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一章

高校二年生に進級して、一月以上が経った五月八日、月曜日。

今日からまた、憂鬱な一週間が始まる。

昨日まではゴールデンウィークで五連休だったのだが、今日からは再び学校があるわけだ。

ゴールデンウィーク明けで憂鬱じゃない高校生は、日本でどのくらいいるだろう?

少なくとも、僕、木崎真言は憂鬱に感じる方の高校生だ。

別に勉強は苦手ではないので、授業の内容に対して憂鬱を感じるわけでは無いのだが、なぜ憂鬱だと感じてしまうのだろうか?

まあ、授業中は拘束されるから、というのがその答えなんだろうが。

今の僕は、既に登校を終え、生気のない目で暇つぶしにスマホいじっている。

目に生気がないのは、寝起きだからだろう。多分。

普段もそんな変わらないかもしれないが、目が覚めているときなら、もう少しマシな目をしていると、僕は思っている。

そんな僕の、前の席の川崎瑠璃は、もうすぐ朝のホームルームが始まるというのに、まだ登校していないらしい。

ゴールデンウィークが終わったというのに、今日も休む気なのだろうか?

本当に休む気なのか、確認のため、本人にスマホでメッセージを送ってみる。

- 今日も休み?

すぐに返信は来ないだろうと思い、メッセージアプリを閉じたのだが、アプリを閉じてすぐに返信が来たので、瑠璃からのメッセージを確認する。

- ゲームが・・・ゲームが私を家に縛り付けて離さないんだよ!!!

それと、謎の猫スタンプ。

このスタンプに意味はなさそうだ。あったとしても、僕には意味を読み取れない。

メッセージの異様なテンション感から察するに、今日も徹夜だろうか?

彼女の生活リズムからすると珍しくはないのだが、不健康な生活で体調不良とかは、勘弁して欲しいものだ。

かと言って、注意してそれを聞くような相手でもない。彼女の機嫌を損ねるようなメッセージを送りたいわけでもないので、話の流れに乗っておく。

- 今日も徹夜?何のゲームやってるの?

- アルカディアの探索。今日も一日の始まりだー!!!

「アルカディアの探索」は、最近流行りのオープンワールドRPGで、高グラフィックと、独自の世界観、シナリオが評価されている人気ゲームだ。

一日の始まりとか言っているが、デイリーでもやっているのだろうか?

徹夜の上で、さらに今から続きをやるというのだから、いつ寝るつもりなのか、多少なりとも気にはなる。

注意したところで効果がないことがわかってはいるのだが、ついつい注意するようなメッセージを送ってしまう。

- ほどほどのところで寝るようにしろよ?

- うい

そして、またしても謎の猫スタンプ。意味は不明。

彼女の反応からして、まだ終える気はなさそうだ。注意したところでやめるようなやつでもないので、気が済むまでやらせるしかなさそうだ。

「真言、瑠璃は今日も休み?」

スマホから顔を上げると、そこにはクラスメイトの結城由奈が立っていた。

由奈は、僕と瑠璃の共通の友人であり、瑠璃とは中学からの付き合いだそうだ。

「さっきメッセージ送ってみたけど、休みっぽいよ。今日も徹夜でゲームやってたみたいだし。」

「また?ホントによくやるよね。私も結構、熱中する方ではあるけど、朝になっても寝ないでやる程の気合はないなー。まあ、ただの深夜テンションでやってるだけかもしれないけど。」

