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「うわ、畜生ピジェーツ…。」


また壁だ。

これで何度目だろう。


禁足の森に入った私は、ずっと立ち往生していた。

どこも獣を通さない高い壁が巡らされている。


壁を恨めしそうに私は、見上げるが壁は何も答えない。

灰色の空が壁の終わりから見えるだけだ。


「ひょっとして………出られない?」


何度も苦労が報われず、倦怠感が襲ってくる。

どれぐらい時間が経ったろう?


まだこの森にも獣は、残っているけど私を見ると逃げ出してしまう。

連中は、逃げ方を熟知していて追い付けない。


あとで分かったことだけど。

追跡や探索を得意とする狩人もいて当然、そのための技術や知識がある。

この時の私みたいに愚直に走り回ってどうにかなるほど獣も馬嫁ばかじゃないってことだ。


「……糞マンコ(ピジェーツ)……。」


私が途方に暮れていると遠くから歌が聞こえて来た。

これまた呑気な声で歌っている。


「僕の大好きなオニオンリング。

 みーんな大好きオニオンリング。


 でも獣共(ゾーオン)にゃ食べさせない。

 獣共にゃお預けだ。


 戦友よ、前進だ(オパ・キャマラド)戦友よ、前進だ(オパ・キャマラド)

 前進オパ前進オパ前進オパ


 戦友よ、前進だ。

 戦友よ、前進だ。

 前進、前進、前進♪」


よっぽど殺されたいらしい。

歌を歌いながらやってくる連中がいる。


急いで私は、歌のする方に走った。

とにかく人間ならここから出る手助けぐらいしてくれるだろう。

まともな人間じゃないにしてもいい加減、ここから出たいものさ。


「すいませーん!!

 すいませーんっ!!」


薄暗い森の中、歌声を頼りに私は、駆け出した。


「オニオンリングで獅子レオンになれるー♪

 オニオンリングで……止まれーッ!!」


歌声も途切れる。

向こうもこちらに気付いたようだ。


「女の子の声がしたぞ!?」


やがてガチャガチャと軍靴を鳴らして七人の狩人が私を見つけて駆けて来た。


全員が灰青(グレイッシュブルー)の狩り装束を着ている。

肩章エポレット、金飾緒(モール)が着いていてマントも羽織っていた。

鉄兜も併せて肋骨式(ドルマン)軍服みたいなデザインになっている。


「おお、こんなところで狩人に出くわすとは。」


隊長らしい男が私に挨拶する。


「私は、蒼天院セルリアンジェロイ中尉(Lt.ジェロイ)

 君は、どこの何者か?」


「私は、アナスタシア(ナーシャ)

 夢魔の女王、モルガン・ル・フェイの弟子です。」


とりあえず他に名乗りようがなかった。

今のところ、何処にも所属していないのだから。


「あの、質問があるのですが。

 蒼天院っていうのは、狩人の騎士団(オーダー)の支部なの?

 まだ新人で良く分からないんだけど…。」


「いかにも蒼天院は、四大支部の一つです。」


ジェロイは、そう言って両手を腰についた。

その間、他の六人は、周囲を警戒している。


いや……。

彼らは、敵を警戒してるんじゃない。

獣の攻撃に備える風を装って私をジロジロと見ていた。


いったい、どういう事なんだろう?


竜心院ドラクール

 糞虫の巣(スカラベズ・デン)

 宿礼院ホスピタル

 蒼天院セルリアン


 これが騎士団四大支部です。

 他に金剛院ダイヤモンド・テンプルや金桜学園があります。」


ジェロイは、そんなことを話してたけど私はちっとも聞こえていなかった。

六人が盗み見るように自分を警戒してる方が気になる。


「あの……。

 私を、なんだか危険な人物と思ってませんか?」


恐る恐る私は、ジェロイに訊ねる。

すると彼は、一瞬だけ表情が暗くなった。

でもすぐに元の柔和な態度で答える。


「ああ…。

 気を悪くさせましたか。」


そういって彼は、部下たちに目配せした。


「君は、新人だから知らないんでしょう。

 狩人の中には、正気を失くして人間に襲い掛かる者もいるんですよ。

 血に狂った狩人というのが、ね……。」


「えっ?

