三章
五月十七日 水曜日
いつも通り、七時のタイマーの音を聞いて目が覚める。
今日と明日の二日間は中間テストがある。
この二日間は三限目終了後に帰宅できるのだが、僕は基本、真面目な方なので、今日の帰宅後は勉強に時間を使うつもりだ。
わりと一夜漬けタイプなので、テスト前日に徹夜とかまではしないが、前日に勉強しておくと、翌日に結果が反映されやすい。
そもそも、午後の授業が無かったとしても、基本的にやることがないので、やっつけで勉強している、という感じではあるのだが。
いつも通り、仕度を整えて登校し、学校に着く。
ホームルームが始まるまで時間があるが、今日はテスト前ということもあり、スマホではなく、教科書を開いて、前日までに勉強した内容の復習をする。
今日のテスト教科は理科、社会、国語で、明日は、数学と英語がある。
一人、黙々と勉強を続けていると、少しして教室がざわつき始める。
何事かと思い顔を上げると、どうやら瑠璃が登校して来たことに対してのリアクションだったらしい。
瑠璃が今日登校することは事前に聞いていたし、先日、直接伝えに行ったこともあって知っていたので、僕としては、ちゃんと登校したことにホッとしたぐらいの感想しか思いつかなかった。
「真言、おはよー。」
瑠璃が僕に挨拶して、僕の目の前の席に着席する。
今の席順は出席番号順であり、出席番号は名前順のため、僕の前の席が瑠璃の席である。
瑠璃の登校は今年度に入って初めてのため、前の席に瑠璃がこうして着席していることが新鮮に感じられる。
「おはよう。勉強はやってきたか?」
「まあ、一応ね。教科書の内容は事前に頭に入れてきた。めっちゃ眠いわ。まあ、テストの点数は大丈夫だと思うけど。」
瑠璃は余裕綽々といった感じだ。
瑠璃からすれば、毎度テストの点数は良いので、テスト前にゴチャゴチャ考えたり、悪あがきする必要も無いのだろう。
「それは、羨ましい限りだ。」
「そうは言っても、真言も別にテストの点数悪くないでしょ?」
「日頃の勉強の賜物でね。」
「わざわざ今教科書見ても、大して点数に関係しないんじゃない?」
「念のため、勉強した内容の復習だよ。まあ、ただの悪あがきかもしれないけどね。何もしないで待つのは、心が落ち着かないから。」
「そう?別に、どうとでもなることない?」
「そりゃあ、瑠璃ならね・・・」
そんな感じの雑談をしていたら、ホームルームの鐘がなり、担任教師が入ってきてホームルームが始まる。
ホームルームの内容は、これと言ったものは無く、簡単な連絡事項だけで終わる。
一限のテスト前に十分程度の休み時間はあるが、その休み時間もすぐ終わり、一限のテストが始まる。
何の滞りもなく、一から三限目のテストが終わり、簡単なホームルームも終わって、下校時間となる。
前の席に座っている瑠璃が振り向いて、話しかけてくる。
「今日、うち来てゲームする?」
「いや、明日のためのテスト勉強があるから、今日はさすがにね・・・」
「勉強なんかしなくても、大丈夫でしょ?」
「そりゃ、瑠璃は大丈夫かもしれないけど、僕は一応、勉強が必要なんだよ。」
「ふーん。そっか。」
そう言うと、瑠璃は由奈のもとまで言って、少し会話をしたかと思うと戻ってくる。
二人の会話の内容は、どうせ、さっき僕とした内容と同様の内容だろう。
「由奈も勉強するんだって。」
どうやら、図星だったようだ。
「やらないと、点数がね・・・。由奈に比べると僕の方が点数高いくらいだし。」
「つまんないのー。まあいいや。とりあえず、一緒に帰ろ。」
「ああ、いいよ。」
帰宅の準備はできているので、荷物を持って席を立つ。
瑠璃は先に教室を出ていったので、僕はその後を追った。
瑠璃と二人、通学路を歩きながら、僕は瑠璃に問いかける。
「テストどうだった?」
「どうって?」
「点数が良さそうかってこと。」
「良いんじゃない?教科書に載っている内容の通りに答えたはずだし。」
瑠璃のリアクションは、これと言って興味が無いといった感じだ。
正直、教科書通りに答えられたから大丈夫、とかいうことを自信持って言えるだけでも、十分凄いと思う。
ただ、その言葉の通り、これまでの瑠璃のテストの点数は、どれも高得点ばかりで、低い点を見たことがない。それ故に裏付けされた自信と言えるのだろう。
僕からしても、テストの難易度はそんなに難しくなかったので、昨年通りの結果になると思っている。
「そういえば、昨日、モンハンの金龍の素材集めてたんだけどさ。」
「昨日もゲームやってたのね・・・」
その余裕、凄いというべきなのか、呆れるべきなのか・・・。
「装備作るのに必要な宝玉が全然出ないから、手伝って欲しいんだけど、明日なら大丈夫だよね?」
「まあ、明日ならね。今日は流石に無理だけど。」