「まあ、瑠璃だからね。やるときはやって、やらないときはやらない。オン、オフ激しいのは、いつもどおりでしょ。」

「まあ、それもそっか。異常ではあるけど、それが瑠璃の平常運転だよね。」

会話の通り、瑠璃はこういう人間で、正直、結構変わっている。

普段からずっとゲームしていて、休みもゲーム、平日もゲーム、寝ても覚めてもゲーム。

起きている間はずっとゲームしており、ついでにいうと、学校に登校せずにゲームしている、いわゆるひきこもりだ。

当然ながら、クラスに友達と呼べるような人間は、僕と由奈ぐらいしかおらず、その他のクラスメイトは、まともに会話すらしたことがないだろう。

因みに、僕と瑠璃が話すようになったきっかけは、入学式当日、後ろの席だった僕に、瑠璃が突然ゲームの話をしてきたのがきっかけだ。

正直、その時は突然のことで面食らったが、同時に、彼女のゲーム知識の凄さに、感心させられた。

因みに、その時はゴッドハンターという、アクションRPGの話をした。

僕自身、割りとゲームには詳しい方だと思っていたのだが、彼女の知識量や、ゲームへの理解は群を抜いていた。

正直、初対面のゲームの話で、キャラのモーションにかかる時間がコンマ何秒とかいう話をされたときのことは、今だに忘れられない。

そんなことだから、普通のゲーム好き程度のクラスメイトと話が噛み合うわけもなく、ゲームの話になろうものならば、最後には、彼女一人の独壇場と化してしまう。

そんな彼女と話が噛み合う僕も、まあまあマニアックではあるのだろうが。

更に、瑠璃の特異性は、ゲームに留まらない。

彼女はこの年齢で、仕事として通用するレベルのプログラミング技術を持ち合わせている。

瑠璃がプログラミングをやり始めたのは、彼女の父親が、システム開発系の会社を経営していることが切っ掛けだという。

父親が何となくで教えたプログラミングを、彼女がみるみるうちに習得していき、今では仕事として通用するレベルに至っていると聞く。

今はまだ、アルバイト扱いだとは聞いたが、いずれはそのまま、プログラマーとして働いていくことになるのだろう。

そんな彼女と高校生とでは、大きなギャップがあり、同級生たちに馴染むのも難しい。

僕としても、瑠璃の話にはついていくのがやっとだ。

けれども、他の同級生たちと違って、僕は瑠璃と話をするのが楽しいと思うし、瑠璃とはこれからも、ずっと友達でいたいと思っている。


結局、瑠璃は登校しないまま、朝のホームルームが始まり、いつも通り授業を受け、普段通りの学校生活を送っていく。

気づいた頃には、もう放課後だった。

今日はゴールデンウィーク明けということもあり、授業の内容は普段と変わりなかったのに、普段よりも疲れたように感じる。

学校も終わったことだし、すぐに帰ろうと思い、帰り支度を済ませてバックを背負い、席を立つ。

席を立ったタイミングで後ろから肩に腕を回される。

「よ、真言。もう帰るのか?」

そうして声をかけてきたのは、クラスメイトであり、友人の石川賢人だ。

賢人は僕の数少ない友達の一人だ。

賢人との付き合い自体は高校に入ってからで、始めはただのクラスメイトだったのだが、賢人から自然とちょっかいをかけてくる様になり、腐れ縁的に友達付き合いが続いている。

