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七章

今日は、図書委員の仕事があり、図書室で本を読んでいた。

仕事といっても、本の貸出時に学生証と本のバーコードを読み取るだけの簡単な仕事だ。

最近では、わざわざ図書室に本を借りに来る様な生徒は少ないため、基本的に貸出カウンター内に閉館時間まで座っていれば仕事は終わる。

僕はその間、本を読んでいるだけだ。

図書当番の際に時間的拘束が発生するため、図書委員の仕事はあまり成りたがる人間が少ないが、個人的には、僕は図書室という場所が好きなため、この仕事が嫌いではない。

それに、他の委員会の仕事に比べてこき使われる様な仕事も少なく、図書当番としての時間的拘束でも、本を読んでいればあっという間に時間が過ぎる。

今日も、本を読んで、あっという間に時間が過ぎ去ってしまうものかと思っていたのだが、予期しない来客があった。

「あ、真言いた。暇してる?」

そう言いながら、由奈は図書室に入ってくる。

「いや、仕事中なんだけど?」

由奈は、僕の返答を聞くまでもなく、カウンターから一番近い席にこちらを向いて腰掛ける。

「じゃあ、聞き方変えるけど、本借りに誰か来た?」

「いや、誰もこないね。」

「じゃあ、やっぱり暇じゃん。」

「それはそうだな。」

「暇だし、ちょっと話さない?」

「一応、図書室は私語厳禁なんだけど。」

「そうは言っても、私たち以外誰もいないじゃん。」

由奈はそう言って、図書館内を見渡す。

「まあ、そうだね。」

実際問題、図書室内には、他の生徒どころか、顧問の教師すらいなかった。

「誰か来るまでは大丈夫でしょ?」

「まあ、いいけど。何か話すようなことあったか?」

個人的には、これといった話題が思いつかなかったが、由奈の方は、始めから話したい内容が決まっていたようだ。

「瑠璃の話なんだけど、留学先についての話、何か進展あった?」

ついこの間、留学するつもりという話を瑠璃からされたこともあり、すごく、タイムリーな話題ではある。

ただ、わざわざここで、僕に直接聞きに来るのは、由奈も何か、瑠璃から聞いたのだろうか?

もしかしたら、瑠璃の選択についてなら、僕なんかより由奈のほうが知っているのかもしれない。

「この間話したばっかりだけど、留学の話については受けるって聞いたよ。」

「あ、そうなんだ。そうか、結局、留学するんだ。」

僕の予想に反して、由奈はこの件については知らないようだった。

「由奈は、瑠璃から聞いてなかったのか?」

「ちょっと話はしたんだけどね。でも、そのときは結論まで聞けなかったから。」

俯き気味で話す由奈の雰囲気は、普段に比べると暗く感じられる。

「そうなんだ。」

「真言は、瑠璃が留学するって聞いてどう思ったの?」

「どうと聞かれても、何とも。前話した通り、瑠璃の意思が最優先だと思っているから、留学に対して、それ以上の意見は無いよ。」

「ふーん。そうなんだ。てっきり、留学するって聞いたら、意見ひっくり返すかと思ってた。」

「そんな一貫性のない発言は、始めからしないよ。」

「でも、本心では行って欲しく無いって思ってるでしょ?」

「そりゃあね。遊び相手がいなくなるのは寂しいから。」

「本当にそれだけ?」

普段の由奈では考えられないくらい、しつこく追求を繰り返してくる。

ふと、先日の賢人との会話でも、似たような話をしたことが思い出された。

「なんだか、今日は随分としつこいな。」

僕の言葉に対し、由奈は即答せずに間をおいた。言うべきか少し迷っているようにも見える。

だが、結局は言う気になったようで、一度閉ざした口を再度開く。

「私の想像では、真言のさっきの発言は、本心と違うことを言っていると思っているから、だからついね。」

本心と違う、か・・・。僕の本心としては今、どういう解答が正しいのだろうか?