 な、なにそれ…怖っ……。」


と少しは、驚いたが分らない話じゃない。

そもそも狩人は、暴力的な人間が多そうだし。

私自身、暴力願望があるのは、自覚している。


獣だけに飽き足らず。

そういう人間も居てもおかしくはないだろう。


でも私は、訝しげにジェロイにまた一つ訊ねる。


「でも私は、一人ですよ?

 七人相手に襲い掛かったりすると思います?」


「それは、愚問というものです。」


ジェロイは、そう言って笑った。


「狂人に理屈など通用しませんからな。」


それは、そうだ。

ジェロイと部下たちは、私への警戒を解いた。


「ともかく新人さん。

 狩人を見かけたからと言って味方だと判断せぬことです。」


とジェロイは、話してここから立ち去ろうとした。

こんなことを話すために狩人を探してた訳じゃない。

私は、苦笑いして話題を変える。


「はは、あの………。

 良かったらフィンチ療養所まで連れて行ってもらえませんか?

 禁足の森から出られなくて困ってるんです!」


「ははあ。」


そう言ってジェロイは、軽く何度か頷いた。


「こっちです。

 川があるのでそれに沿って移動すれば簡単ですよ。

 行きましょう。」


蒼天院の狩人たちは、私を連れて川沿いを進む。


物音ひとつしない。

静かな夜が、やがて白み始めた。


「あ。」


それは、一瞬の出来事だった。

川から何かが物凄い勢いで走って来た。

そいつらは、水面から姿を見せるや否や蒼天院の狩人たちをブチ殺した。


「ぎゃああ!」

「うっ!?」

「うわ、なん…!!」


胸を反らしてベテラン面した連中が一瞬で真っ赤な刺身になった。


「カロロロロ………■■■■■■■■■■■………。」


ったのは、カブトガニだ。

人間を跳ね飛ばすぐらい大きい。


巨大な甲羅が灰青の狩り装束を血に染めた。

ジェロイは、すっかり物言わぬ死体になっている。

即死だ。


でもそれで終わりじゃなかった。


「うわッ!?」


川から次々と新手が飛び出してくる。

どうも馬鹿どもの歌のせいで待ち伏せを食ったらしい。


私は、なんとかカブトガニ軍団の攻撃をかわす。

1匹、2匹、3匹。

突進してくる奴らの攻撃を狩人の歩み(ステップ)で。


「カロロ■■■■■■■■……!」

「■■■■■■■■■■ロロ………。」

「■■■■■■■■■■ォォォ………。」


ヘルペスゾンビに蛇みたいな獣。

そしてカブトガニ。


獣化の原因が伝染病だとして、姿が違うのはなぜ?

こいつらは、何か原因が違うの?


仮に人によって獣化後の姿が違うのなら同じ姿の獣はいない。

けどなら、どうしてこんな事になるの?


いや、そんなこと考えてる場合じゃない。


「硬い…ッ!!」


私が振り下ろした錨は、カブトガニの甲羅に弾かれる。

距離を取って鎖で勢い良く叩き付けてもビクともしない。

爆炎も効果なし。


「………もうッ、魔法しか……うを!?」


星を作ろうとした私に向かってカブトガニが突進して来た。


(ダメだ。

 魔法を使うどころか敵の突進をかわすので手一杯じゃん。)


硬いし数が多い上に、動きが速い。

おまけに手持ちの攻撃手段がどれも通用しない。

万事休すだ。


「■■■■!!」


突然、カブトガニの1匹が飛び上がった。

青緑色の血が吹き出し、甲羅の下にある人間の手足が空を掴み、恨めしそうな顏が並んでいた。

―――このカブトガニ、何人もの人間が溶けあって一匹の獣なんだ


「■■■■■ロロロロ………。」


何か。

素早く動き回る黒い影が。


───私以外の狩人がいる。


「■■■■!?」

「■■■■■■■■ッ!!」

「カロロ■■■■■■■ーッ!!」


次々に倒されるカブトガニ。

正体不明の敵が―――私は、怖い。


この狩人は、私にも襲い掛かって来るんじゃないか?