ちょっかいをかけられるようになったきっかけは、何かあったようにも思うが、今では思い出せないので、大したことではなかったのだろう。

賢人からした僕の印象は、クラスの「変人」瑠璃と関わりがある、珍しいやつ、ぐらいの認識だったと以前聞いた。

「ああ、そうだよ。賢人は部活か?」

賢人はサッカー部に所属しているため、放課後には部活があるはずだ。

「いや、今日は顧問が休みだから、部活も休み。いやぁ、定時退社はいいね!」

「早く帰りたいなら、何で部活やってんだよ・・・。まあ、どうでもいいけど。特に用事無いなら、一緒に帰るか?」

「おお、帰ろうぜ。帰りに何か奢って。」

「いや、何でだよ。」

賢人の冗談に適当な返事をしながら、後ろをついてくる賢人と一緒に教室を出た。


通学路を通って帰宅中、賢人が話しかけてくる。

「真言は放課後、何かあるのか?」

「今日も、瑠璃の家に行く予定。」

「好きだねぇ。瑠璃さんのこと。」

「いや別に、瑠璃のことが好きとかじゃなくて、ゲームをするのが好きなだけだから。瑠璃はただの友達だよ。」

「はいはい。わかった、わかった。瑠璃さんは友達で、真言はゲームをしに行くだけね。」

内心、含むものがある様な、そんなものの言い方には、正直モヤモヤさせられる。

「本当に、厄介なやつだな。随分と知ったような口を聞くけど、お前こそ、大した恋愛なんてしてないだろ。」

「俺?俺はもう、凄いんだから!数々の大恋愛を乗り越えて、遂に運命の相手と出会った!っと思ったら、打ち砕かれる。そんなのばっかりだよ。」

「絶対、適当言ってるだろ・・・。なんだ数々の大恋愛って。人生二周目か何かなのか?」

「まあまあ、色々あるんだよ。人に言えない恋のABCとかさ。」

「相変わらず、適当なやつだな。大恋愛とか言ってるけど、どうせ、一方的に好きになってフラレまくってるとか、そんなオチだろ。」

「い、いやいや、そんなこと無いから!」

「動揺が顔に出てるぞ。」

「あれは五年前・・・」

「お前小学生じゃん・・・。」

下校中はずっと、賢人がくだらないジョークを言って、僕が突っ込む、といった感じで、時間が過ぎていった。


「あ、僕こっちの道だから」

何だかんだ、賢人との話は盛り上がっていたのだが、ここの十字路で賢人とはお別れである。

このまま真っ直ぐいけば駅なのだが、瑠璃の家に行くには、ここで西に向かう必要がある。

「おう、じゃあ、また明日な。相変わらず、リア充って感じで羨ましいねぇ。」

「うっせ、そんなんじゃないわ。じゃ、またな。」

そう言って、手を挙げると、賢人に背を向けて歩き出す。

瑠璃の家までは、ここからだと10分そこらだ。

去年のゴールデンウィーク明けぐらいから、ちょうど一年。

瑠璃が登校しなくなったあの日から、僕は瑠璃の家に通い詰めている。

当然、家の場所はバッチリ把握している。

初めて瑠璃の家に行ったときは、ゲームをする目的ではあったが、それでも緊張したものだ。

女子の家に上がったことなど、それまでなかったからだ。

それに、瑠璃の両親がどういうリアクションを取るか、気が気ではなかった。

だが、懸念は杞憂で済んだ。

瑠璃の部屋は明らかにゲームオタク、というか、パソコンオタクのそれで、瑠璃のお父さんも、暖かい態度で迎えてくれた。

どうやら瑠璃の友人が由奈しかいないのでは、と心配していたらしい。

とは言っても、二人目となる友人が男だったのは少し意外だったようだが。

あとで聞いた話なのだが、瑠璃の母親は既に亡くなっているらしい。触れずらい話ではあるので、詳しい事情は聞いていないが。

初めて家に上がったその日は、ゲームをしただけで終わった。

その日以来、およそ一年近く通い詰めていることになるのだが、当然、というのも変な話だが、瑠璃が学校に来ていないため、瑠璃と直接顔を合わせる機会は、瑠璃の家以外ではほとんどない。


瑠璃の家に着くと、いつも通り玄関のインターホンを押す。

その後、間もなく二階の自分の部屋から降りてきた瑠璃がドアを開けてくれる。

「よっ、来たねえ。待っていたよ、挑戦者!さあ、上がりたまえ!」

僕の顔を見るなり瑠璃は、ポケモンジムのジムリーダーばりの態度で、僕を出迎えてくれる。

その表情は見て分かる程度にドヤ顔だ。今にも「ふんす!」という擬音で鼻息を吐き出しそうだ。

「じゃあ、遠慮なく上がらせてもらいますね。」

そう言いつつ、家の玄関の前で仁王立ちする瑠璃の脇を通り抜けて、上がらせてもらう。

「おうおう、上がりたまえよ。とりあえず、私の部屋行ってて。」

そう言いながら、瑠璃は履いていたサンダルを脱ぎ散らかして行ってしまう。

僕は、散らかった靴を揃えた後、二階にある瑠璃の部屋に向かう。

初めて瑠璃の部屋に上がったときこそ、多少なりとも緊張したものだが、今となっては慣れたものだ。

女の子の部屋に上がっておきながら、特に何とも感じないというのは、それはそれで少し悲しくもある。

まあ、涙が出るレベルではないが。

瑠璃の部屋に入ると、僕はいつものように慣れた手つきでゲームのセッティングをしだす。

ゲーム機には一台分のコントローラーしか接続されていないため、二台目のコントローラーを接続する。

瑠璃の部屋には二台のPCがあり、PCでしかできないようなゲームは、その二台を使ってゲームしたりもするのだが、基本的には、今日みたいにゲーム機を使う場合が殆どだ。

ゲームのセッティングが完了したぐらいのタイミングで、瑠璃が飲み物とつまむ用のお菓子を持って部屋にやってくる。

「はい、お茶、ポテチ、箸!コーラが欲しければ、私に勝つことだ!」

来たときから思ってはいたのだが、このテンションの高さからして、もしかして、一睡もしていないのか?