少なくとも今は、瑠璃に対して何か、特別な感情があるようには思えなかった。

「残念ながら、その想像はただの妄想だよ。今の僕は、何か嘘をついたり、本心を隠したりしているつもりは無いよ。」

「ふーん・・・。」

曖昧な反応だけして、由奈は黙り込んでしまう。

しばらく、僕と由奈の間に沈黙の時間が流れる。

図書室という場所は、普段は沈黙が当然の場所にも関わらず、今回の沈黙には居心地の悪さを覚えずにはいられなかった。

その沈黙を由奈が破る。

「真言はさ、瑠璃のこと、好きなんじゃないの?」

「は?何だよそれ・・・。まあ、人としては好きだとは思うけど。」

「女の子としては?」

普段の由奈の会話では、考えられないような言葉が飛び出してきて、正直面食らった。

「おいおい、突然どうした?随分と由奈らしくないこと聞いてくるな。」

「真言の言う、私らしいっていうのは、真言の目からした私らしさのことでしょ?普段の私なら、これぐらいのことは言うよ。」

普段では感じられない雰囲気で話す由奈に、心のざわつきを感じる。

「女の子としてねぇ・・・。よくわからないんだよなぁ。」

「よくわからない?っていうのは?」

「うーん。まあ、普段、そんなに男女を意識しないと言うか・・・。それこそ、女の子としては見てないっていうのが正しいかなぁ。」

「じゃあ、瑠璃とセックスしたいと思わないの?」

「ブッ!」

こいつ、なんて言った!?

反射的に由奈の顔を見ると、普段より少し赤いように見える。流石に羞恥心無くそういう発言をしているわけではないようだ。

「どうなの?」

「おま、女子高生がセッ・・、とか、びっくりするだろうが!」

「真言って、何だかんだ言っても純情だよね。ま、そこが良いところなんだけど。で、どうなの?」

「どうなのって、そりゃ・・・。」

つい、瑠璃とそういう行為をする想像をしてしまう。

何と言うか、そういうことをしたいという気がしなくはない。男子高校生なんて、そんなもんだろうとも思うが。

「あ、こいつエロいこと考えてるな。」

由奈がジト目でこちらを見る。

「お前がそう仕向けたんだろ!男子高校生なんてそんなもんだわ!」

「それはそうだと思うよ?でも、その上で瑠璃を女の子として見てない、とは言わないよね?」

「・・・。」

まさに、ぐうの音も出ないという感じだ。

「因みにさ、私のことはどうなの?」

「は?どうって?」

「その、セックスしたいと思うかってこと。」

由奈は自分で言っておきながら、恥ずかしそうに目を背け、頬を染める。

「は、はあ?おま、何言ってるんだよ!?」

僕は今にも頭がパンクしそうだった。

同級生女子の口からセックスという言葉が出ただけでも、目を白黒させたのに、さらに自分とセックスしたいか、何て聞かれようものなら、どうしたらいいのかがわからなかった。

「・・・どうなのよ?」

恥ずかしそうに、顔を背けたまま、目だけこちらに向けて問いかけてくる。

「そりゃ・・・男子高校生なら、思わなくはないよ・・・。」

由奈の目が見れず、顔を背けてしまう。

多分、今の僕の顔は、由奈以上に真っ赤に染まっていることだろう。

「ふーん・・・、そっか。」

そういう、由奈の顔を、僕はちらっと横目で見たが、どこか嬉しそうだった。

僕は、次に言葉が思いつかず、黙り込んでしまう。

由奈も、何も話す様子がなく、しばらく無言が続いた。

少しして、由奈が口を開く。

「じゃあさ、私と付き合わない?」

その言葉を聞いて由奈の顔を見る。

一瞬、由奈の言葉が理解できなかった。

まさか、由奈の口からその様な言葉を聞く日が来るとは、思いもしていなかった。

それを言った本人はというと、何というか、自信が無さそうな顔をしていた。

「え、いや、その、僕に対して言ってる?」

「真言しかいないのに、真言以外の誰に対して言うの?」

「えっと、その・・・。」

あとに続く言葉が思いつかず、黙り込んでしまう。

「即答しないってことは、そういうこと?」

「・・・そういうことって?」

「察しが悪いなあ。男子高校生は性欲まみれ、ってさっきの話からしてもわかっているんだし、なのに即答しないってことは、・・・そういうことでしょ?」

「それは・・・。」

瑠璃の目には、もう結論が見えているのだろう。見透かされていると感じる。

由奈は大切な人だし。必要不可欠な存在だ。周りの人間とは違う、特別な存在であることは確かだ。

だが、それは異性としてではない。友達として、親友と呼ぶほどの仲として、特別な存在だ。

例え、関係が一年だったとしても、それはかけがえのない一年だったことは確かだ。だが、その一年があったからこそ、確信の上で、由奈に対しての僕の想いは、はっきりとしている。