「OK。じゃあ、明日よろしくね。私もさすがに、今日は徹夜する気ないから、そんなに回れないと思うし。」
「今日、勉強じゃなくてゲームしようとしている時点で、十分おかしいよ・・・」
その後も歩きながら、テストや勉強のことじゃなく、ゲームのことを話し続けた。
気付いたときには、瑠璃の家の前まで来ていた。
「じゃあ、また明日ね。」
「ああ、じゃあな。」
僕の返事を聞くと、瑠璃は家に入っていった。
「帰るか・・・」
そう一人つぶやいて、その場を後にした。
翌日は予定通り、テストが実施され、無事、一、二限のテストが終わった。
テストはこれで終わりだが、この後はロングホームルームがある。
ホームルームの内容が何だったか忘れていたが、二学期、秋の修学旅行の班決めをするらしい。
そういえば、先週金曜日に、そんなことを言っていた様な・・・。
「男女別で、五人一組で班作って、決まったら黒板に書きに来い。班割りがそのまま部屋割りになるからな。」
そう言うと、担任は窓際に移動する。どうやら、個人同士で話し合って決めろということらしい。
クラスメイトは、事前に話し合っていた者同士で集まって話し合いを始める。
早いところは、もう班が決まったらしく、黒板に書きに行っている。
僕はというと、宛も無いので、しばらくボーっと席に座っていた。
目の前の席の瑠璃も、僕同様、席から立ち上がろうとしない。
普段班分けをするとき、大体賢人に一回話をして、それで駄目なら足りてないところに入れてもらうという感じなので、今回もとりあえずは、賢人のところに行く。
「賢人、班分け、どんな感じ?」
「ん?真言か。あと一人足りてないけど、真言入るか?」
「うん、できそうならよろしく。」
賢人が、同じ班らしいクラスメイト達に話しかける。
「真言も入れようと思うんだけど、OK?」
「ああ、いいよー。」
クラスメイトの一人がそれに返事し、他二名も口々に了承の意思表示をする。
班全員に了承が得られたようなので、念のため、挨拶をしておく。
「よろしくね。」
「おお、よろしくー。」
返事を聞くと、僕は席に戻った。
賢人はというと、そのままクラスメイト達と談笑し続けていた。
微妙な距離感のクラスメイトとは、どんな感じで話をすればいいのか、イマイチよくわからない。
自分の席に戻って、暇つぶし瑠璃と話でもしようかと思っていたが、席に瑠璃はいなかった。
教室内を見回すと、由奈の話していた。
瑠璃も僕同様、由奈の班に入れてもらおうとしているのだろうか?
話し合っていたかと思うと、すぐに終わったようで、瑠璃も席に戻ってくる。
戻ってきた瑠璃に質問する。
「由奈の班に入れてもらったのか?」
「うん、そうだよ。まあ、当日、本当に参加するかは別問題だけどね。」
今回もまた、関心がなさそうに瑠璃は答えた。
僕もそれ以上、この話を掘り下げる気もなかったので、その後は、瑠璃と暇つぶしに雑談していた。
しばらくすると、全部の班が揃ったらしく、担任が話をまとめて、必要事項の連絡をしだす。
それも終わると、ロングホームルームの締めに入り、そのまま、帰宅前のホームルームを行い、すぐに下校になる。
「真言、今日は素材集め、手伝ってくれるんだよね?」
帰りの仕度をしていた僕に、瑠璃が話しかけてくる。
「ああ、今日は大丈夫だよ。」
「よし!じゃあ、とっとと帰ってやるよ!」
そういって、帰ろうとする瑠璃だが、クラス担任から声がかかる。
「あ、ごめん川崎さん。このあとちょっと、職員室良いかな?」
「え、あー・・・、はい。」
「じゃ、よろしくね。」
それだけ言い残して、担任の教師は教室から出ていった。
「って言うことだけど、真言、待っててくれる?」
「あーいいよ。そのぐらい待ってる。」
「じゃあ、すぐ戻ってくるから、待っててね!」
そう言って、一目散に瑠璃は教室を出て行った。
特にやることもないので、席に座って10分ほど、スマホをいじりながら待ってると、瑠璃が戻ってくる。
「ごめーん。お待たせー。」
「お帰り。もう帰れる?」
「うん、もう大丈夫だよ。帰ろっか。」
そう言って、自分の荷物を持って歩き出す瑠璃。
僕は、その後を追った。
「職員で何やってたの?」
気になった僕は質問する。
「別に、先生と話しただけだよ。」
「そうなんだ。何話したの?」
「話した内容はー・・・、秘密!まあ、ちょっと言いにくいことかな。」
「ふーん、そっか。」
正直、瑠璃にしては珍しいことではあった。
普段の瑠璃なら、言いにくいだろうことを気にした様子も無く話すのだが、今回はそれを言い淀んだ。
どんな理由があるのだろうか?
けど、聞いても答えは返ってこないだろう。
聞いて答えが返ってくるようなことなら、そもそも言い淀んだりしないし、僕はこれ以上、踏み込むべきではない。
その後は、その話題には触れず、普段と変わらない、ありふれたことを話しながら帰路を歩いた。