖を振り回して錨を獣にぶつける。

基本的に私みたいな奴は、援護があった方が良い。


「だらあッ!!

 だらァァッ!!!」


「ナーシャ、油断し過ぎだよ。」


アリスが私の傍に駆け寄ってくる。

丁度、私が仕留めきれなかった獣を代わりに撃退してくれた。


「ありがとー!」


「ふふふッ。

 やっぱり皆で狩ると楽で良いね!」


「そうですね!」


ジェリーも笑ってそう言った。

彼の顔は、ハルバードの灯で照らされて影が差し、ちょっと不気味に見えた。


「その調子で頼む。」


ヘリックもそう言いながら物陰から私たちを援護する。

狙撃兵として高台から皆を守る守護神のようだ。


「ちッ!

 テメエは、安全なところにいるじゃねえか。」


セスは、すっかり内臓と汚物と血でドロドロだ。

上等なシルクハットのツバには、ねっとりと血が垂れている。

いま靴底の血糊をずりずりと石畳でこそぎ落していた。


「おい!

 俺の方も手伝ってくれよ!!」


「ええ?

 あんたは、別行動じゃなかったの?」


私が揶揄からかうとセスは、歯を剥いて怒った。


「ちィッ!!

 ちィィィッ!!

 余計なこと言うんじゃなかったぜ…。」


とりあえず全員で獣を片づけていく。

やはりこの人数だと心強い。


「■■■■■■■■■ォオォオォオ!!!」


突如、獣の咆哮が聞こえた。


新手だ。

ビルの間から9mぐらいの獣がやって来た。

今度の奴も例のように気味が悪い。


全身が針金のような太くゴワゴワした毛で覆われ、病的に痩せていた。

だが一番、特徴的なのは顔だ。

長いマズル顔には、小さな人間の顔がびっしりと埋め尽くしていた。


「気持ち悪……。」


私は、大勢の顔を見て嫌になった。

並んだ顔は、どれも悲喜こもごもといった感じだ。


「やばいぞ。」


ジェリーがいった。


相変わらず牛の獣は、数が減らない。

街の角から次々と女の身体を生やした牛が増援に集まって来る。

その上、このデカい獣だ。


「こいつには、狙撃は効かない。

 有効な急所に弾が届かない。」


ヘリックが叫んだ。


「ちッ!!

 使えねえじゃねえか!!」


セスは、早速、一人でデカい獣と真っ向からやり合っている。

とりあえず彼に注意を逸らして貰うか。


「セスにデカいのを任せよう!

 私たちは、この牛女を処理して行く!!」


私は、そう言ってセスを援護する。

しかし寄せ集めチームは、滑らかに協力しない。


「そのデカいのは、橋を越えられない。

 今なら撤退することもできる。」


そう言ったのは、畜生ピジェーツ東洋人のアヤメだ。


彼女は一応、ヘリックの隠れている自動車の山に獣が近づけないように立ち回っている。

が、それは、ヘリックの次に安全位置だ。


「それも一つだ。」


ハワードが唸るようにいった。


「そこのバリケードを利用しよう。

 馬鹿正直に牛を全部、相手する必要はない。」


橋の上のバリケードを盾にして獣と戦うというのか。

確かにそれは、やり易そうだ。


「反対!!」


アリスが逃げ回りながら叫ぶ。

どうやら拳銃に水銀弾を再装填する時間が欲しいらしい。


「それは、反対でーす!!

 何故なら、どう考えても有効すぎるからですッ!!」


「なんだと?」


ハワードがアリスに訝しげに唸る。

彼にアリスは、答える。


「ここで敵の用意したバリケードを利用するのは、罠だと思いませんか?

 この状況なら誰でも思い付くことです!!」


確かに。

出来過ぎている。


直前にバリケードを素通りできたのも怪しい。

あれが安心だと印象付けるためかも知れない。


さっきのマヌケな16人も気にかかる。

罠ということも考えられなくはない。


「ちッ!!

 何でもいいぜ…!

