聖女さまが好きだから婚約を解消したのはそちらでしょう
清貧暮らしに耐えられないと元婚約者に泣きつく話にしようと思った
恋と言われると微妙。幼い時から親同士が仲良かったので子供同士で結婚させたいねと話をしていたから結ばれた婚約者だった。まあ、それでも、どうしても相性が悪かったり、他に想う人が居るのなら解消してもいいからねと告げてくれるなどとわたくし達の親はいい人だったのだろう。
まあ、身分がそこそこあり、政略結婚しなくても別にいいくらい権力を持っている立場だから言えるだろう。同じくらいの年齢で身分が釣り合う相手がほぼいないというのも理由と言えば理由だろう。
「婚約サセナキャ」
「目ヲツケラレタラ危険」
よく分からない呪文を言って婚約が決まったのを覚えている。
相手に対して不満はない。恋愛ではなく姉弟間とか友情に近い感情だが好意もある。
「マリアンヌ。俺は運命の相手に出会ったんだ」
そんな婚約者が頬を赤らめて、うっとりとした表情で虚空を見つめている。
「まあ、それはおめでとう。で、どんな方なの?」
ずっと一緒に居た人に先越された気持ちもあるが、好きな人が出来たのはいいことだとお祝いの言葉を述べる。
「ああ。彼女はテレジアと言って、隣国の聖女なんだ」
「聖女っ⁉」
まさかの相手に声を荒らげる。運命の相手が見つかったのはいいことだが、聖女ってその国によっていろいろ扱いが違ったりして……生涯独身であるべきとか逆に王族との結婚を義務付けられているとか。
「ああ。とても素敵な方で、身分を問わずいろんな方の相談に乗っていて、俺もあの方に相談に乗ってもらっていたんだ」
「相談するような悩みがあったの?」
知らなかったわと相槌を打つと、
「ああ。相談するのにいかに深刻なことを言えば親身になってくれるだろうと思って、お前と言う妹にしか思えない我儘な娘が婚約者だってことの悩みや苦しみを延々と」
「はいっ⁉」
今、なんて言った。後、お前の妹になったつもりはない。お前が弟ポジだろう。
「お前に暴力を振るわれたとか、物を奪われたとか盛りに盛って盛りまくって、愛情が無い関係だと伝え続けてきたんだ」
「盛りに盛って………わたくしの話……」
「いいだろう。お前だって、真実の愛の手助けになるのだから」
「………」
よく分からない理屈で人を悪女に仕立て上げて慰めてもらって絆を深めてきたのか。
「…………わたくしに不利益が来ると思わなかったのですか?」
「なんだ急に敬語なんて使いだして、気持ち悪いぞ。大丈夫だろう隣国で少しくらい悪評が付いてもうちの国までそんな話が来ると思えないし、お前の為人を見ていればすぐに根も葉もない噂だって気付くだろう」
「…………………」
つまり、改める気はないと言うことか。
「――分かりました。婚約解消の件お父さまにしっかりお伝えしておきます」
「ああ。そうしておいてくれ。じゃあ、俺は自由の身になったからテレジアにアプローチして来るから!!」
好き勝手言ってあっさりと去って行く元婚約者を冷たい眼差しで見送り、わたくしは自分の周りにいる侍女が数人すでにお父さまとお母さまに報告に向かっているのを気付いていたのであの元婚約者のやらかしが正確に伝わっているだろうなとすぐにお父さまの元に向かって行く。
「次の婚約者を見付けてもらわないと……」
運命の相手とか恋愛をしたい気持ちはあったけど、運命の相手と仲良くなりたいがために人の根も葉もない悪行を捏造して告げてきたと報告してきた元婚約者を見ていてそんな愚かなことをするようなら恋愛などしたくないと今まで心の奥にあった憧れが木っ端みじんに砕けた気がした。
それからわたくし達の婚約は円満(?)に解消された。
わたくしに汚名を被せて真実の愛の相手と親密になるという方針を取った元婚約者の頭の中のお花畑ぶりに彼の両親は酷く呆れて、怒り狂い東洋の最上級の詫びの方法だと土下座をして、腹を掻っ捌こうとしていた。
ちなみに元凶の元婚約者を介錯すると剣を取り出したので、さすがに流血沙汰はと慌てて止めて、家族の縁を切る。追放だと一銭も渡さず、追い出したそうだ。
まあ、着の身着のままなので上品な服も服を彩る宝飾品もしっかりあったのでよほどの事が無い限り数か月は暮らしていけるだろうと僅かな親心があったようだが。
元婚約者はその後聖女である運命の相手の元に行き、家族と縁を切られたと嘆いて彼女の所属している教会でお世話になっていると念のために様子を窺っていたお父さまが部下から報告を受けたのを教えてくれた。
