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ペリカンマスクの男




「はっ!?」


私が目を覚ますと再び鎖された街に戻っていた。


今は、fff降っていた雨も上がり、時刻も夜に入ろうとしている。

薄雲が開け、白く小さな星々が間から見えたたたた。


ああ…。

              天秤

けけけけけけ獣の道。


大きな太陽。  黄金虫

しかしベルベットのタペストリーが揺らめき、壁に細く長い影を作った。

ゾンビの手。

               名付けられざる者

───マグナ・マータ!

翡翠の彫刻に見える石棺サルコファガス

  暗黒の皇子

死の都アルクメーノンから遠く離れた地。

瑞々しい草木や花の蜜の芳しさを風が運び、穏やかな月光が指すルーブリアの夜である。

  水銀

今宵の歓楽街の雑踏には、見慣れぬ者たちが混じっていた。

傭兵や冒険者たち、暴力を商売道具にする命知らずのものたちだ。


今、酒場で大酒をすクシュ女もそうだ。


チョコレート色の皮膚の下には、逞しい筋肉が備わって力が漲っている。

立てば2mに悠に達する大柄な若い女戦士は、長い腕を伸ばして酒瓶を振った。

彼女が掴むと瓶子が一段と小さく見えた。


犬の星。

秘密の神聖文字ヒエログリフ

聖杯カリス───聖杯カリス───聖杯サングレイル───。


悪名高い魔女狩りの類型。

血液を採取して悪夢と人間の混血児を見つけ次第、抹殺する使命を帯びた狩人たち。


血統鑑定局は通常、騎士団オーダーに目標の殺害を依頼するが、血統鑑定官は直属の狩人である。

しかしながら依頼を発すると血統鑑定官の所在が特定される危険があるため、大半は内部で作戦は遂行される。


狩人と一口に言っても様々な業態のある中で、血統鑑定官は同業者からも嫌われている。

このため、取り分け、血に飢え、高い戦闘力と判断力を併せ持つ密偵としての隠密性などが要求される。

そのような姿から狩人の中の狩人と言われる。


獣の道!

獣の道!!

獣の道!!!


「ああ、月なんかまともに見たらだめだよ。」


誰かがそういって私の肩を揺する。

途端に私は、元の現実に引き戻された。


「……は……っ?」


「聞こえる!?

 戻って来ーい!!」


アストリッドが私の肩を掴んで前後に揺すっていた。

気が付いた私は、頭を振る。


アストリッドは、念を押すように繰り返した。


「いい?

 新人の狩人は、夢の深みに耐えられないんだから。

 月とか変なものを直視したら狂っちゃうよっ!」


「なに?

 今の…。

 え………っ?」


私が呆然とした表情でアストリッドに訊ねる。

幼い狩人は、血の気を失った顔で私を気遣った。


「何か見えたの?

 何を見た?」


「………ゾンビの手。

 歓楽街…アルクメーノン…何かの文字。


 石の棺…エジプトのミイラが入ってそうな奴。

 それに黄金のカップ……聖杯?

 …黒い……女の人だった。」


まだ気分が悪い。

頭がギリギリする。

こんな感覚、味わったことがない。


「ああ、かなり覚えてるね。

 やめてやめて、ストップ!」


クローディアがそう言って私の言葉を遮る。

アストリッドも相当、慌てていた。


「うえっ!」


気持ち悪い。

堪らず私は、四つん這いになって吐いた。

生理の300倍はキツイ。


「うえええ…!!」


「うわあ…。

 キツそう。」


私を診ていたアストリッドが口をすぼめた。


クローディアは、私のことをアストリッドに任せている。

彼女は、辺りの敵に気を配り、獣の匂いに鼻を動かす。

目は、素早く動き、常に敵を逃さない。


「ああ、獣共が集まってきましたわ。

 アストリッド、ナーシャを守って。」


とクローディアが忠告した。


しばらく私が動けない間、集まって来た獣を二人は、撃退してくれた。

逃げ回るのがやっとな私と違い二人は、手慣れたものだ。

動けない私を守って戦えるぐらいに。


黒い影が石畳の道路の上を素早く飛び交う。


大勢の敵に囲まれることもなく華麗なステップで敵を翻弄。

むしろ逆に他の獣から離れた奴を一匹ずつ誘い出して仕留めていく。


敵の攻撃を躱しつつ、瞬く間に鋭い一撃で敵を倒す。

横で見ているこっちまで目が回りそう。


ゾンビ、ヘルペスだらけの犬、毛むくじゃらになったかつての人間。

獣が次々に倒れ伏し、少女たちの笑い声が他人事のように耳に届いていた。


「どう?