 俺が死ぬまで作戦会議してるつもりじゃなければなァッ!!」


セスは、そう言いながらデカい獣の指を千切る。

獣が自分の腕を抑え、激痛に叫ぶ。

首を振り回して夜空に吠えた。


「ヴォ■■■■■■■■■ォ■■おォおッッッ!!!」


「ジェリー!!」


私は、ジェリーを呼ぶ。


「ここは、あんたとハワードに任せていい?

 私もセスを手伝うよ。」


「や、やってみよう。」


ジェリーは、ハルバードを握って不安そうに答える。


一方でハワードが断頭斧ギロチンアクスの仕掛けを発動させた。

武器の形状は、そのままのようだ。


変形しない仕掛け武器というのもあるのか。

私の爆発錨も確かに変形したりはしない。

しかし彼の場合、爆発したり火を噴き出したりもしていなかった。


「■ォ■■■■ォオ■■■■ォオォオ!!!」


そんな他所事を考える暇はない。

今は、このデカい獣に専念しよう。


「ヴォおォオォ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」


二足歩行だった獣は、両手を道路に着き、私とセスを狙う。

まるで机の下に落した物を探す馬鹿な主婦みたいだ。


「ヴぉッ、ヴぉッ、■■■■■■!

 ■■■■■■ヴぉ!!」


「よ!」


火花を散らす長い爪を私は、ステップで回避する。

上、下、上と交互に獣の腕がブン回され、それを踊り子みたいにかわす。


「お…ッ!

 とおッ……ひょッ!!」


「ちィィィッ!!

 あっちへ行けッ!!!」


そう言ってセスが私から離れて行こうとする。


しかし獣が上手く私たちを一ヶ所に追い込もうとしてくる。

そら、敵からすれば私とセスが目の前にいる方がやり易い。

攻撃もまとめて出来るしな。


でもちょっとそれに夢中になり過ぎたな?


「だっしゃあ!!」


私は、引き付けたところでオルガン砲をお見舞いする。

喧しい銃声と共に獣の胸から肉片が飛び散った。


「■■■■■■■■■■■■■■■ォォッ!!!」


デカい獣の顔にびっしりと並ぶ小さな人間の顔が一斉に叫ぶ。

それは、背筋が震え上がるほど気味が悪い光景だった。


「ここで!!」


私は、大きな隙を作った獣に魔法を叩き込む。

夜空は、私が作った二十二連星で明るく輝いた。

煌めく流星群がデカい獣を襲う。


この時の爽快感は、膝がガクガクするほど気持ち良い。


銀色の星々がデカい獣に次々と命中する。

もはや身動き一つできない獣に無慈悲に星が降り注ぐ。


「………■■■悪夢■■■れた■■■■■■………。」


死の前にデカい獣は一度、後ろ足で立ち上がった。

そのまま空を仰ぎ、背中から地面に倒れ、盛大に土煙を巻き上げて死んだ。


「■■■■■■ォォ…。」

「■■■■■■■■■。」

「■■■ォォ■■ォ…!」


女の身体が首から生えた牛たちも逃げ出し始めている。

とりあえず最初の戦闘に私たちは、勝利したようだ。


「………ドロシーはッ?」


急にセスが叫んだ。


思い出した。

全員で8人いるはずなんだ。


「そう言えば戦闘が始まってすぐに見なくなったな。」


ジェリーは、輸血しながら答える。

ハワードも周囲を確認していた。


「とにかく迷子の心配より敵が完全にいなくなったかチェックだ。」


「同感。」


アヤメもそう言いながら広場を見て回る。


「変な所を覗き込むなッ。

 もしそこに獣が隠れてたら死ぬぞッ!」


そう言ったのは、ヘリックだ。

高台からスコープで確認している。


「そうだね。

 物陰は、もっと注意深く探す方が良いと思う!」


アリスは、拳銃で一度、撃ってから確認していた。

流石に蒼天院の狩人は、戦場慣れしている。


「ちッ。

 もう良いんじゃねえか?

 ドロシーは、どっかで死んでるか震えて隠れてるんだろうぜ。」


セスは、そう言って両手を上げ、背を伸ばした。


「じゃあ、進もう。」


私は、他の6人にいった。

全員、ドロシーのことは有耶無耶になって教会への道を進む。




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