「マリアンヌを幸せにしてくれるならゴリラでも……いや、ゴリラの方が性根はいい。あんな奴にマリアンヌの婚約者の座を与えたのが一生の不覚だ」
お父さまは自分に言い聞かせるように延々と言い続けて決まった次の婚約者。
「ライガ・オースティンと申します」
厳つい顔で子供が泣きだしてもおかしくないほどの逞しい体格の方だったが、初めて会った時のさり気ない気づかい。わたくしが熱くて飲めないのに気づいて冷ましやすいように冷たい果物を持ってきて、
「この紅茶には苺を入れると甘みが増すんですよ」
紅茶に入れるといいと教えてくれたり、外の景色で気になったものがあったのに気づいて、
「温室には、東洋の植物が満開を迎えているんですよ。確か、梅という縁起のいい花だとか、話も区切りがつきましたから見に行きませんか」
エスコートをして一緒に見に行ってくれた。
それから、こちらの反応を見ての話題提供。今はまっている書物の話をすると、
「**語で翻訳された本を知っていますか。我が国の本ですが、それを翻訳したら我が国独特の言い回しを翻訳するのに試行錯誤している様がありありと伝わってきて面白いですよ」
本を貸しますよと用意してくれて新たな発見を教えてくれる。
自分の顔が女性に恐怖感を与えるものだと自覚しているからか必死に怖くないように気を付けている様は可愛らしくて、微笑ましくて、見ていると幸せな気持ちになってくる様にああ、この人と結婚したら幸せになれると思えるとそんな気がした。
新しい婚約者との絆を深めていると、
「ゴリラでもいい。娘を幸せにしてくれるなら………」
呪文のように唱えているお父さまを時折見かけた。お母さまはお母さまで、
「いい方に捉えるのよ。あの方がマリアンヌの義理の父親になるのだから……」
と必死に何かを説得させていた。
意味が分からなくて首を傾げていると婚約者は困ったように、
「母の一族はゴリラで有名なので…………」
婚約者の成り手がおらず、妊娠が発覚した時同じ年頃だと婚約者にさせられるかもという危機感で子作りを止めた夫婦が多数いたとかと説明してくれて、ああそれで同世代がほとんどいないのかと納得した。わたくしの婚約が早くに決まったのも候補にあがらないためだったとか。知ってよかったのか知らない方がよかったのか悩む話題にあいまいに微笑んで聞くことしか出来なかった。
そんなこんなで充実した日々を過ごしていたら。前触れもなく元婚約者が訪れていると執事から報告があり、婚約者と楽しくお茶を飲んでいたのを邪魔をされて眉を顰めてしまった。
「お父さまとお母さまは……」
二人とも仕事で出掛けている。あの二人がいない時間は婚約期間でよくあったことだからルーティンを覚えていたのだろう。あえて、二人のいない時間にわたくしが対応するしかないのを知ってきたとしか思えない。
「中に入れない方がいいでしょうか……」
「いえ、たぶん。すんなり去らないでしょう」
元婚約者はそういうことをよくする人だった。自分の意に沿わないことは文句を言って、暴れたりこっちが譲るまで動かなかったことが多く。それに何度謝罪をした事やら。
「仕方ありません。――少し席を外します」
婚約者に頭を下げると、
「大丈夫ですか?」
「ええ。少し話をしてくるだけですから」
微笑みながらさて、玄関にと向かい掛けたら、
「マリアンヌ!! 君が寂しがっていると思って戻ってきたよっ!!」
玄関で待っているように伝えてきたはずだろうに、いつの間にか庭を回って目の前に現れてきた。
「寂しがっている……?」
何のことを言っているんでしょうか。この人は。
「ああっ!! 俺と婚約を解消したらやけになってゴリラと婚約するとか。君をそこまで追い詰めていたなんて」
意味が分からない言葉でそんなことを言ってくる元婚約者はこちらに向かって抱きしめてこようとするのでそれを避ける。
「照れているのか。マリアンヌ」
「…………」
何言っているんだこいつ。
「………真実の愛はどうしましたの?」
真実の愛とかほざいて……いえ、真実の愛に目覚めたら婚約は白紙にしていいと昔からの約束でしたが、真実の愛の相手に近付くために人を悪人に仕立てて盛りに盛って盛りまくった結果悪女になったわたくしとよりを戻そうなどと………。
(戯言を言うのなら自分の家で夢の中で言えばいいのよっ!!)