 そろそろ気分が良くなった?」


よろよろと起き上がった私にアストリッドが声をかけて来た。

彼女の伸ばした手を取って私は、胸を抑えながらなんとか返事する。


「うん……。

 ………なんとか………うっぷ。」


これは、キツイ。

トラウマになりそう。


「…月は、見ちゃダメっていうけど…。

 そんなんで外歩ける?」


「慣れる慣れる。」


そういってアストリッドは、私の背中を叩いた。

渋々、私は二人に引かれて街の中に進んだ。




二人に比べれば私の戦いぶりは、()()()が上手だ。

よちよち歩きで獣を追いかけ、何度か武器を振り回してようやくって具合。

気が付くと敵に囲まれてしまっている。


「なんで…えッ!

 ああ、もう…嫌ッッ!!」


苦戦する私を二人が手助けする。


「あっはっはっはっは!

 落ち着いてー。」


「敵の動きをご覧になってください、ナーシャ。」


可哀想だけど弱そうな獣を練習台にする。

そうは思うけど三人の顔は、笑っている。


「■■■■■■■■■■…。」


獣の中には、逃げたり怯えたりする奴もいる。

姿は変わっても結構、人間っぽさが残ってるみたいだ。


今、私が仕留めた奴は、両手を組んで祈るように死んだ。


「……こいつら、話せば分かるんじゃない?」


私が二人に聞くとそれぞれ違う反応を見せる。


「はあ?」


アストリッドは、手のひらを上にして馬鹿にしたように肩を揺すった。

クローディアは、口をすぼめて眉を吊り上げている。


「狩人は、獣を狩るためにいるんだよ?

 獣が人間に危害を加えるとか大人しくしてるとか。

 そんなことは、関係ないんだって。」


アストリッドは、そう答えた。

隣のクローディアも呆れたように話す。


「極端な話ですが……。

 人間らしさを残している獣は、それに比して狡猾ですから。

 人間が嘘を吐かない動物なら、信頼できるのですけれど。」


クローディアは、そう答えた。


なるほど。

それが先輩狩人の哲学って訳だ。


「誰かっ!

 わ、私を助けるんだ!!」


絹を引き裂くような乙女の声。

ではなくオッサンの太い悲鳴が響き渡った。


「近い……ね。」


アストリッドは、短くそういって声のする方に走る。

私とクローディアも彼女を追う。


が、あっという間に私だけが二人から取り残された。

二人の脚は、文字通り風のように速い。


「誰かっ!!

 誰かいないか!?

 私を助けようという者はいないかっ!!」


叫んでいるのは、ペリカンのマスクを被ったオッサンだ。

さっきの看護師たちと同じ鳥マスクの集団の一人らしい。


でっぷりと太っていて狩人ではないらしい。

だって、ちっとも狩人に見えない。

私より酷い動きだ。


ペリカンマスクは、獣に囲まれている。

背割り長屋バック・トゥ・バックスの角に追い詰められていた。


彼の他にも鳥マスクの連中が何人かいたらしい。

みな、彼を守ろうとして先に死んでいったようだ。


「うう…!!