普段の瑠璃なら、もう少しまともなテンションなはずだが・・・。多分、そのはずだ。

まあ、普段から奇行はあるのだが・・・。

そんなことを思いながらも、僕は普段通りの受け答えをする。

「はは。お茶でいいよ。勝てるとは到底思えないし。」

「覇気がないねぇ。私の友人なんだから、私ぐらいには勝ってもらわないと!」

瑠璃はそう言いながらポテチの袋を開封すると、箸を使ってポテチを食べだす。

意外、と言うべきかはわからないが、瑠璃はキレイ好きなため、キーマウやコントローラーが汚れるのを嫌って素手でお菓子は食べない。

家にお邪魔している僕も、瑠璃にならって箸でポテチを食べる。

「ゲーム、スマブラでいいよね?まあ、といっても、それ以外特にやる気ないけど。スマブラ以外だったら、私、スマブラやるって言ってくれるまで駄々こね続けるから。」

「選択肢ねえじゃねえか。いつも通りだけど。」

そう言いつつも、僕からの異論は特にない。

「おし、決定!」

そう言うと、瑠璃はスマブラを起動する。

ゲームの起動が完了するまでの間、少しの間ではあるが、何とも言えない時間になる。

その間、終始無言な時間が訪れる。

このタイミングで話すようなこともないし、瑠璃とは直近一年間、結構な頻度で会ってもいるため、今更聞くようなこともない。

まあ、それこそ、過ごした時間が長いだけあって、沈黙が苦になるような間柄でもないのだが。

そういうわけで、何も考えずにボケっとしながらゲームの起動完了を待っていたのだが、意外なことに、瑠璃のほうから話を振られた。

「今日、学校楽しかった?」

「なんだその、母親みたいな質問は?」

「場を和ませるための、小粋なトークみたいなもんだよ。あと、私は学校に行ってないからね。それで、どうなの?」

小粋なトークとは、到底言えないだろう。それに、学校が楽しいかというのも答えに困る質問だ。

真面目に答えるとするなら、いつだって面白くないわけなのだから。

正直、友達は少ないし、授業も面白くないし。

学校が楽しいと答えるような連中というのは、学校という空間で友達と一緒にいられることが楽しいと答える場合が大半なのだろうから、その考えが僕にはあてはまらない。

だからといって、今それを馬鹿正直に答えたところで、瑠璃も面白くはないだろう。

こういう場合、僕はいつも適当に濁した解答をする。

「まあまあかな。今日も特に何も無かったし。まあ、何も無いからこそ良かったと言えるかもしれないが。」

「後ろ向きなのか前向きなのか・・・。」

「それにしても、わざわざ瑠璃から学校のことについて聞いてくるなんて珍しいな。ついに行く気にでもなったか?」

「いや、全然?こっちが自堕落な生活を送っている身分で、同級生が毎日イヤイヤ学校に行くのを見るのは、結構面白いから。」

「お前、歪んでんな・・・。」

ストレートにそんなことを言ってくるのには、正直少しひいた。

「真言は、私に学校行けって言う?」

先程までのふざけた雰囲気とは打って変わり、少し真面目なトーンで質問してくる。

この感じから察するに、何度か言われたことがあるのだろう。

瑠璃自身も、このままでは行けない気がしているのではないだろうか?

「いや、別に言わないよ。行動する上で他人の意見なんて、参考程度にしかならないだろ。」

「ふーん、そっか。まあ、他人に言われたところで、別に行かないから良いんだけどね。」

真面目な雰囲気などなかったかのように、あっけらかんと言い切る。

僕が先程感じたほど、深刻に思っているわけでもないらしい。

まあ、杞憂なら杞憂で良いのだが。

会話中にも瑠璃は慣れた手付きでゲームを操作しており、気づいたときにはキャラクター選択画面だった。

お互いにキャラクターを決めて、対戦へのカウントダウンが始まる。

そのタイミングで、瑠璃が話しかけてくる。

「負けた方が、買った方にアイス奢りね。」

「は!?ちょっ、待!」

僕が焦ったタイミングでカウントダウンが終わり、対戦が始まる。両者無言の真剣勝負。

果たして勝者は・・・。

「うっしゃあ!」

当然、瑠璃だ。というか、このゲームで僕が勝てるのは十回やって二、三回ぐらいしかない。

負け試合に付き合わされているも同然だった。

「はー、勝てねー。てか、勝てるわけねー。」

「諦めたらそこで、試合終了だよ。」

「勝ったやつが言っても、煽りにしか聞こえんわ。で、何のアイスを買ってこればいいの?」

「うーん、今はいいかな。」

何だか以前も、似たようなくだりをやった気がする。

そのときも、アイスだったかお菓子だったかを賭けたはずだが、結局、瑠璃は何も要求してこなかった。

「それより、もう一戦やろ。」

「ああ、いいよ。」

アイスの奢りがあることなど忘れて、いつも通り、二人の気が済むまでゲームを続けた。


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