「えっと・・・、ごめん。そういう風には見れないから・・・。」

僕の答えを聞いて、長い沈黙が訪れる。

由奈の顔はというと、聞くまでもなくわかっていたといった表情をしている。

「・・・はーーー。そんなところだろうとは思ったよ。」

「ごめん・・・。」

「とりあえず、一発殴らせろ」

「は?」

「歯、食いしばれ。」

「ちょ、暴力反対!」

「ふん!」

力の入ったビンタで頬を叩かれる。結構痛い・・・。

由奈は機嫌が悪いといった顔でそっぽを向く。

「暴力は良く無いと思うな・・・。」

「人を振っておいて、口答えするんだ?」

「僕にも、選択の権利ぐらいはあると思うんだが・・・。」

「私を相手にして、選択の権利!?真言のどこにそんな余裕があるのよ?あーあ、なんでこんなやつ、好きになったんだろ。私を振るような男、ロクなやつがいるわけ無いのに。」

「そこまで言いますか・・・。」

「うるさい、発言を許可した覚えはない!」

独裁者のようなことを言い出す始末だ。

「でも、私を振るっていうことは、内心でも分かってるんじゃない?瑠璃が好きなんだって。それとも、他に好きな女でもいるの?」

確かに今なら、恋がどうとかいう話に関心の薄い僕でも、瑠璃と由奈の二人に対しての意識に違いがあることが、自覚できる。

ただ、その違いが、愛だとか、恋だとか言えるものなのか、僕にはしっくりこなかった。

自分という人間がそんな感覚を正しく享受できるのか。

自分という人間は浅ましくて、愚かな人間なんだという思いがあるせいで、自分の心を正当化することができない。

だからこそ、こんな回答になってしまう。

「うん、まあ確かに。瑠璃のことが好きなのかも。」

「また、微妙な反応。何で、もっとはっきりとした答えが出せないわけ?」

「いやぁ、それこそ、僕という人間であるが故って感じじゃないか?はっきりとした回答をする僕は、僕じゃないというか・・・。」

「もっとはっきり言ってよ!じゃないと、私が納得いかないの!」

先程までの落ち着きとは違い、由奈の急な激情に、僕は怯んだ。

大声にびっくりしたのもそうだが、普段では考えられない、その感情の起伏っぷりにも、驚きを覚えた。

「・・・その、はっきりと言えるほど、思いの整理がついてないというか」

「だったら、私と付き合ってよ!」

「そ、それはでも、由奈に失礼じゃないかと思うし・・・」

「別に私は、真言に誠意を見せてほしいとか、そんなこと、思ってない!ただ、私といて欲しい。その証明と言える想いが欲しい。ただそれだけのことなの!ただ、それだけなのに・・・絶対・・・瑠璃より・・・私の方が、真言のこと・・・好きなはずだから・・・だから・・・。」

