アナスタシア
人は、惨めな存在を憎むもの。
取り分け、兄はその最たる存在と言えた。
友人もなく、まともに他人と会話することさえできない。
虫や動物にさえ、番がいるというのに兄を愛してくれる人はいない。
兄は、最初から人生に敗北していたのだ。
だがそんな人間がいると家族は、地獄だ。
皆、兄に愛憎入り混じった感情を抱いていた。
しかしどれほど彼を愛そうとしても不快感には、勝てなかった。
まず醜い容貌。
次に不快な言動と不可解な価値観、独善的な発想。
そして、ただただ不気味だった。
「兄に似ている。」
「兄と同じ。」
「兄と一緒。」
これらの言葉は、家族にとって最大の侮辱的表現だった。
彼と結び付きがあることを考えるだけで家族は、不快だったのだ。
自分も周囲から彼と同じように見えていると考えるだけで、ゾッとした。
決定的だったのは、兄が生物学的に家族ではないと立証されたことだ。
彼は、家族とまったく血の繋がりがなかったのだ。
あるいは、両親がそう信じたかったのかも知れない。
親子鑑定の結果を通知する薄っぺらな紙を見たのは、夢だった。
父が、母が、私自身が。
兄にやはり似ていると感じるところがある度に。
身震いするほどの怖気と共に、そう思うのだ。
災害、戦争、不況、そして老いる両親。
少子高齢化は、うちの家庭でも進行していた。
いずれ80歳の両親や兄を、50歳で独身の私が介護するのだ。
そんな日々で私は、悪夢を見た。
とても不吉で人には、話せない内容の夢だ。
そこでは、私が忌々しい制約から解放され、すべての悪徳を満喫していた。
悪夢の中で何度となく学校の先生、クラスメイトを虐殺した。
兄は、もちろん家族も、近所の連中も殺してやった。
現実の世界で禁じられた蕩けるような惨劇を自分の手で。
初めは、目覚める度に良心が責められ、自分を嫌悪した。
でもこれは、私だけではないと心が叫び続けていた。
誰もが嫌いな人の死を思い浮かべることぐらいあるはずだ。
自分は、異常な人間ではない、と。
それも次第に恍惚に代わり、私は、血に酔って死を振り撒いた。
やがて知り合い、創作の登場人物、歴史の偉人、アイドルや有名人。
およそ私が知るあらゆる人間が悪夢に伍して血に染まった。
もはや私は、誰であっても喜悦の内に傷つけることができた。
悪夢の中の私が美しい猟奇殺人鬼に仕上がると私は、深く長い夢に落ちた。
その長い悪夢をここに語ろう。
君の指を齧りながら………。