 くっそぉ………!!」


ペリカンマスクは、壁を背に唸る。


やっと私は、アストリッドたちに追い付いた。

私たちは、彼がいる路地より高い陸橋に立っていた。

二人は、助けずにペリカンマスクを観察している。


「なんで助けないの……?」


私が二人に訊ねる。

彼女たちの実力ならあれぐらいの獣を蹴散らしてペリカンマスクを助けられると思うのに。


「あれ、宿礼院ホスピタルの理事長だよ。」


アストリッドが腰に両手をついて言った。

どうも訳アリらしい。


「助けた方が面倒なことになりかねませんね。

 …でも、このまま見て見ぬふりをする訳にも参りませんが…。」


クローディアは、手で髪を耳に掛けながらいった。


どうやら偉い人らしいけど、それなりに面倒らしい。

確かに威張ってるのがすぐに分かる。


「ひいいッ!!」


ペリカンマスクは、銃をやたらと撃ちまくっていた。

獣たちは、それで彼に近づけずにいる。

けれどいつまでも弾がもつ訳ではない。


私たちには、残された時間がない。


「まあ、いいや。

 お礼を言って貰えるとは思えないけど。」


アストリッドがそういうと陸橋から飛び降りた。

そして木の葉が、すーっと風で舞うように獣たちに襲い掛かる。


クローディアもいつの間にか物陰から躍り出る。

ペリカンマスクがばら撒く銃弾を躱しつつ、美しく舞うように獣を引き裂いた。


オッサンの惨めな悲鳴を掻き消して獣の断末摩が溢れる。

看護師たちの死臭を上書きする獣たちの血と穢塊おかいの悪臭が立ち込めた。

この耳鼻に届いて胸がつかえる官能が狩人を堪らなく興奮させる。


私だって二人に続いた。

不格好ながら獣に錨を叩き付け、鎖を振り回して獣を脅した。


「おらおらおらー!」


私たち三人が助けに入ると獣たちは、あっという間に全滅した。

爽快だった。


「うう……!

 だ、誰だ、貴様らは……!?」


宿礼院ホスピタル理事長は、太い指で私たちをさして喚く。

まるで私たちが彼を襲ったみたいだ。


「ねえ?

 お礼ぐらい、言っても良くなぁい?」


アストリッドが胸を反らせていった。

しかしペリカンマスクは、不愉快そうに騒ぐだけだ。


「うるさい!

 どうせ、どこかで見てたんだろう!?

 私の部下たちが全滅するのを!!」


ペリカンマスクは、そういって彼の部下たちの死体を示した。

そして太った頬肉を揺らして汗を飛ばして大声をあげる。


「謝礼が目当てのくせに威張るんじゃないっ!!」


「ああ、うるさーい。」


ワザとらしく耳を手で抑えたアストリッドは、苛立ちを隠さない。

クローディアは、口を尖らせて眉をひそめている。


「どうしてこんなところに宿礼院理事長が?」


私が呆れたように彼に訊ねた。

ペリカンマスクは、理不尽に怒り狂って答える。


「うるさい!!

 私だって知らない!!

 目が覚めたらこんな場所で…っ!!」


「なるほど。

 良く分からない血を輸血するからこんなことになるんだよ。」


アストリッドがそう言って舌を出す。

ペリカンマスクは、拳を作って抗議する。


「ワクチンだ!

 何も分からないド素人がっ!!」


「素人なのは、貴方では?

 宿礼院理事長?」


クローディアも嫌味たっぷりに微笑みかける。


「うるさい!

 宿礼院は、狩人だけの組織ではないっ!!」


ペリカンマスクは、怒鳴った。


「銀行や産業、食品、医療、科学…。

 その他の様々な分野にも投資し、研究を行っている。

 我々の人類に対する貢献を考えてみろっ!?


 獣狩りしか能のない血に飢えた狩人どもめっ!

 この血にれた吸血鬼共がっ!


 もっと大人に敬意を払えっ!

 私がどれほど社会に貢献して来たのか理解してみることだなっ!?

 頭を使えないのかっ!?」


私たちは、顔を見合わせる。

やがて深呼吸して彼は、すこし落ち着いた。


「………話を進めよう。」


勝手にこの場の主導権が自分にあると思っているらしい。

きっと彼は、宿礼院では裸の王様なのだ。


「私をフィンチ療養所まで護衛しろ。

 こんなところで私を置き去りにするなど許さんぞ。」


「嫌だね。」


アストリッドが即答する。

しかしペリカンマスクは、諦めない。


「なんだと!?

 あとで酷い目に会うぞ。

 責任が取れるのかねっ?」


「酷い目に会うのは、貴方でしょう?」


クローディアが嘲笑する。

私も思わず吹き出してしまった。


「確かに…。

 その様子じゃ私たちが見捨てたら誰に報告することもできないみたいだけど。」


「そうはならんぞっ。

 私がこんな悪夢に落ちたことは、宿礼院本部も察知しておるさっ!