さっきからずっと、泣くのをこらえている様な顔で話していたが、ついにはこらえきれなかったらしく、顔を覆って俯いてしまう。すすり泣く様な音が聞こえてくる。

「ごめん・・・それでも、僕は、由奈を恋愛対象として見ることはできない。」

「何でなの・・・?私のどこがダメだっていうの・・・?」

「ごめん・・・。」

それ以上の言葉が出てこない。そもそも、今この場で僕が何か言えるような状況ではないだろう。

僕も由奈も言葉を発さないまま時間が過ぎ、気が付いたときには、閉館時間となっていた。

「・・・あの、大丈夫か?」

「大丈夫だと思う・・・?」

「あの、ごめん。でもそろそろ、ここ閉めないといけないから・・・。」

由奈は心を落ち着かせる様に深く息を吐いた。

「・・・わかった。じゃあ、先帰るね。」

由奈はそういうと、僕の言葉は聞きたくないという様に、そそくさと図書室から出ていってしまった。


由奈が去ったあと、図書室の施錠をして鍵を職員室に返し、学校を出た。

今日は事前に瑠璃の家に行く連絡をしていたため、僕は瑠璃の家に向かった。

正直、今から瑠璃の家に行くのは気が重かった。

それと同時に、普段通り瑠偉とゲームしていれば、今のどうしようもない感情も、どうにかできるんじゃないかとも思った。


瑠璃の家に付き、インターフォンを鳴らす。が、反応が無い。

トイレにでも行っているのだろうか?と思い、ラインで連絡を入れて暫く待ってみる。

だが、それでも反応が無い。寝ているのだろうか?

普段なら、ここまでしなくても反応があるのだが、仕方ないので電話をかけてみる。

だが、これでも反応が無かった。

もしかしたら、今日は都合が悪かったのかもしれない。

だとしたら帰ったほうが良いかもしれない。

でも、今まで都合が悪くて連絡が取れず、家に行っても顔を見せないなんてことは無かった。

どうしようかと家の前でスマホを見ながら悩んでいるうちに、五分、十分と時間は過ぎていく。

それでも、瑠璃からの連絡は来ない。

なぜ連絡がつかない?

この時間は、普段ならいつも家にいるはずだが、今日はなぜいないんだ?

どこかに行くような用事はあっただろうか?

そう思ったとき、ふと、留学の話が頭に浮かぶ。

留学の話は、もっと先の話だろうし、たかが連絡がつかないだけで、留学の話になるのは、話が飛躍しすぎている。

ただ、その嫌な妄想が、僕のことを異様に急かしてくる。

留学でなくとも、どこか遠くに行ってしまったのではないだろうか?