人影が叫ぶ。


「逃げるぞ!」


女の声だ。

私は、そいつの背を追って逃げる。


「はあ、はあ、はあッ。」


私たちは、川岸から必死に離れた。


「カロロロロ■■■■………。」


奇襲に失敗したと判断したカブトガニたちは、川に引き返す。

可哀想に蒼天院の狩人たちは、水の中に引きずり込まれた。


カブトガニは、死んだ仲間の死体も川に隠す。

次また通る獲物を狙うために痕跡を消す。


後には、何も残らなかった。




「オメー、蒼天院セルリアンの狩人じゃねえな!?」


私を助けてくれた狩人が、そう言った。


「ぜえ、ぜえ、ぜえ…。

 …そ、そうだけど?」


私は、女の顔を初めて見た。


ハチ切れんばかりにたわみにたわんだ豊乳を僅かなビキニに包んでいる。

ホットパンツの他に衣類と呼べる物はなく、ヘソ丸出しだ。


逆に手足は、がっちりと固めている。

両手には、騎士のような手甲ガントレット

両脚は、ゴワゴワとしたファーブーツで装甲が施されていた。


ガンマン(ガンスリンガー)を気取っているのか。

テンガロンハットを斜めにかぶり、二丁拳銃だ。


これが私と同じ女だろうか。

頭の鈍い男なら血液があそこに集まって猿みたいに大はしゃぎするだろう。


「私は、蒼天院のアリス。

 ”流浪”のアリス(アウトロー・アリス)。」


青緑の返り血を頬から垂らし、アリスは不敵に微笑む。

私も右手を伸ばして自己紹介する。


「私は、アナスタシア。

 まだどこの支部にも所属してないけどね。」


握手を拒否ってアリスは、人差し指を上に向けていった。


「狩人は、握手しねーんじゃよ。

 これ、覚えてな。」


「そ、そうなの?」


ムカっとしたけど私は、右手を引っ込める。


でも迂闊だった。

さっきのジェロイもそうだったけど。

狩人は、お互いを安易に信用しないものみたい。


「ジェロイが死んだー。

 オメー、勘が良いな?」


アリスは、そう話しながら水銀弾を補充していく。


「あのボケナス共は、まとめて逝っちまいよったけど。

 オメーは、回避できてるじゃろー?

 優秀な狩人よな。」


仲間が大勢死んだのに平静だな。

でも、まあ、褒められて悪い気はしない。


「あのっ。」


私は、質問した。


「私たちは、何か目的があるんですか?

 何をすれば良いのか…。」


「オメー、そこは疑問に持つところじゃねーよ。

 狩人は、ただ獣を狩ればいいんじゃ。」


といってアリスは、顎を手で揉んだ。

その回答に私は、ガッカリした。


「それってキリがないんじゃ?」


「あるじゃろ。

 この街の獣を一人残さずブチ殺すんじゃ。

 それまで出られんのよ。」


「えええっ?」


酷過ぎる。

私は、頭を抱えてしゃがみ込んだ。

力が抜ける。


「そんなの出来る訳ないー。」


「何、訳分からんこと言ってるんじゃ。

 一人前の狩人は、一人で街一つどうこうできるんよ!」


「さっきの人たちは!?」


「ジェロイか?

 あーれは、狩人ゴッコしちょる負け犬よな。」


アリスは、ニッコリと笑った。


「私は、こんな所で終わらん。

 オメーも騎士団オーダーの立派な騎士になりたいじゃろ?

 必ず外に出て見せるわいなッ!」


オイオイ、威勢が良いな。

私と同じ新人だろうに。

まあ、旅は道連れ世は情けだ。




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