 助けが着いたらお前たちを吊るしてやるっ!!」


といってペリカンマスクは、強がった。

しかし膝が情けなく震え、何と無く心細さが背中から吹きあがってくるようだ。


だから私たちは、笑うのを堪えるので精一杯だった。

良い歳したオッサンが、ここまで怯えているのは、そうそう見られる物じゃない。


「はいはい。

 フィンチ療養所ね。」


アストリッドがそういってペリカンマスクの護衛を買って出る。

私とクローディアも不承不承で従った。




私たち四人は、来た道を戻り、フィンチ療養所を目指す。


途中、獣が私たちを見つけると逃げ出した。

流石に四人の狩人に襲い掛かる獣は、いないのだろう。


まあ、ペリカンマスクは、狩人ではないんだけど。


「ああ…。

 私の貴重な時間が浪費されてしまう。

 私がどれほど忙しい人間なのか分かるかっ?」


理事長は、独り言なのか時々、何か喚いていた。

喚くことで元気を取り戻そうとしているのだろう。

喚くごとに元気になっていった。


彼の足取りは、軽くなり彼の気分も軽くなった。

どんどん強気になり、不安が取り除かれて行くのが分かる。


「さっきは取り乱してしまったが金は必ず払うぞ。

 お前たちも気を悪くするなっ。」


私たちは、適当に聞き流して先を急ぐ。


このうるさいお荷物は、余計な獣を呼び寄せている。

まだ経験の浅い私にも厄介な獣が私たちを着けていることに気が付いた。


「ちょっと静かに…。」


私がペリカンマスクにそう言おうとした時だった。


「来る。」


アストリッドが短くそういった。


クローディアも獣狩りの銃を構える。

水銀弾を確認し、武器を握り直す。


私も何か敵の気配をアストリッドが感じ取ったのだと察した。

二人に倣って私も武器を確認する。


ただ一人、呑気に歩みを進めるペリカンマスクだった。

しかし彼には、強烈に匂い立つ獣の気配が分からないのだ。


「ああん?

 どうしたのだ、お前たち…。」


ふと立ち止まったペリカンマスクは、振り返って私たちを見る。

そして遅まきながら危機感を覚えたらしい。


まるで鶏が逃げるように両手を振って私たちの背後に引き返す。

雨で濡れた石畳の道に滑りながら懸命に腕を振る。

そして震えながら私たちの後ろに隠れた。


「なんだっ!?

 何が来る…!!」


やがて下水道のマンホールを押し開けて獣が現れた。

それは───デカい。


「■■■■■■■■■■■■■■■ァァァァーッ!!」


最初、不気味な灰色の人間が出て来ただけだと思った。

しかしそいつの身体は、蛇のようにマンホールから伸びる。


気味が悪いことに長く続く胴体には、腕がいっぱい生えているのだ。

それもキレイに並んでいる訳ではなく病気のイボみたいにまだらにだ。

その病的な姿には、思わず背筋がゾワゾワした。


「気持ち悪ッ。」


そう言って私は、目を細める。


獣は、といっても毛が無く肌色の悪い人間に見えるのだが───。

そいつには、おっぱいがあって女なのだと分かった。


「こういう場合、百足ムカデっていうの?

 それとも百手?」


アストリッドが口の端を曲げて歪に笑う。


「考えたくありませんわね。」


クローディアも口をすぼめて尖らせた。


きっとこれから激しい戦いになる。

私がそれを覚悟したか、しないかという間に。


「■■■■■■■■■■ァァァ!!」


巨大な獣は、アストリッドが一人で仕留めた。


まず獣狩りの銃で一発。

動きが止まった獣にとどめの一撃。

アストリッドの斬撃は、相手の胸から腹までカチ割ってしまった。


悍ましい寄生虫と内臓が吹き出し、獣は倒れる。

しばらく口だけが動いていたが、それも止まった。


「ひい…っ。

 お、おい、死んだのか、そいつはっ!?」


ペリカンマスクは、壁に背中を擦り付けながらそう言った。

血だらけのアストリッドが振り返って答える。


「うっさいなあ。

 さっさと先に行くよ?」


「く、くう………。」


ペリカンマスクは渋々、静かにすることにした。

私たちの後について歩く間は、そうして貰おう。


それにしてもアストリッドもクローディアもとんでもない狩人だ。

私は、大きな獣の死体を振り返りながら、ゾッとした。




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