いても立ってもいられず、どこか瑠璃が行くような場所はなかったか、思い出して、手当たり次第に探してみる。

駅前の本屋、ゲームセンター、カフェ、何度か瑠璃と行ったことがあった場所を手当たり次第にあたってみたが、そのどこにも瑠璃の姿は見つからない。

行先が思いつかなくなり、どこか他に行き先は無いか、過去の記憶を遡ったところ、以前に一度だけ、気分転換とかいう理由で行った、丘の上の公園を思い出す。

正直、今回そこに行ったかは不明だが、他に候補もなかったため、ひとまず、そこに向かうことにした。



丘の上にある公園は、以前来たときと同じく静まり返っていた。

正直、瑠璃がここにいるとは思えなかったが、僅かな可能性にかけて辺りを見渡すと、予想外にも、一人でブランコを漕ぐ瑠璃がそこにいた。

「瑠璃!」

僕は思わず、大きな声で瑠璃の名を呼んだ。

「あ、真言、来たんだ。」

そう答えた瑠璃の表情は、何か物思いに耽っていたかの様な、ぼーっとした表情だった。

僕は、瑠璃のいるブランコの傍まで駆け寄る。

「なんでこんなところにいるんだ?今日は行くって連絡入れてあっただろ?」

「気分転換がしたくてさ。」

心ここにあらずといった様子で答える瑠璃。

「気分転換?何か悩みでもあるのか?」

「留学のことなんだけどさ・・・。」

「何だ、今更になって悩んでるのか?瑠璃らしく無いな。」

正直、珍しく思った。普段の瑠璃なら、一度決めたことをウジウジ悩むようなことは無かった様に思う。

「私らしいか・・・。真言はどうしたらいいと思う?」

前にも似たようなことを聞かれたように思う。

「僕?僕は・・・、瑠璃の自分の意思が重要だと、思うよ。」

正直、言っていて、これは瑠璃の求める答えと違うのではないか、という気もしたが、ほぼ反射的にこの回答をしていた。

「そうじゃなくてさ・・・。」

それだけ言っていて黙り込む瑠璃。

何となく言いたいことはわかる。

少なくとも瑠璃自身の中に無い答えが欲しいのだろう。

それでいて、選択肢がほしい訳でもない。

その上で僕がするべき答えは・・・、

「僕は、僕としては、瑠璃に留学してほしくない。」

「・・・何で?」

次の言葉を、言うべきか、言うべきではないか、正直迷った。

少なくとも、すんなりと口から出てきてくれはしなかった。

それでも意思を決め、小さく深呼吸し、その言葉を口にする。

「僕は、瑠璃が好きだと思うから。」

瑠璃の目を見て、僕は言った。

由奈に返事をしたとき、僕には曖昧な想いがあった。けど、瑠璃がいなくなってしまったのかと思い、探し回った今の僕には、少なくともあのときとは違う、明確な想いがあることを自覚している。

僕のこの想いは、異性としての好きな気持ちなんだろう、と。

いなくなってしまった犬や猫を心配して探すときとは違う感情が、確かにあった。

相手に対しての想いがあるからこそ、ここまで必死になって探し回ることができた。

だからこそ今、僕は、僕の想いを伝える。伝えなかったことを後悔しないために。

「そっか。そうなんだ。ふーん。」

瑠璃はイエスともノーとも言わなかった。

僕の言葉について少し考えた素振りの後、質問を投げかけてくる。

「思うからっていうのは、何で?」

わざとなのか、そうじゃないのかわからないが、今の会話内容の本質から逸れた質問をしてくる。

「何でっていうと?」

「別に、ストレートに好きって言ってくれれば良くない?」

確かに、それはそうだ。瑠璃に問われて、どう説明するかに少し迷う。

個人的に意味があっての言葉ではあったが、それを明確に言葉にするのは少し難しく感じる。

自分の中で、自分なりに言葉をまとめ、それを説明する。

「それは、この告白が、僕自身への確認でもあるから。瑠璃のことが、女の子として好きなんだっていうね。まあ、ちょっと日和ったように聞こえたかもしれないけどね。はは。」

照れ隠しに少し笑ってしまった。自分のことながら恥ずかしい・・・。

「ふーん。」

瑠璃の返事は素っ気なかったが、照れているのか、頬が少し赤くなっている様に見えた。これは別に、辺りが夕日に染まっているからではないだろう。

瑠璃からの返答がなく、こちらから話すような雰囲気でも無かったため、二人揃って夕日を見つめた。

内心、『もしかしてこれ、ダメなパターンか・・・?』とも思った。

そう思っていたとき、沈黙を割って、瑠璃が話しかけてくる。

「ねえ、真言。」

「うん?」

「私、真言のこと、好きになっていいかな?」

その言葉を聞いて、僕の心の中で靄がかかっていた部分の靄が晴れた様な気がした。

瑠璃もまさに、僕と同じ心情だったのではないだろうか?

僕には恋愛経験と呼べるようなものが無く、恋というものを知らなかった。そしてそれは、瑠璃も同じだったのだろう。

だから、人として、友達としての好きという感情は知ってはいても、異性として、恋愛感情として好きというものを知らなかった。

けど、僕は瑠璃と出会って、瑠璃は僕と出会って、会話をして、お互いを知って、この感情を知った。恋愛という、今までに経験が無かった感情を。

そんな、曖昧な感情を持ったまま、ここまで至った。

そして今、決断を迫られて迷っている。

なら、僕は、その背中を押してあげるべきだ。

「うん、いいよ。」

僕は、できるだけ優しい声で、そう答えた。

そもそも、本来なら、僕が許可を出す必要があるものでは無いのだろう。

けど、この質問は未熟さ故のものであり、僕が瑠璃の側なら、そうして欲しいと思うだろうから。

「・・・良かった。」

瑠璃はそれ以上、何も言わなかった。

僕も、何も言うことはなかった。

それ以上の言葉は必要ないと思ったから。

ふと、遠くの夕暮れ空を見上げる。

その景色はいつまでも見ていたいと思える程、美しかった。

だが、この景色も少しすれば暗闇が包んでしまうことだろう。

この時間、この一瞬は、このときにしかありえない。

だからこそ、今見ている夕暮れの景色は、これ程までに美しいのだろう。


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