「えっ?」
「わたくしの聞いた話では勘当されて真実の相手のところで世話になっているとか」
わたくしの言葉に、元婚約者は目を泳がせて、
「聞いてくれよ。テレジアは、俺を助けてくれると言ったのに粗末な物しか食べさせなくて、冷遇するんだ」
元婚約者の話を聞き流しつつ、近くの執事に視線を送ると、
「教会では清貧を心掛けて、質素な食事で肉は鳥か兎。魚を自分で食べたかったら捕らえ、自分で調理するという決まりがありました」
そっと耳元で報告をしてくれる。
「自分は肉を食べているのに分けてくれないし」
「自分で捕らえ、命を頂くことに感謝するという教えだったそうです」
「………」
元婚約者の冷遇だと語る内容と執事の語る真実に言葉を無くす。自分の都合のいいことしか考えていないのは変わっていない。
相手をするのも無駄だなと追い出してと扇子を振って合図すると、長年婚約者として接していたからかこちらの動きを読み取って、
「助けてくれるだろう!! 俺のこと好きなんだからっ!!」
腕を伸ばして引き寄せようとしてくる。その勢いに思わず目を瞑ってしまうと、
「――私の婚約者に何をする」
「ライガさま……」
今の婚約者のライガの背中が目の前に現れて、元婚約者の動きから守ってくれたことに気付く、
「すまない。本当は手出しするつもりはなかったが」
こちらに視線を向けて謝罪するさまは大型犬のように耳を垂れているように見える。
「自分で何とかすると言っていたのに申し訳ない」
そういえば……。
『大丈夫ですか?』
『ええ。話をしてくるだけですから』
と少し前に言っていたからずっと傍で見守ってくれていたのだと気付くとなんだか胸がポカポカしてくる。
ライガさまの背中越しに元婚約者を見るとライガさまの存在に怯えて足をがたがたと震わせて、
「オ……オースティン大公子息……さま」
絞り出すように彼のことを呼ぶ。
「ああ。――知っていたか。マリアンヌ嬢は私の婚約者でな」
「もっ、申し訳ありません…………」
必死に涙を流して謝罪する。ライガさまは何もしていない。威圧感も出していないが、彼はその凛々しい顔立ちで相手を怯えさせて子供に泣かれてしまうことが多い事実を思い出す。
(格の違いが分かるわね)
「――手を離して大丈夫ですよ」
ライガさまに伝えるとライガさまは頷いて手を離す。
その途端、支えが無くなったので腰を抜かし、どこからか水の出る音が聞こえたが、淑女の嗜みで聞こえなかったことにしておく。
「聖女さまが好きだから婚約を解消したのはそちらでしょう。真実の愛を最後まで大事にしてください」
しっかり引導を渡すともう興味ないと視線をそらし、執事に視線を向ける。
「玄関まで送ってあげて」
命じると執事が数人の男性を呼び、引き摺るように運んでいく。すぐに先ほどまでいた場所を掃除をしだすメイドの姿。
「わたくし達も場所を移動しましょう」
「えっ、ええ。そうですね……」
ライガさまの腕に手を回して微笑む。こちらを気遣うような眼差しが嬉しくて微笑んでしまう。
「ライガさま好きです」
「えっ⁉」
「ふと言いたくなりました」
この人の優しさが好きだ。元婚約者に会ってあの男によって実は傷付いていたのに気づいた。でも、それもライガが優しく癒してくれていた。
ああ、わたくしも真実の愛を見付けられたんだとやっと認めることが出来たのだった。
ライガはhttps://syosetu.com/usernovelmanage/top/ncode/2637013/の王子とアリシア(辺境伯令嬢)の息子です。




